第27話 一難去ってまた一難です。

「ったく苦戦させやがって……。こいつ息を吹き返したりしないだろうな?」


 デルフィーヌはそうぼやきながらも、横たわったオドントティラヌスに対して、槍でもう一度突き刺してみる。全く何の反応もない事からしてみても、完全にオドントティラヌスは死亡しているのだろう。

 まさか、こんな巨大な混沌の怪物がここまで辺境伯領地に近づいてくるなど、今までに無かった事である。問題は、森の手前に横になっているこの巨体の死体をどうするか、だ。


「しかし、死骸どうしようもないから放置するしかないか。

 色々な魔術的素材になりそうだから、勿体無い気もするけど……。」


 確かに混沌の力を色濃く宿した怪物の死体はいい魔術的素材になる。

 だが、冷蔵庫も何もないこの世界では、保存もできずにあっという間に腐敗してしまうのがオチである。こんな巨体が腐敗してしまっては疫病の発生源になりかねない。


「とりあえず、角だけ切り取ってください。貴重な魔術的素材になりますから。

 後の死骸は、ちょうどいいので、バラバラにしてあちこちにバラまいておきましょう。そうすれば混沌の怪物たちは匂いを嗅ぎつけて、貪り食いにやってくるはず。

 その間に我々は任務を完了しましょう。」


 その猟奇的な発想に、思わずデルフィーヌはドン引いてしまう。

 確かに知性のない混沌の怪物にとっては良質な肉には飛びついていくだろうが、ここでこの巨体をバラして囮に使うとかその発想はどうかしてる、と彼女は思う。


「アンタ……。正気?神官のくせにエグい事考えるなぁ……。」


「我々の教義に『怪物を救え』とは入っていない物で。

 我々の犠牲を最小限にするためにはやむを得ないと考えますが?」


 そうしれっとデルフィーヌに言い放つオーレリア。

 やはり神官長など務めているだけあって、この女もただ優しく穏やかなだけの存在ではないらしい。本人たちに言わせれば、綺麗事と現実とのバランスを取る事が最も重要である、とのたまっているらしいが、それは停滞と怠惰に陥る可能性もある考えである。それに陥らないようにするためのバランス感覚も神官には必要なのだろう。


「あは~♪バラすのは任せてください~♪ちょうど欲求不満だったんですよねぇ♪

 解体しがいがあっていい獲物ですねぇ♪」


 リューディアは、上機嫌に微笑みながらバスタードソードを持ちながら、オドントティラヌスの死骸へと近づいていく。

 彼女の事だから、本気で一人でバラバラに解体するつもりだろう。

 まあ、あちらはあちらに任せておけばいい。それよりもふと気になるニュアンスがあったので、エルネスティーネはオーレリアに聞いてみる事にした。


「あの……。怪物の死骸を囮に使うって一体?」


「そういえば言っていませんでしたね。機械を分解する際に混沌の力が漏れ出る可能性があり、それに引き寄せられるように混沌の怪物たちがこちらに寄ってくる可能性があります。我々はその前に手早く撤収する必要があります。」


 それを聞いて、エルネスティーネの顔がさっと青ざめる。

 混沌の魔神(アルコーン)たちは大侵攻によって駆逐されたとは言え、混沌の怪物全てが駆逐された訳ではない。無数の怪物たちが未だこの混沌領域には潜んでいる。

 それらの怪物たちが一斉にこちらに襲い掛かってきたら、どうなるかは察するに余りある。


(ちょっと!お嬢聞いてないんだけど!?)


(わ、私だって初めて聞きましたよこんなの!)


 思わずひそひそ声で話し合うデルフィーヌとエルネスティーネに対して、オーレリアは微笑みながらも言葉を放つ。


「最も、今回は我々が結界を張って混沌の力をできるだけ外部に漏らさないようにして、なおかつ混沌の力を可能な限り中和します。そうすれば怪物たちも気づきにくいでしょう。」


 その言葉に、デルフィーヌもエルネスティーネも思わずほっとする。

 あんな大型の怪物たちが無数にやってきたらとても防衛戦を行えるほどできるほどではない。だが、オーレリアがいうように、結界を張ってその中で解体作業を行えば比較的マシになるだろう。


