第17話 見た目は可愛いし、こうしてると猫さんみたいなのになぁ。

 オーレリアは、メイス状に変形した可変兵器である”中立の鉄槌”を直接エルネスティーネに手渡す。ずしり、と重い手ごたえが来るかとも思ったが、エルネスティーネからしてみればまるで毛綿のように軽い。しかし、それは彼女がそう感じているだけで、実際の重量はやはりかなりの物なのだろう。だが、それを全くエルネスティーネが感じないのが、やはり中立の鉄槌の加護が働いているからなのだろう、とオーレリアは、判断した。


「では、エルネスティーネ様。思念を送ってその武装が変形するかどうか試してみてください。万能可変兵装の二つ名は伊達ではありません。その気になればあらゆる形態に変化する事が可能です。」


「さて、エルネスティーネ様、貴女にその武装を与えたのは他にも理由があります。

 この中立の鉄槌は、法と混沌との均衡を保つために、法と混沌の力で鍛え上げた物。その武装を手にする事によって、貴女の肉体のバランスを保つ事ができるでしょう。」


 そう、この中立の鉄槌は、天秤と法と混沌の三種の力を合わせ持った兵装。

 その影響は所有者にも及び、所有者の属性のバランスを保つ事ができる。

 混沌の象徴が刻まれたエルネスティーネの肉体も、この武装を手にする事によってかなり安定するはずである。

(一番効果的なのは肉体を覆う鎧形態であるが、何らかの武装形態で手にしているだけでも十分属性の偏りを防いでくれる)


 オーレリアが、エルネスティーネにこの武装を与えたのは、こう言った理由もあるのだ。

 エルネスティーネは、この地を収める辺境伯領主の妹。

 そんな彼女が混沌の怪物に変貌したなどという事になれば、アーデルハイトの評判だけでなく、この中立神の大神殿の評判も落ち、領土を収める事もできなくなり、最悪の場合、他国か混沌に侵攻を許す事になってしまう。

 それだけは、どうしても避けなければならない。

 この大神殿の神官長であるオーレリアは、その立場上アーデルハイトと親しく、アーデルハイトが手にしていた中立の力が込められていたロングソードは彼女が神聖力を込めてアーデルハイトに送った代物である。

 さらには、あのプレートアーマーに中立神の神聖力を込めたのもオーレリアである。

 つまり、中立神の神殿と、辺境伯はお互いに持ちつ持たれつの関係なのだ。


 前にも書いたが、修道院……もとい神殿と書籍とは切っても切れない間柄である。

 神殿はその性質上、様々な書籍を集め、知識を蓄える図書館としての側面を有している。それらの書籍を写筆する事によって知識の普及を行う。

 現実世界の中世ヨーロッパの暗黒時代、栄えあるローマが力を失い、知識が散逸していく中、それらの散逸を防いだのは修道院が書籍、知識を保存していたからである。

 そして、ローマが滅んでしまって、出版というのは完全に下火になり、出版を行えるのは、もはや修道院や教会でのみしか行えないようになってしまう。

 そうなると、必然的に、それまでの多種多様な文化は消滅し、教会の教えに沿った宗教的な書籍のみが写される事になってしまう。


 ともあれ、それはローマが衰退し、キリスト教が普及してきた時代の話である。

 こちらでは、そもそもローマのように様々な図書館や書籍自体が存在していない。

 そして、修道院、もとい、神殿はもう一つの重要な役割を持っている。

 それは、知識の宝庫という側面である。


「あのぉ~。それで他にもお願いがあるのですが……。ここの書籍を読ませていただきたいのですが……。よろしいでしょうか?」


「ええ、禁止されている書物以外ならまぁ。」


 本だ!本!本!この世界においては貴重極まりない本の山。

 待て、落ち着け私。片っ端から読みたいのは分かる。だが、限られた時間しか読む事はできない。と、なると読むべき物を厳選しないといけない。

 と、なれば、やはりラノベ研究的には”英雄譚”だろう。

 古今東西、どの世界においても英雄譚は強い。ラノベを遥かに遡ればそこには神話の英雄譚へと辿り着く。

 次点で恋愛物も大きなカテゴリーを占めるが、やはり神殿である以上、そう言った恋愛物の書物はほとんど存在しないだろう。


 しかし、この世界においての英雄譚は、ワナビにとって見れば垂涎物である。

 英雄譚を見れば、どんなヒーローがこの世界で受けやすいのか研究する事ができる。

 ラノベにおいて受けるヒーロー……主人公というのは極めて重要である。

 主人公に魅力がなければ、当然それを読む読者たちはいなくなる。

 読者を惹きつける魅力のある主人公の形成。この世界で受ける主人公の研究。これこそが重要なのである。英雄のテンプレートにはそれぞれの地方などの差異があるが、基本的には現実世界とテンプレート的にはあまり変わりがないらしい。

 だが、それでも見た事のない英雄たちの物語は、ワナビでラノベ好きにとっては夢中にならざるを得ない。


 例えば竜を駆って戦う英雄、例えば混沌の地を切り開いて安定した大地を作り出した法の英雄、例えば混沌の支配する大海に出て、それらに屈せず、新天地を見つけ出した英雄。そんな英雄たちの物語は、ライトノベルの起源であり原点ともいえる存在である。そんな彼らの物語に夢中になっている中、アルシエルはつまらなそうに服が埃などで汚れるのにも構わず床に寝転がってゴロゴロと転がりだす。


