第12話 拾った女の子は混沌神でした。(そして殴り込んでくる姉)
その後、彼女たちパーティは何とか元の街、冒険者ギルドへと帰還した。
ダンジョンで拾った少女?は毛布に背負って、魔術で身体強化を行ったエルネスティーネが背負う事になった。
エーファとしては、自分で少女を背負いたかったらしいが、戦力的に考えればエルネスティーネが背負うのが一番最適だという判断である。
エルネスティーネのルーン魔術は、指さえ自由ならば自在に操る事ができる。
人一人背負っていても、一番戦力的ダウンに繋がらないのは彼女なのである。
(代わりに、エーファにエルネスティーネの分の荷物を持ってもらったが)
無事に帰るまでが遠足、もといダンジョンアタックである。
帰り道で全滅するなんて笑い話にもならない。
そんな中でも、背負われた少女はひたすら眠り続けていた。
寝顔だけ見ていたらまさしく天使の寝顔ではあるが、恐らく混沌の存在である以上油断はできない。
いつ怪物化して襲ってくるかも分からないのだ。
そのため。エーファは万が一の時を考えて自分で背負う事を提案しているのだが、結局エルネスティーネが最後まで背負うことになった。
これまでの冒険で、デルフィーヌもエルネスティーネたちに気を許したのか、ぽつりぽつりと野営をしている時の夜の見張り番の時に、彼女はリューディアの事についてこぼしたことがある。
「あの子、自分が異常者だって昔から気づいてたの。それでも人の命が奪いたくないってずっと必死に堪えてたんだけどね……。で、結局冒険者ならモンスターの肉切り放題だってなったわけ。」
野営で火の番をしながら、デルフィーヌはぽつりぽつりとそう呟く。
リューディアも自分が社会不適合者であると自覚しながら、何とかそれに折り合いをつけるために冒険者という職業を選んだとの事だ。
確かに、彼女のあの性癖ならば、冒険者になる以外はシリアルキラーになるしなかっただろう。
兵士というのは秩序であり駒である事が重要視される。
彼女のような存在は、いくら戦争に向いているといっても、やはり兵士不適格とされる可能性が高いだろう。兵士は、シリアルキラーではないのだ。
ともあれ、冒険者ギルドへと無事帰還した彼女たちは宝石をお金へと変換。
デルフィーヌも職業柄宝石の目利きはできるが、まあ妥当な相場だと言えるだろう。
そして、その得たお金をデルフィーヌは綺麗に四等分してそれぞれに渡していく。
その金は、木版印刷用の版木を作るのに十分な額だった。
おまけに、混沌の伝承が刻まれた石板も手に入ったとなれば、エルネスティーネからすれば冒険は大成功だったと言えるだろう。
そう、毛布に包まれている謎の少女さえいなければ。
「お嬢。アンタとの冒険悪くなかったよ。何かあったらアタシたちを呼びな。
それとそれ、さっさと中立の神殿に放り込んだ方がいいよ。
アタシは魔術とか分からないけど、厄ネタの匂いがビンビンするからね。」
「お嬢様。私もです。その少女は早急に手放すべきかと。」
職業柄、デルフィーヌは危機、危険の気配には非常に敏感である。
その彼女が本気のトーンで忠告しているので、それは真実なのだろう。
ともあれ、エルネスティーネたちはデルフィーヌたちと別れて、自分たちの屋敷へと帰っていく事になった。
毛布に包まれた少女を抱えて帰ってきたエルネスティーネに対して、メイドたちはぎょっとした顔をするが、それでも湯浴みや食事の準備などを行ってくれて、エルネスティーネもエーファもそれに甘える。
少女もエーファが水を含ませたタオルで体を拭き、とりあえずエルネスティーネの着ていない服を着させる。
その中、ずっと少女は目を閉じたままぴくり、と動こうともしない。
まるで死んだような深い眠りである。
その後、私服へと着替えたエルネスティーネはその少女を自室のベッドへと横たえ、エーファに対して人払いを命じる。
「エーファ。しばらく人払いをお願い。大姉様が来ても入れさせないでね。」
