第25話 混沌領域に再度突入です。
「はー……。しっかし、アンタも物好きだねぇ。
いや、貴族のお嬢様が冒険に出るなんて酔狂の極みだと思っていただけどさぁ。
まさかまた冒険に出てくるとはなぁ。」
そうぼやきながらも、以前一緒に冒険を行ったデルフィーヌは元混沌の神殿へと向かいながら馬車に揺られている。
せっかくなのだから、以前共に冒険した仲間が一緒にいてくれた方がやりやすい、とのエルネスティーネの発言により、神殿持ちでデルフィーヌたちを再度雇う事にしたのである。気心が知れて共にダンジョンを攻略した仲間がいれば、エルネスティーネの負担も減るというものだ。
金も神殿持ちという事で、エルネスティーネが心配をする事ではない。
今回の彼女たちの目的は、混沌の神殿に眠る魔導装置の回収である。
魔導装置の分解などは、中立神の神官たちが行うとの事で、オーレリアを始めとした数人の神官たちが付き添いとして一緒に参加している。
彼ら、彼女たちも戦闘訓練を積んでいて、いざという時には戦う事も可能である。
いわゆる神官戦士という区分である。
法の神殿と比べて、中立神の神殿は勢力が小さい。弱小勢力と言っていいぐらいである。そのため、いざという時に自分たちで自衛できるように神官でも戦闘訓練を行う事が通例となっているのである。いわゆる、日本でいう僧兵に近い。
西洋でいうと、テンプル騎士団や聖ヨハネ騎士団などと言った騎士修道会である。
騎士修道院が聖地防衛や聖地巡礼者を保護・支援を目的して言ったように、宗教団体が自分たちの自衛のために戦闘力を持つのは珍しい事ではない。
特に、オーレリアたちはこの国が陥落したら事実上の根無し草となってしまう。
そうなれば教団自体が消滅する可能性すらある。
そのため、この国の防衛は彼女たちにとっても最優先事項である。
ともあれ、そのため彼女たちも装置の回収の付き添いとして向かう事にしたのである。
「まあ、いいさ。今回アタシたちは道案内だけだろ?
案内だけしてりゃいいだけの楽な仕事……はぁ?護衛としてとも雇いたい?
いやまぁ、そりゃいいけどさ。その分の金は……ふうん、ならいいさ。
アンタなら踏み倒しはしない程度の信頼はあるからね。」
まあ、デルフィーヌたちにとって金さえ貰えれば特に問題はない。
その分の仕事はしっかりこなすのが、彼女たちの流儀である。
重量のある魔導装置を運搬するという事で、神殿は馬車を用意したが、それは通常の荷馬車ではなく、戦闘用の馬車であるウォーワゴンを用意している。
ウォーワゴンはいざという時は自分たちの盾にしながら、遠距離攻撃を行える移動用トーチカとも呼べる代物である。
この馬車を盾代わりとして大砲や矢から身を守りながら、馬車の壁についている細いスリットから槍、弓、弩、銃等で攻撃を行えるのだ。
こんな物を用意できるとは、流石神殿は金持ってるなぁ、とデルフィーヌは変な関心をする。
ともあれ、神殿がこんな物を用意したのは酔狂などではない。きちんとした理由がある。それは、重量のある魔導装置の回収・運搬のためである。
当然の事ながら魔道装置は大規模な物であり、その分重量があるのは当然。
そんな重い物を危険な混沌領域で呑気に人手で持ち運びしていたら、怪物たちに襲われて一網打尽である。
それを防ぐために、迅速な運搬方法が必要になる。そのために用意したのがこのウォーワゴンである。
しかし、いくら馬車と言っても獣道しかない混沌の神殿まで行くのは難しい。
そのため、可能な限りウォーワゴンで近づき、そこから徒歩で向かい、混沌の神殿へと辿り着き、神殿を解体し、重要な部分を持ち帰る。
それがオーレリアの立てたプランである。
そのため、オーレリアや中立神の神官たち、それにエルネスティーネたちもウォーワゴンに乗って混沌の神殿の近くまで行ける所まで行く予定である。
それらの予算は全て神殿から出ているため、エルネスティーネやデルフィーヌたちにとってもありがたい限りである。
まだこの世界では、馬車にはバネによるサスペンションは開発されていないので、乗り心地は正直悪いが、徒歩で向かうよりは断然楽ではある。
馬車に乗っている間、エルネスティーネは気になった事をオーレリアに対して尋ねる。
「でもお聞きしたいんですが、そんな魔道装置を安全に解体できるんですか?
