第22話 (12/3更新)ワナビライバル?最上ユイカ登場!
「あーっもうやってられないわよ!!」
エーレンベルク領の街の地下の一部、未だ建設中の地下防空壕の中に一人の少女が叫びを上げていた。
彼女は最上ユイカ。現代日本から転移してきた少女である。
エルネスティーネと異なるのは、彼女はそのまま転移してきたので、きちんとした元の肉体を保持しているという部分である。
「この地を混沌へと導け」という神託と共に、転移させられてきた少女。
だが、その状況は彼女が考えているよりも遥かに悪いものであった。
「何なのよ!『この地を混沌に導け』って厨二病!?厨二病なの!?
たった一人でそんな事できるわけないでしょうが!常識的に考えなさいよ!
ケチケチせずにチートでも何でも寄越せってーの!ざけんじゃないわよ!」
エーレンベルク領の混沌信望者に匿われたユイカだが、混沌信望者はもはやテロリストと同義。世界を滅ぼす悪魔の手先扱いである。
そのため、彼らは地下の防空壕に身を隠し、ひっそりと暮らしているのだ。
だが、そんなじめじめした地下に隠れ住むなど、せっかく異世界来訪してきたのに話が全く違うという物だ。
思わず怒鳴り散らしてもしかたあるまい。
「あーったく腹立つわホント。
パソコンもないんじゃイラストも文章も書けないじゃない。
こんなんじゃストレスたまる。アタシはね、イラストや文章を書いて皆にチヤホヤされて大金稼いで悠々自適に暮らしたいのよ。こんなんじゃただの籠の鳥じゃない。」
イライラと自室の中を歩き回るユイカを見て、ユイカの身の回りの世話をしている混沌信望者のエレボスという女性である。
いかに地下であろうが、大声を出せばそれだけ見つかる可能性も高くなる。
しかも、最近はここの領主であるアーデルハイトはドワーフを雇い入れてマスケット銃や地下防空壕の拡張に乗り出しているとの噂なのだ。
今は半ば放置されている地下防空壕は混沌信望者にとっては格好の隠れ家である。
彼らは様々な工夫を凝らして地下生活を快適にしようと工夫しているため、言うほど不便ではない。
空を飛行する魔術師や竜などの戦術爆撃から避難するための地下防空壕であるが、建設途中で半ば放棄されているのを、アーデルハイトがドワーフたちの手を使って再開しようという案もあるのだ。
今は大丈夫だろうが、もしそんな中大声をドワーフたちに聞かれてしまっては大変名ことになる。
ユイカの身の回りを世話しているエレボスと名乗る少女は、慌ててユイカを宥めにかかる。
「あの……申し訳ありませんがもう少しお静かに……。」
「るっさいわね!そんな事よりこの世界について情報とか教えなさいよ!
今のままだと何にもできないじゃない!!」
エレボスと名乗る少女にとって現状の世界の状況を聞いたユイカは、一つ頷く。
(もっとも彼女も大まかな情報な偏った情報しか持っていないのだが)
「……なるほど。アンタたちは混沌信望者の中でも穏健派って訳ね。
生き残りのために混沌過激派たちと呉越同舟してる、と。」
「はい、その通りです。と、いうものの、今はほとんど過激派たちに取り込まれてしまって穏健派は少なくなってしまっていますが……。穏健派のほとんどは、”連合”の弾圧に耐え兼ねて法の勢力から離反した者たちです。
人間は法の支配なしには社会生活が営めない事は理解はしていますが……。
それでも、締め付けすぎれば我々は生きる意味すら見失ってしまいます。