「はい、畏まりました。ですが……お嬢様お一人では流石に……。
私もお傍に居たほうが……。」
「いえ、大丈夫よ。……多分、他の人がいた方が揉めそうだから。」
そう言いながら、私服ではあるが、手元には法の力が込められたメイスを手元に置きながら、エルネスティーネは服を着せられて、静かに目を閉じて眠り続けている少女に話しかける。
「さて、人払いは済ませました。もうそろそろ本性を出したらいかがですか?」
そのエルネスティーネの言葉と共に、今まで閉じられていた少女の瞳が勢いよく開く。そして、ゆっくりと機械じみた動きで上半身を起こしていく。
目を開けた彼女の顔には、表情という物が抜け落ちていて、まるで能面のような顔だ。だが、次の瞬間、虚ろでぼんやりしていたその少女の表情が一変して、まるで狂ったかのようにゲラゲラと高笑いを上げる。
「なぁ~んだ。バレていたか。もうちょっと大人しくして影でこっそり笑ってやろうと思っていたのになぁ。いやぁ、残念残念。」
その可憐な容貌からは、かけ離れたゲラゲラという高笑いを上げる少女に対して、エルネスティーネは目を細めて言葉を投げつける。
「貴女は、私……というか私の前世の魂をこの世界に引きずりこんだ混沌神ですね?
確か……アルシエルといいましたか。」
正解!と言いながら、その少女はエルネスティーネに人差し指を向ける。
天使のような涼やかな声で、少女はまるで男性のような粗雑な言葉を放つ。
「その通り!いやぁ、本当は上方世界から、にやにやして楽しもうかと思ったんだけどね。せっかくの面白い玩具……道化……まあ、とにかく面白い存在なら特等席で見なきゃ損だろ?残っていた混沌の奴らに命じて、オレ、いや、私の依代を作ってもらったのさ。
まあ、その依代がまさかアンタに拾われるとは、流石の私も予想外だったけどな。
これぞ、正しく
そう言いながら、その少女はベッドの上で胡坐をかいてゲタゲタと笑う。
まるで硝子細工のような繊細な外見の少女が、そんな粗暴でガサツな言動をすると、やはり違和感が凄い。
エルネスティーネは、そっと法の力の込められたメイスに手を伸ばそうとするが、アルシエルと名乗る少女は目ざとくそれを指摘する。
「おっと、言っておくが、その棒切れ程度で私をどうこう出来ると思うなよ?
確かにこの依代を破壊すれば、オレの分霊は上方世界へと帰還する。
だが、こちとら腐っても神だ。その前にアンタの肉体は粉微塵さ……と言いたかったんだけどねぇ。」
そこまで言うと、実に不本意だ、と言わんばかりにアルシエルは肩を竦める。
「残念ながらこの依り代じゃ私の力はほとんど発揮できない。
クソ野郎どもめ。手を抜きやがったらしいな。まあ、いいさ。あくまでコレは特等席でアンタらの足掻きを見るための端末、監視カメラみたいなモンさ。
……ん?」
アルシエルが、ぴくんと反応すると同時に、何やらエーファが扉の向こうで押し問答している激しい声が響き渡り、何かがエルネスティーネの扉を蹴破って部屋へと飛び込んでくる。
「!!?」
とっさの出来事に全く対応できないエルネスティーネ。
部屋に飛び込んできたのは、フルプレートアーマーで完全武装し、手には中立神の加護が込められたロングソードを手にしたアーデルハイトだった。
完全に戦闘態勢でエルネスティーネの扉を蹴破ったアーデルハイトは、そのまま床を蹴って猛烈な斬撃をベッドの上に座り込んでいるアルシエルへと叩き込む。
「おおっと!」
その瞬間、まるで重力を完全に無視するように、アルシエルはバク転をして後方に飛ぶ事でアーデルハイトの旋風のような斬撃を回避する。
あの一撃はアーデルハイトの渾身の一撃だ。
アーデルハイトは、完全にアルシエルを敵と見なしてその命を奪うつもりである。
その斬撃で、アルシエルの片腕が切り飛ばされるが、アルシエルは眉一つ動かない上に、そこから傷口から血ではなく極彩色の液体が滴っているのが見える。やはり彼女は人間ではないのだ、と思わずエルネスティーネは実感する。
