第24話 (1/20更新)活版印刷機で本作りを始めます。
ユイカを引き取る事になったエルネスティーネは、彼女たちを一旦自分の屋敷に連れてくる事になった。
混沌派の人間を自分の屋敷に入れるなど、アーデルハイトの暗殺を行う可能性もあるのでは?とエーファなどは警戒する発言も出てきたが、この屋敷では常に戦闘を行えるメイドたちが常備している。
常にメイドたちが目を光らせている中、暗殺を行えるほどアサシンの技能があるはずもない、というのが結論である。
エーファたちが空いている部屋をかたずけて、ユイカたちの住まう部屋を作っている中、エルネスティーネたちはユイカに対して現状を説明する。
「で、ラノベ作り、というか本を作るのってどこまで進んでいるのよ?
……。なるほど。しかしそうなると前途多難よね~。
まずは世間一般に本自体を広めないといけないじゃない。」
確かにユイカのいう通りである。
ラノベ云々の前に、まずは本自体を世間一般に広く流通させなければならない。
この世界では日本と異なり、書籍は一般人が手軽に買えるようなものではない。
選ばれた人が買える高級品であり、文字が読めない一般市民はそもそも買おうとも思わない。まずはそこをどうにか改善していかないとならない。
「で、まあ、ここにドワーフから作って貰った活版印刷機があるわけですが。」
そう言いながら、エルネスティーネはドワーフが作り上げた活版印刷機をユイカへと見せる。活版印刷機は火薬、羅針盤などと並び世界三大発明の一つとされている。
「おおっ!いいじゃない!活版印刷機なんてチートよチート!世界変わっちゃうわよ!」
確かに、活版印刷機は世界を変えた大発明である。
まだ印刷機のないこの世界においては書籍を普及させる大きな力となるだろう。
そして、その大量の書籍=情報は世界を変えうる大きな力となるのだ。
この世界の共通語の文字は日本語や中国語のような曲線の文字ではなく、西洋の英語のような直線的な文字なので、さらに活版印刷機は伝わりやすいだろう。
「で、しばらくは中立神の聖書を中心に印刷してもらいます。安定した収入になりますので。」
「ふむふむ。なるほど。で、誰が?」
「貴女です。」
びしっ、とエルネスティーネはユイカを指さす。
それに対して、ユイカは呆然と言葉を返す。
「……アタシ?」
「はい。」
「……何で?」
「そりゃタダで衣食住を出すほど、甘くありませんよ…。ユイカさんとエレボスさんは事実上、ウチの社員という事で。」
そのエルネスティーネの言葉に、ユイカは勢いよく食い下がる。
せっかく異世界に来たのだから、好き勝手に楽々生活しようと思っていたユイカの考えとはまるでかけ離れていたのだ。
(少し前まで命が助かったので感涙していた彼女の態度とは思えないほどだったが)
「な、何よそれ!せっかく異世界に来たのに何でそんな世知辛い事しなくちゃいけないわけ!?アタシののし上がりシンデレラストーリーが!」
「まあ、異世界でもそんなに甘くはないという事ですね…。お嫌なら紙作りの方でもいいですが?」
異世界であろうと人間である以上、衣食住がなくては生きていけない。
そして、この世界において孤立無援のユイカにとって、他の選択肢は存在していなかった。紙作りが印刷より重労働という事はユイカもよく知っている。
それに比べればまだマシだと言えるが、あまりに自分の理想と異なる生活にユイカは思わず叫ぶ。
「あーっもう!何でアタシがこんな事しなくちゃいけない訳!?世知辛いわね異世界!!」
そんなユイカの叫びが周囲に木霊するのであった。
―――そして、その後、エルネスティーネはアルシエルと共に印刷された聖書を手に中立神の神殿へと訪れていた。
「ご苦労様です。確かに受け取りました。いやぁ、まさかこれほど安く本が大量に作成できるとは。
こちらにとっても経済的にもありがたい限りです。神に仕える者が金の事をいうのは不本意ですが。」
そんな事を思いながらも、大神殿についたエルネスティーネは、神殿長であるオーレリアに、試作である中立神の聖書十冊を搬入する。
今までの聖書は、全て羊皮紙によって作成されていた。
それがどれだけ神殿の経済を圧迫していたのかは言うまでもない。
