第28話 マンティコア。
「マンティコア……!まさかこんな怪物まで出てくるなんて……!」
オドントティラヌスはマイナーすぎるため、エルネスティーネも弱点は知らなかったが、マンティコアは比較的ファンタジー世界に出てくるため、その存在を知っていた。
ライオンの胴体に人の顔、蠍の尾を持った恐るべき人食い(マン・イーター)
その名の通り、人の肉を好んで食らう凶悪極まりない怪物。
それは現実世界でも有名であり、特にギリシアなどの地中海地域で古くから知られており、、紀元前5世紀の古代ギリシアの医師で歴史家のクテシアスや、哲学者アリストテレスがその名前を記している。
そして、その際に記された人語を慨するという能力から、高度な知性を持ち、ファンタジー世界では魔術の使用も行えるバターンもある。
そして、その知名度から地中海世界から中世ヨーロッパへと波及し、悪魔として扱われる事になったのである。
「グ、ググ……。天秤ノ妙な気配ヲ感じて来て見レバ……美味そうナ雌共ダ……。」
「し、喋った!?」
醜い老人の顔を歪めさせて共通語を話すマンティコアに、思わずエーファは驚きの声を上げる。彼女の中でこんな怪物が話せるほどの高度な知性を持っているとは思っていなかったらしい。
マンティコアは人語を理解し、発音できるほどの知性を持ち、魔術を操る事すらできる。恐らく、中立神の魔力の気配を探知し、神官たちが作った魔力探知用の結界を魔術で誤魔化して潜り抜けて、ここまで近くに来たのだろう。
マンティコアは混沌の怪物ではあるが、混沌の勢力のために戦う気など毛頭ない。
ただ自分の赴くままに生き、貪るだけである。
そして、マンティコアは人食いで有名なほど人間の肉を好んで食べる傾向にある。
雄より雌の方が肉が柔らかいのは動物でも同じ。
貴重な人間の雌の肉を大量に食えるというのは、マンティコアにとっては貴重な機会に違いない。醜い老人の顔を歪ませ、鋭く揃った牙から黄色に濁った涎を巻き散らすマンティコアは、まさに怪物そのものだった。
そんなマンティコアに対して、本能的な恐怖と嫌悪を覚えるエルネスティーネだったが、ちらり、とエーファが手当をしている中立神の神官に目をやる。
出血は多く顔色は白いが、見た所毒に苛まれている感じではない。
マンティコアの棘は毒を持っているパターンもあると聞くが、あの24本ある棘と神官の状況からして、どうやら毒を持っている種族ではないらしい。
「エーファ!神官さんの傷の手当を!見たところ毒はなさそうだけど気をつけて!リューディア!デルフィーヌ!ついて来て!突っ込みます!」
「理解です~。」
「ああもうッ!勝手に無茶すんなお嬢!!」
その言葉と共に、大地を駆け出すエルネスティーネ。
当然それをマンティコアが大人しく見ているはずもない。
マンティコアは棘だらけの尻尾をこちらに向けて、棘をこちらに向けて猛烈な勢いで射出する。
「……ッ!
