第11話 ダンジョンアタック終了。やべー女の子を拾いました。

 その後、エルネスティーネたちは床のあちこちに転がっている頭蓋骨や骨などを一つに纏め、まだ残っている腐敗した遺体や綺麗な遺体などに、簡易的に土を被せて覆っていく。

 正直、気が滅入る作業で、こういうのに慣れていないエルネスティーネは凌辱された遺体を目の前にして思わず何度も嘔吐してしまった。

 食べられた後がある頭蓋骨やら大腿骨やらでも精神が参るのに、リアルでそんな物を目の前にしてしまっては吐いても当然というものだ。

 エーファたちも流石に気を使って、マントや何やらで包もうとしたり、こちらを見ないようにと気を払ったりしていたのだが、彼女たちに甘やかせられる訳にはいかない。


 ダンジョンでの亡骸は、基本そのまま放置される。

 ダンジョンから亡骸を持って帰ってくるのは非常に負担になるので、いくら仲間だと言っても持って帰ってくる人間など普通はいない。

 難易度の高い登山などと一緒である。

 いかに人道に反するとは言っても、回収しようとすればそれは非常に大きな負担になり、さらに犠牲者が増える危険性も大きい。

 持って帰ってくるにしても、人一人抱えるのには、少なくとも抱える人は無防備になり、それだけ戦力が削がれる。

 ただでさえ戦力が少なくなっている所に、さらに一人戦力が削がれれば全滅の可能性がさらに大きくなる。


 そう言った事情のため、ダンジョンでは冒険者の遺体が転がっている事が多くある。

 それに今のうちに慣れておく必要があるとはいえ、流石にきつい。

 ここは、ダンジョンというか半地下の混沌の神殿ではあったが、所々壁が崩れて、そこから土が大量に零れ出している部分がある。

 そこから、土を運んできて被せる事によって簡易的な土葬を行う事にした。

 遺体を集めて一つに纏めて土葬することも考えたが、腐敗した遺体を触る事は、伝染病や病気にかかる危険性が大きい。

 

 エルネスティーネの魔術で火葬にするという案もあったが、人一人火葬するためには、莫大な火力が必要になる。

 そして、遺体を燃やすとなれば膨大な煙が発生する。

 しかも、残っている遺体は一人だけではない。

 こんな量の遺体を丸ごと火葬するとなれば、空気の流れが悪い地下では窒息死する可能性すらある。到底そんな危険は冒せない。

 そのため、簡易的な土葬にする事にしたのである。



「ご苦労様。はいお嬢にメイド。水だよ。これで口を濯ぎな。慣れていないときつかっただろうしね。」


 そう言いながら、デルフィーヌは、エーファとエルネスティーネに水筒の水を差しだす。ダンジョン探索において水は貴重品だ。

 魔術で生み出す事はできると言っても魔力を無駄遣いしない事が生還に繋がる事を考えれば早々多発はできない。

 湧き水などを飲めばいい、と思うかもしれないが、どんなに綺麗に見える水でも、煮沸していない生水を飲むのは危険極まりない。

 そのため、ダンジョンアタック中の冒険者において、水は貴重品であり、それをエルネスティーネたちに分け与える程度には、デルフィーヌの中で二人は大事な存在になっているらしい。


「だ、大丈夫です。それよりも、お嬢様に遺体を見せてしまうとは……。不覚でした。」


「メイドさんも~無理しないでください~。ただでさえ心身に負担がかかっているんですから、無理は禁物ですよ~。」


 そう言いながら、リューディアもぐいぐいと水筒を押し付けてくる。

 一緒に冒険を行った仲間なのだから、あまり遠慮はするな、という事なのだろうか。

 ともあれ、エーファは大人しくリューディアの水筒を受け取る事にした。


「よし、それじゃリューディア。お嬢とメイドの護衛よろしく。

 アタシは何か宝物ないか漁ってくるよ。これで何かなかったら丸損だけどね……。」


 ぶつぶつ言いながらデルフィーヌは、部屋のあちこちを探り出す。

 どうもこの部屋は混沌の神殿の中心部、混沌神を崇める祭壇のあった場所らしい。

 最も、今は見る影もなく祭壇も荒れ果てていて、神像らしき物も粉々になっている有様である。

 だが、こういった神を祭る神殿では、例え混沌の神殿であろうとも、様々な宝石などで飾られていた事が多い。(今は見る影もないが)