羊皮紙は1頭からA4サイズで言うとだいたい6枚取れ、A6サイズで400ページの本を作るためには、だいたい9頭分の羊皮紙が必要となる。
羊9頭分のコストでようやく一冊の本ができるのでは、到底大量生産どころではない。
その点、エルネスティーネのやり方は元がボロ布から出来ているため、遥かに安くコストダウンでき、手間も(羊皮紙に比べれば)軽減できる。
とりあえず、試作として運用してみて、それで問題ないようなら、さらにどんどん生産してほしい、とのオーレリアの要望である。
何せ、法の神の教団に比べて、中立神、天秤を崇める人々は少ない。
この国でさえ、文盲の人や中立神を崇めない人たちも多いぐらいだ。
そういう人々に天秤の教えを広めるためにはどうすればいいか。
そう、布教である。
現代世界においても、(色々意見はあるとはいえ)宣教師たちが世界中を回り、自らの一神教の教えを広め、少なくとも名前は全世界に知られる事となった。
オーレリアたちも、まずは国内を固めるべく、あちこちに宣教師を派遣する予定らしいが、そのために足りない物、それは聖書である。
聖書は、宣教師にとって布教に絶対に必要な物なのだ。
だが、今までのように、羊皮紙で手書きでの写筆では、聖書の生産は極めて遅く、布教にも肝心の聖書がない、というどうしようもない状況だったのだ。
だが、エルネスティーネの方法ならば、今より遥かに早く、しかも安価に聖書を用意できる。それはつまり布教できる速度が格段に速くなるということだ。
エルネスティーネの望みは、オーレリアにとっても渡りに船だったのである。
「ともあれ、ご苦労様でした。こちら代金になります。これでよろしいですか?」
「はい!それはもう!ありがとうございます!」
オーレリアもエルネスティーネも二人ともホクホク顔である。
少なくとも、この両者にとって今回はメリットしかない。
まさにウィン・ウィンという奴である。
ボロ布から神聖な聖書ができる、と聞いて反発する神官もいたが、オーレリアがそれを押し切った形である。実際、しっかりとした紙になった聖書は、元がボロ布であるとは全く信じられないほどだ。これなら、文句を言う神官も黙らせる事ができるだろう。
エルネスティーネとしては、一気に活版印刷の実用化にまで持っていきたいのだが、そのためには金も資材も技術も足りない。
そのためには、人脈の構築、技術の進歩と蓄積、そしてお金という実に地道な作業が必要なのである。
「そういえば、混沌の神殿で見つけた石板もこちらに預けておきます。私が持っているより、何かの役に立つかもしれないので。」
そう言いながら、エルネスティーネは混沌の神殿に眠っていた石板をオーレリアに渡す。今の状況では、エルネスティーネも石板の文字の解読に力を注いでいられる状態ではない。エルネスティーネのルーン文字での解読は、あくまで人工知能のように得られた情報を蓄積して解読していく物だ。文字通り魔法のように一瞬で解読できるものではない。
ならば、混沌勢力の文字に関しても大量の情報を所有している神殿に丸投げした方がいい、という判断である。
簡素な灰色のローブで身を覆ったオーレリアは、エルネスティーネの話を聞くと、ふむ、と顎に指を充てて考え込む。
「……ふむ、分かりました。それでお聞きしたいのですが、その混沌の神殿には魔力機関が存在していましたか?」
「?え、ええ。多分。罠を動かすための魔術動力機関は存在していたはずです。
まだ起動しているのでは?」
エルネスティーネのルーン魔術によって一時的に弱められたが、あんな物文字通りほんの数秒だけだ。怪物たちはほとんど存在していないだろうが、まだ起動中であるはずである。
地脈を吸い上げて動力源にしているのが、周囲の混沌の力を吸収して動力源にしているのか、その辺は専門家ではないエルネスティーネでは理解できないが、彼女の見たところ、まだ十分動力源である魔力は蓄積されていて、誰も存在しない神殿内で未だに起動を続けているはずである。
「なるほど。分かりました。ちょうどいいでしょう。貴女たちにもこちらからお話があります。」
そのオーレリアの言葉に不穏な物を感じ取ったのか、一斉に彼女の周囲の神官たちはざわめき出す。
「神殿長!アレは機密事項です!いかに領主の妹御であろうと、見せる訳には……!ましてや混沌神の化身に……!」