瞬間、エルネスティーネが纏っていた鎧状の中立の鉄槌が可変し、全身を覆わんばかりの2mを超える大盾へと変形する。
それは、ローマの軍団長が持っていたとされる盾、スクトゥムに似た灰色の盾だった。2mを超す長方形の盾に変化した中立の鉄槌は、凄まじい勢いで射出されたマンティコアの尾の長針を弾き返す。
「ググ……、ならば、コレならドウだ……。」
その言葉と共に、マンティコアは混沌魔術の詠唱を行い、魔術を構築する。
詠唱と共に、エルネスティーネたちの前の空気が、禍々しく毒々しい色をした空気に変色していく。毒か疫病の魔術かは不明だが、どの道ロクでもない魔術である事は違いない。
エルネスティーネは大盾を持ったまま、毒の空気を吸い込まないようにもう片手の服の裾で自分の口をカバーし、指を動かしルーン魔術を行使する。
「浄化せよ!ラグズ!」
エルネスティーネが刻んだ文字は、水や海、浄化の力を秘める文字、ラグズである。
水や海は古来より不浄や穢れを浄化する力を秘めている。
その浄化の力により、ラグズが刻まれた毒だが疫病だかよく分からない瘴気に満ちた空気は、瞬時に浄化・拡散し、通常の大気へと戻っていく。
中立の鉄槌に刻まれたラグズのルーンは、盾の表面に浮かび上がり、盾が触れた毒性の空気を瞬時に浄化し、通常の大気へと戻していく。
さらにマンティコアは自らの棘を次々と射出していくが、それらも全て盾状に変形した中立の鉄槌によって次々と弾き返されていき、エルネスティーネはそのままさらに疾走し、マンティコアへの距離を詰めていく。
業を煮やしたマンティコアは魔術で雷撃、ライトニングボルトを作成してその雷をエルネスティーネへと叩きつける。
あの大盾が金属だと踏んだマンティコアは、金属を通しやすい雷撃を使ってエルネスティーネに攻撃を仕掛け、盾を通して彼女に雷撃を浴びせようとしたのである。
雷撃が金属に引き寄せられやすいというのはデマらしいが、それでも金属の盾で雷撃を防ぐというのはほぼ無理である。
盾を通して、それで身を守っているエルネスティーネにも通常ならば雷撃は襲い掛かる。
法と混沌によって鍛えられた”天秤”の欠片である中立の鉄槌は、金属であって金属でない。神々すら理解できない上位存在である”天秤”の欠片は、人類などでは理解できない金属などという範囲では括れない霊的物質なのだ。
中立の鉄槌は、大気を引き裂いて襲い掛かる雷撃を閃光と共に全て綺麗に弾き返し、拡散させて消失させる。
「ヌゥ……!?」
自分の予想と違った展開を見せて、マンティコアは僅かながらも混乱する。
それが、彼の命運を分けた。
「ハァアアッ!」
エルネスティーネの盾に守られながら疾駆していたリューディアは、充分に近づいたのを見て、走った勢いを生かしたままジャンプし、前を走っているエルネスティーネを飛び越し、そのままマンティコアへとバスタードソードの唐竹割りを叩き込む。
バスタードソードと自分の重量を生かしたその振り下ろしの一撃は、マンティコアの頭部をそのまま両断して切り捨てるほどの勢いだ。
だが、マンティコアは野生の本能でそれを察知し、とっさに横に跳躍しそれを回避する。
「!?」
リューディアの回避されたバスタードソードの一撃は、地面にめり込んでしまう。
それを狙って、マンティコアは自分の棘だらけの尻尾をまるでモーニングスターのようにリューディアに横凪に叩き込もうとする。
だが、瞬時に、エルネスティーネは中立の鉄槌を盾からハルバードに変形させて、そのままハルバードの斧の刃でマンティコアの尾を叩き切る。
「グアアアアアア!!」
尾を切り落とされた痛みから、マンティコアは滅茶苦茶に尾を振り回し、傷口から緑色の体液を周囲にまき散らす。
顔に飛び散ったマンティコアの体液を舌なめずりしたリューディアは、不快そうに顔を歪め、唾を地面に吐き捨てる。
「クソまずい体液ですねぇ……。もういいですぅ。とっととくたばれ。」
リューディアは、そう言いながら、バスタードソードを振り回し、鋭い爪で襲い掛かろうとしたマンティコアの前足を切り飛ばす。
そして、続いて返す刃で、マンティコアの顔面に刃を振り下ろし、マンティコアの老人の顔を一刀両断にする。
流石のマンティコアも、顔面を両断されてはたまらない。
体液を多量に吹き出しながら、地面にどう、と倒れ伏した。
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