第29話 これは戦略的撤退です!
エルネスティーネたちがマンティコアを倒した後、エルネスティーネはさっそく大怪我をした神官の治療に入る。
エーファの手によって棘は引き抜かれ、水筒の水で傷口を拭い、包帯で傷口を巻いてあるが、逆に言えばそれだけだ。
医者でもないエーファでは、それ以上の本格的な治療はできない。
エルネスティーネは、野生の牛、荒々しいエネルギーを象徴するルーン、ウルと、生命力を象徴するルーン、インガズを神官の傷口の上になぞる。
これにより、流れ出る血を止めて、体内の生命力、造血幹細胞を高度に活性化させて体内の血を増やし、流れ出た血を少しでもカバーする。
輸血が行えない上に、瞬時に傷を癒す高度な治癒魔術が使用できない以上、こうして少しでも長持ちさせるしかない。
神官長であるオーレリアならば高度な治療魔術も使えるかもしれないが、今は待つしかない。
と、そんな中、ズズズ、と激しい地震、地鳴りが地面からエルネスティーネたちに伝わってくる。
地震大国である日本での記憶があるエルネスティーネには、地震は比較的慣れているが、エーファたちはやはり不安げになるのは当然だろう。
だが、それは地震ではない。
次の瞬間、地下に半ば埋まった混沌の神殿の上部、つまりエルネスティーネたちにとっては地面にも等しい部分が轟音と共に激しく吹きとばされる。
「!?」
「退避!退避ー!!」
巻き上げられてバラバラと落ちてくる土や神殿の残骸などに巻き込まれないように、エルネスティーネたちは慌ててその場から遠くに離れる。
そして、大きな穴が開いたそこから、まるで重力を遮断したかのように、サッカーボールか何かのように、ポーンと巨大な未知の金属の物体が放り出される。
未知の金属で構築され、多数のケーブルが外された形跡がある2mほどの球状の異形の物体。それは遠くに離れているエルネスティーネにも感じられるほどの非常に強い混沌の魔力を内包していた。
恐らく、あれがこの神殿の心臓部であり動力源である魔導機関に違いない。
地脈から魔力を吸い上げ、混沌の魔力へと変換して蓄積する混沌の魔導機関は、未だ人類が知らない未知の技術である。
そして、その上空に放り投げられた魔導機関は、同様にその大穴から飛び出してきたアルシエルが、まるでボールのようにキャッチし、そのまま地面に降り立つ。
全く重量を感じさせずに、片手で軽々と2mもの重量のある球体を持っている所を見ると重力遮断やら重量軽減やらの魔術を使っているに違いない。
流石に、受肉していかに力を失おうが神の化身なだけはある。
「全く、いちいちせまっ苦しい場所をこんなもの抱えて出るのはめんどいってーの。
天井をブチ抜いて出入口を作った方が遥かに早い。」
すでに安全に魔導機関の心臓部の分離は終了しているので、力の源を失い、停止した魔道装置を吹き飛ばそうが、問題はないとアルシエルは判断したらしい。
だが、それに巻き込まれる方はたまったものではない。
「エルネスティーネ様!ご無事でなにより……!全くこの混沌神はいきなりロクでもない事を……!」
ごほごほ、と埃と土塗れでオーレリアたちは何とかダンジョンから脱出してくる。
あれだけの爆発にも関わらず、生き埋めにもならず何とか脱出できたのは奇跡に等しい。神殿自体が崩落して残骸に押しつぶされても全くおかしくない状況だったからである。
さらにオーレリアは、アルシエルに言葉を放とうとするが、アルシエルは球体のコアを片手で持ち上げながら、器用に肩を竦める。
「おいおい。それよりいいのか?今の爆発とコイツの強い混沌の力で怪物どもが引き寄せられてくるぞ?ぼっとしてる暇はないんじゃないの?」
そのアルシエルの言葉に、オーレリアははっとする。
確かに彼女の言う通りである。いかに結界といっても、これほどの力を秘めたコアの魔力を完全に相殺はできない。
ましてやこれほどの爆発があったとなれば、混沌の怪物から隠し通す事もできない。
となれば、この場での最善の策はただ一つ。
馬車まで即座に移動し、そのまま街へと逃げ込む事である。
「……!エルネスティーネ様、彼をこちらへ!走りながら治療します!
皆、急いで馬車へ!このまま馬車へ駈け込んでそのまま街へと退避します!」
オーレリアは、他の神官に傷ついた神官を背負わせると、そのまま走りながら彼に手をやって治癒の神聖魔術をかけていく。
さらに、エルネスティーネたちも周囲に気を配りながら、道なき道を必死で駆け抜けていく。遠くからの奇怪な唸り声や咆哮などが嫌でも耳に入ってきて、混沌の怪物たちがこちらに迫ってくるのが嫌でも感じられるからである。
「ほらほら急げー。急がないと怪物どもの餌だぞー。」
アルシエルは全く重力と体重を無視するかのように、2mもの大きさを誇るコアを上に抱えながら、木々を足場にしながら次々に跳躍を繰り返しながら先行している。
道なき道を走るエルネスティーネたちと、森の木々を足場にしながら跳躍するアルシエルとどちらが早いかは自明の理である。
ケラケラとこちらを見下しながら笑うアルシエルを忌々しげに見上げながらも、エルネスティーネたちは懸命に走るしかなかった。
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