蓄積された力が暴走したら、いくら混沌領域でもまずい事になるんじゃ……。」
魔力の蓄積されていない魔道装置なら、安全に解体できるだろうが、魔力が満タンに詰まった魔導装置を解体するなど危険極まりない。
ちょっとでも何かあれば、大爆発を起こして作業員たち諸共自分たちも消滅する可能性も多いにある。
ここは周囲に人が存在しない混沌領域のため、人的被害も少ないだろうが、蓄積された混沌の魔力によってさらにこの地が重度の混沌汚染されてしまうだろう。
エルネスティーネはそんなに魔導装置には詳しくはないが、素人の彼女でもそれくらいの想像はつく。
「それは心配ありません。エルネスティーネ様が持ってこられた石板に装置の安全な解体方法が記されていました。この石板を作った人は何かの役に立てば、と考えてこれを記したようですね。混沌の中にも、邪悪でない存在がいるという証明ですね。」
そのオーレリアの返答に、まさか自分の持って帰ってきた石板にそんな情報があったとは、と思わずエルネスティーネは驚く。
流石に、混沌と法のバランスを取るために尽力する天秤の勢力らしく、混沌の勢力に対する言語についての研究も進んでいるらしい。
その知識を得られたら、自分のルーン文字での解読精度も一気に上がるはずだ。
後で知識を教えてもらおう、とこっそりと心の中で呟いていた。
「まあ、これを記した人が罠を仕掛けて、わざと間違った解体方法を記している可能性もあるので、そうしたら状況を見て退避するしかないですね。
混沌の存在たちはそういう事も平気で行うので。」
あーやるやる。混沌の存在はそういう事平気でやる、とエルネスティーネは、アルシエルの方を見ながら思わず頷く。
あーん?何か文句あるの?とでも言わんばかりにじろり、とアルシエルはこちらを睨んできたが、エルネスティーネは視線を反らしてそれをスルーした。
アルシエルが大人しく留守番する性格でもないし、エルネスティーネとオーレリアが揃っている以上、彼女たちの手元においていた方がいざという時に抑え込む事ができるという判断である。
確かにアルシエルは強大な力をもっているが、それは通常の人間との比べての話。
本来の神としての太源からすれば、哀れなほど力を失っている。
それでも一応神の化身のため、安易にこちらに力を貸してくれるとは思えない。
気分でこちらに敵対する可能性すらあるのだ。混沌神とは、かくも厄介な存在なのである。
しかし、混沌領域に踏み込むのは二度目のエルネスティーネではあるが、今回は人も多いという事で周囲を観察する余裕すらある。
混沌領域は、その名の通り混沌の力が大きい地域であり、適度な混沌の力は活性力となり、植物の成長性や動物の生命力を高め、この一帯の自然自体を繁栄させる。
だが、さらに奥に入って混沌の力が強まれば、あまりに活性化された植物は異常にねじ曲がり、異質に変化した奇形と化し、動物たちはモンスターと化して狂い出す。
現在、ノイエテール国や隣国も混沌領域の開拓を目論んではいるが、中々進まないのはこれが原因である。
だが、逆にいえばここは様々な植物、鉱石など自然の宝庫とも呼べる場所である。
実際、以前では発見できなかった石灰石の塊も発見できた。
つまり、この近くに石灰石、炭酸カルシウムの鉱脈があるという事である。
炭酸カルシウムの鉱脈があれば、わさわざ遠くから貝殻などを輸入しなくても自前で賄う事ができる。そうなれば、さらにコストダウンを行う事ができるのだ。
他にも、主な使用法としては、炭酸カルシウムは農地に巻いて農地の酸性値を整え、作物の収穫率を向上させる農業用石灰としての使用法がある。
そして、言うまでもないが、エルネスティーネがさんざん作っていた石鹸の原料にもなり、紙作りにも大いに役に立つ。
まさにエルネスティーネが喉から手が出るほどほしい代物である。
さらに炭酸カルシウムを高温で焼くと酸化カルシウム(消石灰)に変化する。
消石灰は、消毒にも使用でき、病気の蔓延を防ぎ、遺体の腐敗臭も防ぐことができる。
さらに、この石灰を利用する事によって火薬を作り出す事も可能である。
バケツ数杯の石灰水を熟成させた堆肥にしみ込ませると、大半の無機物は堆肥の中に留まるが、カルシウムは硝酸イオンを捉えて排出される。この液体を集め、少々のカリを入れると、炭酸カルシウムと硝酸カリウムができる。
この液体を濾過して蒸発させれば、硝酸カリウム、つまり火薬の原料が出来上がるのだ。
他の手段としては、ヨーロッパでは家畜の糞尿が浸透した家畜小屋の土壁から硝石を得ていたし、これだけでなく、硝酸カリウムを作り出すには、小屋に、木の葉や石灰石、糞尿などを土と混ぜて積み上げ、定期的に尿をかけて硝石を析出させる「硝石丘法」なども存在する。
他にも、古民家の床下の土を集め、温湯と混ぜた上澄みに炭酸カリウムを含む草木灰を加えて硝酸カリウム塩溶液を作り、これを煮詰めて放冷すれば結晶ができる。この結晶をもう一度溶解して再結晶化すると精製された硝石となる。このような「古土法」といった方法も存在する。
エルネスティーネ的には、火薬作成はあまり興味がない分野ではあるが、アーデルハイトにとってはまさしく死活問題である。