我々は、もう少しだけ、自由が人間らしさがほしいだけなのです。」
エレボスは、法の国、その中でも”連合”が支配する国から逃げてきた流民である。
どこの国でも流民の流入には厳しい態度を取っている。
それでも逃げ出したくほど、”連合”は住民たちに非人道的統治を行っているのだ。
怪しげな魔導装置を構築し、民衆の精神エネルギーや生命力を衰弱する程度に吸収して法の神に捧げ、徹底的なディストピア世界を構築して統治している。
大抵の民衆は逃げ出す事もできず、大人しく圧制に従っているだけだが、一部の人間たちはレジスタンス活動を行ったり、他国へと逃げ出す流民になったりする。
エレボスは、その流民の一人である。
そして、法の国々に反抗心を抱き、混沌穏健派へとなった集団が逃げ込んだのが混沌領域に近い、ここエーレンベルク領である。
だが、混沌穏健派は組織としては纏まりがなく、非常に脆弱な集団である。
そこにつけこんで、混沌過激派たちが穏健派を取り込んでいるのも事実である。
「で、そう言ってる人たちが過激派に取り込まれている、と。
……過激派絶対ロクでもないわね。アタシ、ロクでもないテロリスト共に協力するなんて絶対ごめんだからね。」
「とはいうものの、過激派は私たち穏健派ですら儀式やら何やらは秘密にしますからロクでもないかどうかは確認のしようが……。って何してるんです?」
そのエレボスの話を聞き流しながら、ユイカは自分の与えられた事実上の牢屋のあちこちを探っていた。どうやら、ここから抜け出せる抜け穴がないか探しているらしい。エレボスですらここから出るのを許可されていないのだ。
ならば、ここから出る抜け穴を探すしかない、と判断したらしい。
「抜けられそうな所を探してるに決まってるでしょ。アタシはね、自分の目で見た物しか信用しないのよ。混沌崇拝派に協力するかは、アタシの目で見てそれで決めるわ。アンタも協力しなさいよね。」
そうして、埃まみれになりながら、ユイカたちは部屋上部にある通風孔から出入りできるようだ、と発見する。
「よし、この通風孔から抜けられそうね。体も何とか入りそうだし、アタシ、ここから入ってみるわ。」
一応通風孔にも檻はつけられていたが、何とか苦労して取り外す事ができたユイカは、そのまま通風孔に入り込んで匍匐前進の態勢を取りながら中へと進んでいく。
「狭い!汚い!息苦しい!全く、どうしてアタシがこんな事しなきゃいけないのよ……。ん?」
ぶつぶつと文句を言いながら通風孔を匍匐前進で進んでいくユイカだったが、ふと別れた通風孔の先で、漏れる光と大勢の人の声が聞こえる。
そこをこっそりと覗き込んで見ると、通風孔から見えるのは、大規模な地下講堂だった。
そこからは奇妙な甘い香りが漂い、異常な熱気と狂信的な雰囲気が支配された空間に多数の人々が集い、興奮しながら夢中で声を上げる。
全てを混沌に!全てを混沌に!全てを混沌に!
香の影響もあり、その場にいる皆が熱狂的に叫びを上げる。
現世からの苦しみから逃れようとする人々の叫び。その叫びに答えるように、彼らの前に、一人の女性が現れる。
顔の下半分をヴェールで覆い、胸部と脚部を露わにした露出度の高い妖艶な女性。彼女こそ混沌信望者の過激派の首謀者である『K』と呼ばれる謎の女性である。
彼女は、熱狂の渦に包まれている人々に対して、両手を広げて朗々と演説を行う。
「さて、ここにいる皆様は、それぞれ苦しみをお持ちだと思います。
その元凶、生きる苦しみはどこから来るのか?
