第26話 オドントティラヌス。

 森の木々を次々とへし折りながら、何らかの大重量の物体がこちらに迫ってくるのが、エルネスティーネたちにも感じられた。

 木々の鳥たちは一斉に飛び立ち、動物たちも一斉に逃げ出しているのがはっきりと確認できる。

 それは、明らかに「何か」から逃げ出している様子だった。


「な、何ですかこれは!?何かに追われているように……まさか、ドラゴン!?」


 ドラゴン。伝説上の存在に、思わずエルネスティーネのラノベ好き脳がうずいてしまう。ドラゴンは空を飛翔するのが通常のため、わざわざ障害物のある森を好き好んで歩きはしないだろう。あるとしたら地竜の類か。とエルネスティーネが考えている中、エーファの言葉をオーレリアが否定する。


「違います!アレは……!」


 オーレリアの言葉と共に、その存在は木々を押し倒しながら、ぬう、と姿を現した。

 象を遥かに上回る巨体。胴体は象に似ているが、その顔はまるで馬のようであり、その額には三本の角が生えているその怪物は、口に加えていたゴブリンをそのまま食い千切り、飲み込んでいく。


「オドントティラヌス!?あんな怪物が領地のこんな近くにまで……!?」


 オドントティラヌス。

 それは混沌が生み出した怪物のうちの一体である。

 象以上の巨体を有した黒色の馬面で、額から三本の角を生やした存在である。

 オドントティラヌスは「歯の僭主(タイラント)」という意味であり、それを現地の言葉に直したのがこの怪物の名称とされる。

 古来より戦象が質量兵器として利用されてきたように、巨体はそれだけで十分兵器になりうる。分厚い皮膚は生半可な攻撃をはじき返し、その足は人間ぐらい踏み潰してしまう。こんな存在が突撃してくれば、重武装のファランクスを組んだ兵士たちですら簡単に蹴散らされてしまう。

 ドラゴンには及ばない物の、極めて厄介な怪物には変わりない。


「メイド!こいつにはアタシたちの武器じゃ無理だ!槍だ!槍持ってこい!」


「はいッ!」


 デルフィーヌの指示に従い、ウォーワゴンから予備の武器である槍を取り出し、エーファはそれをデルフィーヌに投げ渡し、自らも槍を構える。


「神官兵士たち槍を装備して前へ!残りはウォーワゴンごと後方に退避して射撃による攻撃を!」


 オーレリアの指示に従い、彼女に付き従うチェインメイルに灰色のマントを纏った神官兵士たちも一斉に槍を構え一列に並ぶ。

 つまり、対騎兵突撃用のパイクと同じである。

 もちろん、騎兵とは比べ物にならない質量のオドントティラヌスが突撃してくれば、そんな物は瞬時に粉砕されるだろうが、近寄らせないようにするために牽制には最適である。


 そして、これほどの相手となれば、通常であれば防壁になるウォーワゴンも全く役に立たず、下手をすれば蹴散らされてしまう可能性もあるので、一旦後方へと下がらせる。ウォーワゴンのスリットから次々とクロスボウや弓の矢がオドントティラヌスへと撃ちだされるが、象と同じく皮膚が分厚いオドントティラヌスには決定打にならない。


「ケンッ!!」


 片手に槍を手に、もう片手で盾に変形させた中立の鉄槌を手にしたエルネスティーネも、槍の切っ先でルーン文字の炎を象徴するケンのルーンを描き、十もの炎の矢でオドントティラヌスへと攻撃を仕掛ける。

 だが、ダメージこそ食らっているものの、象の表皮よりも遥かに分厚く、丈夫な外皮を持つオドントティラヌスの表皮を炎の矢で貫く事はできない上に、さらに暴れまわる。

 元々、この怪物は野生動物とは異なり、火では怯まないとされている。

 その伝承通り、エルネスティーネの炎の矢でも全く怯むことなく、こちらへと攻撃を仕掛けてくる。


「”中立の鉄槌”鎧化、飛行形態ッ!」


 そのエルネスティーネに思考に応じて、槍化していた中立の鉄槌が液体金属のようにぐにゃりと液体状へと変化し、次の瞬間、エルネスティーネの全身を覆い、瞬時に硬化して、頭部以外の全身を纏うフルブレートアーマーへと変化する。

 だが、それが通常のフルプレートアーマーと違う所は、脚部の脛の後ろ、脹脛の部分にまるでスラスターのような開口部がついている所である。

 さらに、背中の肩甲骨部分のアーマーにも同様のスラスターのよう開口部が装備されており、エルネスティーネの思考によって自在に開閉する事が可能なのだ。


 そして、次の瞬間、シュィイイインという音と共に、鎧の関節部や各部から周囲の空気を吸収し、自らの中へと取り込んでいき、その空気は鎧内部で圧縮され、圧縮空気として脹脛部の後ろと肩甲骨部のスラスターから排出される。

 そして、その爆発的な圧縮空気の排出は推進力と変化して、エルネスティーネの体はふわり、と空中へと浮かんだと思った瞬間、猛烈な勢いと轟音と共に天空へと飛翔していく。現実世界でも、垂直離陸飛行が自由に行える個人用飛行デバイスであり、個人で自在に空を飛べるジェットパックが実用化されつつあるが、アレとほぼ同様である。