 リューディアがオドントティラヌスの残骸をバラバラにした後、それを森林前のあちこちにばら撒き、ウォーワゴンを別の場所へと移動させる。

 そして、エルネスティーネやオーレリアたちは、デルフィーヌを斥候に出して混沌の神殿へと真っ先に向かう。


「よし、ここが混沌の神殿の跡地ですね。まずは神官たちは結界の構築を。

 それと装置分解に伴い、周囲に放たれる混沌の力の抑制・中和を命じます。

 残りは私に共に装置の解体を。まずは装置の動力源である地脈から装置を遮断させ、力を蓄積させたまま装置の解体作業を行います。ではかかれ!」


「では、私たちは護衛という事でいいのですか?」


「……いえ、結界を張っているからと言っても外部から怪物が引き寄せられてくる可能性もあります。エルネスティーネ様たちは外部の怪物たちの排除をお願い致します。できるかぎり早く解体を行いますので。」


 確かに、神殿に外で警戒していた方が怪物たちが寄ってきた時に対処しやすいのは自明の理である。オーレリアとアルシエル、数人の神官たちは解体作業のために、神殿へと潜っていく。気まぐれ極まりないアルシエルも、珍しく手助けを行うらしい。

 あの秩序抑制柱は、アルシエルの目的にも利用できると踏んだのだろう。

 神官たちも数名外に出て、神殿を覆う結界を構築する。

 この結界は、解体作業を行う際に放出される混沌の力を閉じ込め、ある程度中和するだけでなく、外部からの探知能力も遮断する。

 混沌の怪物はその本能でより混沌の力が強い場所に集まってくる性質がある。

 それは、まるで誘蛾灯に惹かれる蛾のようなものである。

 そのため、結界を張ってその誘蛾灯を誤魔化し、混沌の怪物たちが近寄ってくる前に魔導装置を解体し、即時に帰還する予定である。

 実際、天秤の結界を張って以来、不審な事はない。周囲の森も静かな物である。


「ははは、この結界ならば混沌の怪物どもは近寄って来ませんよ。

 あいつらは本能で動いてますからね。強い混沌の力が放出されなければこちらに近寄ってくる事はありません。そりゃあ、結界で外部から感じられる混沌濃度は低まったのは事実ですが……そこまでの脳みそはありませんよ。」


 神官の一人は結界を展開しながらそう笑い飛ばすが、一方デルフィーヌの表情は深刻だった。彼女は油断なく自分のショートソードだけでなく、槍を片手に持ち、戦闘態勢を維持しながらも、エルネスティーネに小声に問いかける。


「お嬢。アンタまだ魔力とか大丈夫?」


「え?ええ、まあ。どうかしましたか?」


 そのエルネスティーネの言葉に、デルフィーヌは頭をぽりぽりと掻きながら深刻な顔で言葉を返す。


「何かねー。やばそうな感じがするんだ。魔術とかじゃなくて直観だけどね。

 自分で言うのも何だけど、アタシの勘は当たりやすいからね。」


「デルの言う事は聞いておいた方がいいですよ~。

 この子の勘当たりますからね~。私も戦闘準備を整えておきます~。」


 リューディアも、ガシャガシャと鎧の音を立てながら、盾を手元に引き寄せたり、バスタードソードをいつでも抜ける準備を行う。

 デルフィーヌも、エーファに対してほい、と言わんばかりに槍を投げ渡す。

 ダンジョンではなく、暴れまわる混沌に侵された怪物たちを相手にするには、彼女の武器であるショートソードでは純粋に間合いで難しいからだ。

 怪物相手にショートソードで接近戦を挑むよりは、遠い間合いで槍で戦った方が純粋に有利である、というデルフィーヌの判断である。

 それを知って、エーファも大人しく槍を受け取り、こくり、と頷く。


「ははは、皆様心配しすぎでは?確かにここは混沌領域の真っただ中。

 怪物が襲い掛かってくる可能性もありますが、オドントティラヌスほどの怪物が続けてくる事があれば、真っ先に魔力感知で……ぐあっ!!」


 結界を展開しつつ、エルネスティーネたちと談話を行っていた中立神の神官の一人の肩に深々と空気を引き裂いて射出された巨大な針が突き刺さる。

 それと同時に、凄まじい唸り声と獰猛な闘気がエルネスティーネたちに襲い掛かる。

 この周囲には魔力探知の結界が張られている。

 それを気付かれずに突破してきたとなると―――その怪物は気配や魔力自体を消す事ができるか、もしくは魔術を操る事ができるほどの高度な知性を持っているか、である。


 そして、森の中から欄々と輝く紅い瞳と狂暴な唸り声が聞こえてくると同時に、異形の怪物が姿を現した。

 ライオンの胴体に、狂暴な唸りを上げる人間の老人の頭部。

 そして、蠍のような尻尾に鋭い24本の棘がついた、赤毛の合成獣。

 その怪物の名前を、ラノベの知識で怪物の知識もそれなりにあるエルネスティーネは思わず叫ぶ。


「マンティコア……!!こんな怪物まで……!!」


 それはまた新たなる戦いの幕開けだった。


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