エルネスティーネにとっても、この領地が滅んでしまっては、ラノベ作りどころではないため、この領地を安定・発達・防衛するためにも、その原動力である武力、火薬の発達は利益になるので、こうした情報を教えない理由もない。
後は、人手を集めて混沌領域に存在するこの石灰石の鉱脈を自分の領土に運搬してもらえばいいのである。
そして、そんな事を考えているエルネスティーネと異なり、オーレリアは別の事を考えていた。そう、それは彼女たちの切り札とも言える秩序抑制柱の運搬である。
「しかし……。よくよく考えると抑制柱の運搬なども考えなくてはいけませんね。
専門のゴーレムを作成して運搬させるのが一番でしょうか……。また予算と魔力が……。」
そう、3mもの柱を運搬・立柱するためには大変な手間と労力がかかる。
ましてや、まともな運搬動力もない場合、人力だけではさらに労力と人出が必要になる。それを見過ごしてくれるほど、秩序の勢力は甘くはない。
立柱中に襲われてしまっては防衛戦になるし、恐らくは敵陣地でそんな長時間防衛戦などできないだろう。
そのため、戦場であろうと迅速に抑制柱を運搬・立柱できる機動性を持った運搬方法が必要になる。
そのためにやはり最適なのはゴーレムだろう。
ゴーレムと言えば重々しい鈍重な動きではあるが、馬力は人間や馬車よりは遥かに上回っている。おまけに材質にもよるが、多少攻撃を受けても平気な頑丈さも所有している。
今回の魔導装置回収のように、のんびりと馬車を走らせて戦場まで抑制柱を運び込めば、必ず敵はそこを狙ってくるだろう。
そして運搬の時もそうだが、人手が必要な時の立柱中に狙ってこない敵などいようはずもない。それを防ぐためには迅速に搬入し、手早く穴を掘り、立柱が可能な土木機械が必要となる。
「あのぉ~。お話は聞かせてもらいましたが、一つ提案があるのですがいいですか?」
「?」
オーレリアの言葉を聞いていたエルネスティーネは、彼女に向けて一つの提案を行ってみる。つまり、問題はゴーレムの鈍重性にあるののだから、より機動性を高めたゴーレムを作成してみたらどうか、という提案である。
元々、ゴーレムはユダヤのラビ(律法学者)が作成した自動人形である。
つまり、魔術師ではなく神学者、神に仕える存在が作り出した存在であり、ゴーレムの体には72の神名であるシェムハメフォラシュ が刻まれている。
この72体の天使からなる聖なる名によって、ゴーレムたちは起動する力を与えられているのである。
その場合「神から与えられた知識に工夫に加えるなどと!」と怒り狂う可能性もあったし、下手に工夫を加えると動かなく可能性も十分あった。
だが、この世界のゴーレムは魔術師が作成する自動人形の一種であるらしい。
ならば、技術発展を行っても他からの批判は少ないはず、である。
オーレリアは、エルネスティーネのその提案に、頬に指を充てて考え込む。
「脚部に車輪のついたゴーレム……ですか?確かにそれならば迅速に運搬が可能ですが……開発できるかどうかは……。まあ、専門の魔術師に聞いてはみますが。」
と、そんな風にエルネスティーネとオーレリアが話をしていると、そろそろ森林地帯へと近づいていく。ウォーワゴンはその大きさのため、獣道しかない森林の中を移動するのは難しい。そろそろ馬車を停止させて、徒歩に切り替えるか、とした時、デルフィーヌが何かを感じ取ったのか、真剣な表情でオーレリアに話しかけてくる。
「ちょっと馬車止めて。嫌な気配がするから偵察してくる。アンタたちは警戒してて。」
そう言うと、デルフィーヌはひらり、とウォーワゴンから飛び降りると、そのまま音を立てずに森林へと入り込もうとする。
彼女は熟練のスカウト、斥候である。
ダンジョンだけでなく、こういった森林地帯でもその特性は発揮される。
特に偵察と言った任務に彼女は最適であり、音を立てずに動き回る事すらできる。
そして、そういった任務は他の人間たちは邪魔になるだけなので、異変を感じとった彼女は単独行動を取ったのである。
「待って!これ持っていってください!これでお互いの言葉が伝えられますから!」
そう言いながら、エルネスティーネは用意していた魔力石にコミュニケーションを示すアンスズのルーンが刻まれた物をデルフィーヌへと投げ渡す。
アンスズは、神、言葉、伝達などを象徴し、これを石に刻む事によってどんなに離れていてもお互い会話のできる無線機、魔術通信を行う事ができる。
離れていても通信ができるのが、現在のスマホの利用率や軍事の通信技術を見ればどれほどチートであるかは言うまでもない。
デルフィーヌは頷くと、そのまま森の中へと入っていく。
そして、しばらくすると彼女は戻ってきて皆に現状を報告する。
「なんかゴブリンの群れが慌てて移動していたけど……。何かに追われている、って感じだったね。こっちを狙ってくるという訳ではないみたいだけど。」
「それって……。」
その不穏な発言にエルネスティーネが言葉を紡ごうとした瞬間、木々がへし折れる音が響き渡った。
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