アーデルハイトは、そのままロングソードの疾風怒濤の連撃を叩き込み、アルシエルの肉体を粉微塵に切り裂かんと襲い掛かる。
「―――調子に乗るなよ。クソ人間が。」
その言葉と共に、アルシエルはアーデルハイトのロングソードの切っ先を掴む。
西洋剣は一般的に切れないとされているが、実際は鋭い切れ味を誇り、人体ですら楽々と切り刻む。
だが、それを掴んでもアルシエルの掌には傷一つ付かず、血も一滴も流れない。
それどころか、アルシエルの掌は、中立神の加護が込められているそのロングソードを、まるで棒切れのように楽々とへし折り、握り潰す。
「!?」
まるで楽器のようにカン高い音を立てながらへし折られるロングソード。
だが、それにも関わらず、アーデルハイトはさらに折れた剣を構えて戦おうとする。
それをうざったく思ったのか、アルシエルは大きく振りかぶるとアーデルハイトに多少本気を込めた一撃を叩き込もうとする。
「くたばれボケが。」
まずい。アルシエルは完全にアーデルハイトの命を奪う気だ。
ここで大姉様が命を落とせばこの領地は大混乱であるし、自分の大事な姉を奪わせる訳にはいかない。
「ストォオオオオップ!!」
そう言いながら、エルネスティーネはとっさに、手元にある法の力が込められたメイスをアルシエルに向けて投げつける。
その投擲されたメイスは、エルシエルの振りかぶった腕に命中し、僅かながら軌道が逸れる。
その逸れた拳により、アーデルハイトは何とか拳を回避するが、拳の先のチェストが文字通り粉微塵に粉砕される。
あんな物をまともに食らえば、中立神の加護が込められたフルプレートアーマーであっても無事ではすむまい。
プレートアーマーは斬撃には強いが、メイスなどの打撃系の攻撃には比較的弱い。
あんな一撃を食らえばいかに歴戦の戦士であるアーデルハイトといえどよくて重症だろう。
自分の邪魔をされたのが不愉快だったのか、アルシエルはじろり、とエルネスティーネを睨みつける。凶眼の力が込められたその瞳は、意思の弱い人間では狂死するほどの威圧感だ。だが、その程度で怯むエルネスティーネではない。
「ストップですよ二人とも!それ以上やるなら……私が自害します!
私が自害するのは、大姉様もそちらも困るのでは!?」
「……自害だと?おいオマエ、それ本気か?」
「本気も本気!超本気です!面白い玩具が壊されるのはそっちにとっても面白くないのでは!?大姉様も剣を下してください!ここは私の顔に免じて!」
そう、こういうアルシエルのように自分の楽しみにために動く愉快犯にとって一番面白くない事は、自分の楽しみを台無しにされる事である。
わざわざせっかくこの世界に、面白そうな玩具を放り込んでどう足掻くかそれを楽しみにしているアルシエルにとって、せっかく手間暇かけた玩具が何もせずに自壊するなど、面白さが台無しになるというレベルではない。興ざめにもほどがある。
チッ、と舌打ちをしてアルシエルは、渋々ながら拳を収めて、自分の切り飛ばされた腕を拾い、傷口へと繋げる。そして、瞬時に修復された腕を組むとどっか、と乱暴にエルネスティーネのベッドへと座り込み、胡坐をかく。
アーデルハイトも、自らの砕けたロングソードを鞘には戻すが、プレートアーマーを脱ぐ気はない。
これはいざという時になったら、再び戦いを開始するという意思表示である。
「では、お話を聞かせてもらえますか?エルネスティーネ?」
兜を取って、にこり、と見惚れるほど綺麗な笑顔を見せるアーデルハイト。
あっ、やべぇ、大姉様完全にマジ切れしてる。
そうでなければ、いきなり完全装備で見知らぬ少女?に切りかかるような真似はしまい。
全身冷や汗塗れになりながら、エルネスティーネは言い訳を始めた。
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