そう、それは「生」そのものです。我々は生きているから苦しんでいる。
存在している事そのものが苦しみなのです。
我々がこの呪いから解放されるためには、生まれる前に戻るしかありません。すなわち、混沌回帰、混沌へと全てを還す事こそが、全てを開放する唯一の手段なのです。」
その瞬間、再度叫びが構内を埋め尽くす。
ケイオス・カルトには苦しみを抱いている貧困層や社会的弱者が救いを求めて集う事が多い。福祉事業を装って彼らをカルトに取り込んでいくのだ。
心が弱っている者たちは常に救いを求めている。そこに「貴方は必要だ」という事を刷り込み、自分たちのカルトに取り込んでいく。
これが彼らをカルトに誘い込む第一歩なのだ。
「さあ、世界に救済を齎すために貢献していただいた信者の方々には褒美を上げましょう。どうぞ、こちらへ。」
ぞろそろとKが指を指示した方に、様々な形で教団に貢献した一部の人々は移動していく。これは、教団に対して特に貢献した人々に対する褒美である。
仮面を被った教団の人間が彼らの腕に極彩色の液体が詰まった液体のような物を次々と注射していくと同時に、彼らの顔はまさしく極楽に辿り着いたように瞬時に蕩け、床に伏せながら恍惚とした表情を浮かべる。
これは抽出され、薄められた混沌を直接体内に打ち込んでいるのである。
混沌を直接体内に打ち込むなどという事がどれほど危険かは言うまでもない。
混沌を体内に取り込む事は、至高の快楽を与え、地上のあらゆる薬物よりも依存性が高く、一度打ったらもう抜け出す事はできない。これは人間種だけでなく、他の知性体も基本同じである。
その中でも特別に貢献し、今までに数十回混沌を打ち込まれた中毒者は、今回再び打ち込まれた混沌によって快楽に顔を蕩かせながら、次第に体自体がずるり、と蕩け、ぐじゅり、と肉体全てが液状化して崩れ去り、床に撒き散らされる。
そう、混沌などという物を体内に直接打ち込まれてただで済むはずはない。
体内の混沌は蓄積し、人間の肉体を変貌させていく。
肉体が維持できず、液状化して死亡するなどマシな方であり、人によっては肉体の一部や全てが怪物化して暴れまわったり、肉体が暴走してよく分からない肉塊へと変貌する事すらある。ごくまれに魔術とは異なる異端の力、混沌魔術や超能力を獲得する事もあるが、それでも連続して混沌を打ち続ければ肉体の崩壊・変質は免れない。
そして、そう言った存在は密偵としても不要なため、そのまま混沌内部へと放り込まれ、分解され混沌へと還っていく。
さらにその分解された混沌は、再び信望者たちに打ち込まれるというリサイクル構造になっているのである。
黙々と無表情のまま仮面で顔を隠した人間たちが、液状化して死亡した人間の残骸を片付けていく。当然、この液状化した死体も混沌へと投げ込まれ、再度リサイクルされて使用されるのだ。それに対して嫌悪感を持つ存在はいない。
体内に混沌を打ち込まれた人々は、相性によって瞬時に肉体が変化していく人もいる。全身にランダムに瞳と牙の生えた口が浮かび上がり、涎をまき散らしながら無数の口がうなり声を上げる人。陶然とした顔だけ残して首から下は醜い肉塊へと変貌してしまった人。
それら変質して使い物にならなくなって人々も、広場中心部の極彩色の混沌へと放り投げられ、混沌へと回帰させられリサイクルさせる。
陶然とした顔をしながら混沌へと溶けていく変質した人間の顔を見て、ユイカたちは思わず悲鳴を上げそうになりながら、必死に口を閉じる。
「く、狂ってる……!あいつら狂ってるわ!
あいつらにとって人間の命なんて塵芥程度の価値もないんだわ……!!」
そして、何とか必死になって他の方面の通風孔を辿って通路らしき場所に出たユイカは、エレボスに対して今見たことを全て話す。
穏健派のエレボスもそんな状況は初耳だったようで、真っ青な顔になる。
ともあれ、こんな危険な場所から速やかに逃げるしかない。
通路をダッシュするユイカに対して、必死にエレボスもついていく。
「あんなマジキチカルトたちと呉越同舟なんて冗談じゃないわよ!
アンタも本気出して逃げなさい!捕まったらただじゃすまないわよ!」
「で、でもどこに……!?」
エレボスは息を切らしながら、必死にユイカに問いかける。
そんなの、逆にこっちが聞きたいぐらいだ、と言いたいのをこらえながら、ユイカは言葉を放つ。
「アンタたちの穏健派のアジトとかないの!?
ない!?だったら手は一つね。地上に出て中立神の神殿に逃げ込むわよ!」
その言葉を聞いてエレボスは思わず慌てる。
穏健派とは言え、事実上のテロリストが警察に駆け込むようなものである。
人権保護などないこの世界では、捕えられたら処刑されても全くおかしくはない状況である。
「ち、ちょっと待ってください!私たち混沌派ですよ!?
そんな事すれば処刑されますよ!」
「情報フルブッパすれば恩赦とかあるでしょ!多分!
それともあんなマジキチカルトたちの生贄になりたいわけ!?」
「ふ、ふぇ~ん!!待ってくださいよー!!」
〇12月3日、書き直しを行いました。
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