 違いは、エンジンではなく圧縮空気によって飛行する事、そして基本的にはエルネスティーネの思念によって自在に飛行できるという事である。


 その轟音が耳障りのようで、オドントティラヌスは空中を自在に飛行するエルネスティーネを迷惑そうに見上げて唸り声を上げる。

 象は銃声などのような大音量に弱いらしいが、この怪物も大音量には弱いらしい。

 しかも自在に空を飛び回り、自分に向かって爆撃を仕掛けてくるなど、オドントティラヌスにとってはまさに目障りな蠅や蚊そのものだろう。

 目障りなエルネスティーネをどうにかするために、オドントティラヌスは激しく頭を振って、額の三本の角でエルネスティーネに攻撃を仕掛ける。


 背中のスラスターを主動力源として、空中で脚部を動かす事によって、脹脛後部のスラスターを移動させ、空中機動を行う。言うなればメインスラスターとサイドスラスターである。背中のメインスラスターによって推進力を獲得し、脚部のサブスラスターを実際に足を動かす事によって進行方向を変換し空中で自在に飛翔するシステムである。

 エルネスティーネもわざと角が届くか、届かないかぎりぎりの所を自在に飛行して、ルーン魔術による遠距離攻撃で注意を引き付ける。

 それにつられて、オドントティラヌスも三本の角を振り回し、エルネスティーネを叩き落そうとする。オドントティラヌスの角は非常に鋭く、あれで切り裂かれればエルネスティーネもただではすむまい。

 だが、こうして身を張っているのには、理由がある。


《今よ!》


 エルネスティーネは、オドントティラヌスがこちらに注意を十分向けたと判断し、手元の通信用のアルジズが刻まれたルーン石に言葉を放つ。

 それと同時に、デルフィーヌ、エーファ、リューディアの三人が一気にオドントティラヌスの近くまで一気に突撃し、足の付け根の部分に槍を深々と突き刺す。


「オオオオオォオオオオ!!」


 オドントティラヌスは悲鳴を上げて、体液をまき散らしながら痛みにのたうち回る。

 象などと同様、関節部、足の付け根は皮膚が柔らかく、この怪物の弱点だったらしい。戦象ならばその部分に鎧を装備するか、下に兵士を配備するが、あくまでも混沌の怪物であるオドントティラヌスには、そんな芸当はできない。

 痛みに暴れまわるオドントティラヌスに踏みつぶされないように、足元の三人は慌てて退避を行う。

 痛みに我を忘れたオドントティラヌスを見て、中立の鉄槌を身に纏ったエルネスティーネは一気に急上昇を行い、そのまま手にした槍をしっかりと構えながら、一気に急下降を行う。


「おおおおお!」


 狙いはオドントティラヌスの目。どんな怪物であろうとも、眼球は大きな弱点の一つである。まるで騎士の槍試合(ジョスト)のように槍をしっかりと脇に抱えながら急下降でオドントティラヌスに突撃していくエルネスティーネ。

 その穂先は見事に、オドントティラヌスの目に深々と突き刺さり、衝撃によって穂先を残して槍はへし折られてしまう。


「ガァアアアアアア!!」


 眼球に深々と槍の穂先が突き刺さった猛烈な痛みに、緑色の体液をさらにまき散らしながらオドントティラヌスは暴れまわる。

 当然、それに巻き込まれたくないエルネスティーネは、脚部噴射を使って距離を取ると、さらに上空へと上昇する。

 そして、上昇したエルネスティーネは、懐から手のひらサイズの石を取り出すと、そこにケンのルーン文字をなぞると、それを上空からオドントティラヌスへと放り投げる。

 放り投げられた石は、重力に従い下降していくと、オドントティラヌスに当たる瞬間に爆発・炸裂する。

 ケガというより、その大音量に驚いたオドントティラヌスは、さらに怯えたように悲鳴を上げる。それは魔術を使用した魔導手榴弾とも言える代物である。

 炎を司るケンのルーンは、爆発も司る。石などに刻み込めば、こうして魔術的な手榴弾としての使用もできるのである。さらに飛行しながら、エルネスティーネはケンのルーンを魔術的に刻み込んだ魔導手榴弾を集中的にオドントティラヌスの頭部へと集中的に投げつけて投下していく。それはまさしく爆撃機とでも言える物だった。


 頭部に集中的に爆撃を受けて、ついに残った目も手榴弾の爆発によって失ったオドントティラヌスは、完全に視力を失い、さらに痛みに体液を撒き散らしながら暴れまわるが、その動きは明らかに鈍い。


 今までの攻撃により、体液を多量に失っており、止血も行っていないオドントティラヌスは、いかに混沌の強靭な生命力を誇ると言っても、生物である以上限界はある。

 今まで痛みによって暴れ回って体液を多量に失ったオドントティラヌスは、ふと立ち止まると、限界を迎えたように、その巨体を轟音と共に地面に倒れ伏した。

 こうして、戦いは終わったのである。



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