「あーもうつまらん、つまらーん。何か面白い事はないのか。

 こんな人間どもの知識など読んでも面白くなーい。」


 細やかな銀細工で出来ているような白銀色のロングヘアが乱れるのにも関わらず、床を転がるアルシエル。そんな彼女に対して、オーレリアは冷静に問いかける。


「さて、堕ちた中立神。話がありますがよろしいでしょうか?」


「んだよー。こっちにはないっつーの。はーめんど。」


 そう言いながら、神殿の床を遠慮なくゴロゴロと転がるアルシエル。

 こう言った自分の欲望や興味のために動く存在、つまり面白さのためだけに動く存在に対しては、「面白さ」で釣ってやるのが一番である。

 逆に言えば、そうでなければ気まぐれ極まりない彼らを動かすことはできないのである。だが、それにも関わらずオーレリアは粘り強くアルシエルに対して問いかける。


「ですが、貴女の目的は世界のバランスを保つことによって世界を救済するつもりでしょう?中立神の信徒である我々も目的は同じ。

 言うなれば、敵の敵は味方という事です。我々はお互いに協力できるのでは?」


 そのオーレリアの提案を、アルシエルは鼻先でせせら笑う。


「はっ、笑わせるなよ。てめぇらみたいなクソ面白くない奴らに誰が協力なんてするかってーの。顔洗って出直してこい。神が人間ごときの思い通りになるなどと思うなよ。」


 冷徹にオーレリアを嘲笑いながら、辛辣な言葉をかけていくアルシエル。

 本来、神という存在はこういう物だ。人間の意志など無視して、自分気ままに好き勝手暴れまわる神というのは非常に多い。

 特に感情に由来する混沌の神には、その傾向が非常に強い。


「まあどうしてもというなら、あの女を通してなら話を聞いてやらんでもない。

 あの女は、私が手間暇かけて作り上げた手駒だ。

 手駒の言うことだったら聞いてやらんでもないがな。」


 そう言って、深紅の瞳をぎらつかせ、にやりと邪悪な笑みを浮かべるアルシエル。

 だが、そんな表情も、床を転がっている今の状況では全く説得力がない。

 彼女は、オーレリアに飽きたのか、そのままゴロゴロと転がりながら本に夢中になっているエルネスティーネの元へと向かっていく。


「おーいー。私飽きたー。構えこらー。構わんとここ破壊するぞこらー。」


 外見だけは清楚なお嬢様なアルシエルは、思わず正座をして本に夢中になっているエルネスティーネの膝を勝手に膝枕にして、手足をじたばたとさせる。

 この神は、やると言ったら本当にやる。この神殿の本の貯蔵庫を吹き飛ばすぐらい朝飯前だろう。そうなってしまっては、エルネスティーネもオーレリアも非常に困る、というか頭を抱えるしかない。

 何とかしろ、というオーレリアの威圧を受けて、渋々エルネスティーネは本から目を離して、勝手に膝枕しているアルシエルに向き直る。


「構えと言われましても……何をすればいいのか……。」


 困惑しているエルネスティーネは、思わず何の気なしに、勝手に膝枕をしているアルシエルの頭を撫でてみる。

 その瞬間、彼女の顔が本人も意外な感覚に、思わず気持ちよさそうに崩れてしまう。


「おお……!何だこれ、めちゃ気持ちいいな……!うむ、苦しくない。もっとやれもっと。」


 そう言いながら、アルシエルはエルネスティーネにもっと頭を撫でろと脅し……もとい、おねだりしてくる。

 あー、そういえば自分も大姉様によくこうしてもらったなーとか、私もこういう可愛い妹が欲しかったなーとか思いながら、エルネスティーネは、アルシエルを膝枕しながら頭を撫でていく。

 それに居心地の良さを感じているらしく、アルシエルはまるで猫のように喉をゴロゴロ鳴らす。現実世界の実家の猫もこんな感じだったなーと思いながら、エルネスティーネはついアルシエルの喉も試しに撫でてみるが、彼女は気持ちよさそうにさらに喉をゴロゴロ鳴らしてくる。まるで大きい猫だな、と思いつつも、さらに撫でてやるとやがて彼女は気持ちよさそうにすやすや、と眠りに落ちてしまう。

こういう無邪気な所は本当に可愛いんだけどなぁ、と思わずエルネスティーネは苦笑してしまう。だが、次目が覚めてしまえばもう同じ手は使えない、まだまだ読みたい本は山ほどある。どうしたらいいのか、と悩んだエルネスティーネが出した結論は一つだった。


「あ、あのぅ、すみませんが、本の貸し出しって……できますか?」


当然の事ながら、この世界の本は極めて貴重な物で作るのにもコストがかかる。

そんな高価な物を貸し出してくれるなど通常はありえない。

破損や盗難などされて、転売などされる可能性が非常に高いからだ。

だが、エルネスティーネは辺境伯領主の三女という身分をしっかりと証明されている。彼女ならば、貸し出しても問題ないだろう、とオーレリアは判断する。


「はぁ。まあ……貴女でしたら身元が保証されていますし、特別という事で……。」


「か、神……!神霊……!!」


「……あのですね。神に仕える神官に対して貴女が神か、などとは言わない方がいいですよ?今回は見逃しますが、次言ったらお説教ですからね。」


「は、はい。すみませんでした……。」


 そうだった。ここは万物に神が宿る思想の日本ではない。

 れっきとした神が存在するファンタジー世界である。

 全ての存在に神が宿り、技術の優れた人間もすぐに神呼ばわりする世界とは異なるのだ。実際に神がいる世界でそんな事を言った不敬扱いされかねない。

それをエルネスティーネは、説教によって身に染みるまで叩き込まれる事になった。

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