「とはいえ、彼女たちの理解が必要になるであろう事は貴方たちも理解できるでしょう?我々だけでは現状の打破はできません。彼女たちの理解と協力が必要なのです。」
オーレリアの言葉に、神官たちも理を感じたのか、彼らも異論を収める。
そして、オーレリアに案内されるままに、エルネスティーネとアルシエルは大神殿の地下へと降りていく。
厳重なチェックと、何十もの魔術結界、そして頑丈な壁によって厳重に警護を潜り抜けて、地下空間へと階段を使って降りていくと、そこは広大な地下空洞になっており、そこには数十本の円柱らしき物体と、様々な魔術計測装置やケーブルが所狭しと埋め尽くされていた。
「こ、これは……!!」
大神殿の地下に安置されていたのは、3mほどの未知の紋章がびっしりと刻み込まれた円柱であった。
魔術的な文字がびっしりと刻み込まれている円柱は三つのパーツから構築されていて、それがお互いに石臼のように交互の回転するかのように見える。
その円柱に対して、中世とは思えない近未来的なケーブルが無数に張り付いており、それらのケーブルは、さらに未知の機械類……恐らくは魔道装置に装備されている。
「これは……?」
その空間に存在する数十もの円柱を見て、エルネスティーネは疑問の声を上げる。
円柱からは魔術には詳しくない彼女でも感じられるほどの圧倒的な天秤、中立神の神力が封じ込まれており、そこから漏れ出た力が彼女を圧倒しているのだ。
そして、その漏れ出た力によって、エルネスティーネの体調は悪化してしまうが、これは魔術の使用……混沌の力によって混沌に偏りつつあった彼女の肉体を保持するために、オーレリアにかけられた中立神の属性調整の力が強まって、彼女の肉体のバランスをさらに正そうとしているのだ。
実際、彼女が首飾りに変化させて所有している”中立の鉄槌”も漏れ出た力を吸収して光り輝きつつある。
対して、アルシエルの方はあからさまに嫌な表情である。
いかに元は中立神だとしても、混沌神である彼女にとっては自分の力を抑制する天秤の力は嫌な物なのだろう。
円柱を見つめながら疑問の声を放つエルネスティーネに対して、オーレリアはその疑問に答える。
「秩序抑制柱(ロウ・コントロール・ピラー)。世界の終末、秩序による存在凍結に対する我々の対抗手段です。
この柱に溜め込まれた灰色の神々、天秤の力を開放する事によってそのバランスを保つ力で存在凍結を抑え込む。ですが……。」
「天秤の力はあくまでバランスを保つ力。極端に属性が偏ってしまった地域を修復するためには力が足りない。そういう訳だな。」
不愉快そうに眉を顰めながらも、アルシエルはオーレリアの言葉を引き継ぐ。
秩序の力が完全に全てを支配した地域。その地域では、存在凍結と呼ばれる現象が起こるとされている。人や物質、時間や光など、あらゆる存在の時間、原子運動ですら完全に凍結してしまった世界。完全なる秩序に満ちた世界。それはつまり、全ての存在が凍り付いた世界に他ならない。
そこまでに偏ってしまった場合、バランスを保つ力である天秤、中立の力では完全に元に戻す事が難しいのである。
「……ええ。そういう訳です。おまけにどこかの誰かさんに対して封印のための力を使ってしまったため、天秤の力自体も十分にチャージできていない。
広域……少なくとも国を覆いつくす存在凍結を中和・無効化するためには、さらなる力が必要です。」
「なるほど。それで混沌の力に頼ろうという訳か。混沌の神殿を分解し、混沌の力が蓄積された魔導動力機関を持ち帰り、それをこの秩序抑制柱とやらに注ぎ込もうという訳か?」
アルシエルの言葉に、オーレリアは頷く。
アルシエルが協力してくれれば、彼女の混沌の神力をこの柱に封じ込める事も可能だっただろうが、協力的でないのに、無理強いする事はできない。
そのため、次善の策としてオーレリアが目をつけたのは、エルネスティーネが探検したとされる混沌の神殿の後、そこに眠る魔導装置である。
そこに蓄えられた混沌の力を秩序抑制柱に付与すればいい、と彼女は考えたのである。
「ええ、その通りです。そのため、エルネスティーネ様の道案内が必要になります。
道案内、お願いできますか?」
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