 神殿を飾る人はいなくなり、怪物たちが巣食う場所になっても、宝石が消える事はない。特に宝石は様々な魔術的な意味があり、そういう意味でも神殿に飾られているのである。

 しかも、混沌の怪物たちは、ああいう光る物を好むため、価値は分からなくとも自らの手元に置いておく事は多い。

 そして、そういう宝石などを冒険者たちが回収して自らの資金にする、という仕組みである。

 例えばルビーなどは、血の赤を連想させるため、彼らには好まれよく飾られている。他にもブラッドストーンやら、タイカーズアイなども好まれる宝石である。

 それらの宝石を集めて売り払うのが、冒険者にとって大きな収入源なのである。

 最も、流石に神象などに埋め込まれている宝石を取り出すのはリスクが高い。

 大抵そういう宝石には呪いがかかっており、それで呪いに倒れた冒険者たちは大勢いるので、ギルドからも注意されている。

(まあ、石像が崩れて宝石だけが残っているパターンも多くあるのだが)


 ともあれ、あちこちの残骸を掘り起こしたり、怪物たちが集めていた宝石などを目ざとく集めたりして、デルフィーヌは自分たちの資金になるべく宝石を搔き集めていく。

 ゴブリンたちは、あくまでキラキラした物を集めているだけであって、金貨や銀貨は放置されているだろうから、遺体を漁れば恐らくそれなりの金貨などは手に入るだろう。しかし、それは流石に冒険者であろうが、人の尊厳を冒すような気分になってしまうのだ。

 他にも衛生的な問題もある。先ほども言ったが、腐敗した遺体をいじるのは、衛生的な問題があり、伝染病になる可能性も大きい。

 もしかしたらたかが数枚しかない金貨や銀貨のために、そんな危険を冒すのはリスクのが高すぎるというものだ。


 ともあれ、以外と宝石の収穫の成果が良かったらしく、デルフィーヌはホクホク顔で戻って来る。そんな中、ふと思い出したようにデルフィーヌはエルネスティーネに声をかける。


「ああ、それとお嬢。なんかよくわからん石板?みたいな物があったから、これアンタにやるよ。アンタ、こういうの好きだって?」


 そう言いながら、デルフィーヌは、祭壇に保管されていたであろう、砕けた石板をエルネスティーネへと見せる。確かにその石板の表面には文字らしき物が刻み込まれている。

 それに思わず、エルネスティーネは飛びついてしまう。

 混沌の勢力の伝承など貴重極まりないものだ。

 口伝を調べようにも、混沌の怪物たちに対して口伝を聞くことなど極めて難しい。

 そもそも口伝があるかも分からない。

 そのため、こういった形で文献が残っているのは、非常に貴重なのである。

 思わず興奮したエルネスティーネはさっそくルーン文字のアンスズを、石板に指でなぞり、未知の混沌の言語の解析へと当たる。

 アンスズは神、知識、言語といった意味を象徴するルーンである。

 そのため、エルネスティーネはこのルーン文字に未知の文字を解析する効果をセッティングしたのである。


 未知の言語、未知の物語が山ほどあるであろう冒険者稼業。

 未知の文字のせいで、未だ知られていない物語が解読できない、というのはエルネスティーネにとって非常に腹立たしい状況なので、彼女は独自にこの魔術を開発したのである。


 現代社会であっても、未だ未解読文字というのは多数存在する。

 インダス文字や、原エラム文字、クレタ聖刻文字、賈湖契刻文字、キュプロ・ミノア文字などなど……。

 言語学者でないエルネスティーネがそれらのような未解読文字の解明に尽くすとなれば、それこそ人生をかけて解読しなければならない。

 だが、いかにルーンと言っても万能ではない。

 言うなればこれはAI,人工知能がパターンなどを解析して解読するような物である。

 人工知能である以上、幾通りもの解析を行い、経験を蓄積し、パターンを解析しなければ完全に解析はできない。


「ええと、秩序、勝利、危機、対策……。ですか。

 それに最後のこれ、文字じゃないっぽいですね。これ、柱か何かですか。」


 そんな風に石板を魔術で解析しながらぶつぶつと考え込んでいるエルネスティーネに対して、デルフィーヌは深刻な表情で声をかけてくる。


「後ね……。多分ヤベー物を見つけたんだけど、お嬢見てくれる?

 魔術に疎い私じゃ判断できないけど、やばいのはアタシでも分かるわ。」


 最も、エルネスティーネも実は魔術に詳しいという訳ではない。

 あくまで彼女の魔術は自我流であり、魔術的な知識などはほとんどない。

 だが、それでもデルフィーヌは相談に乗ってもらいたいほど、その状況は異質な物だったのだ。そのデルフィーヌの表情に深刻な物を感じ取ったのか、エルネスティーネは大人しくデルフィーヌの案内される場所についていく。


「こ、これは……。」


 デルフィーヌの案内されるまま、崩れ去った祭壇に存在していたのは、透明なガラスのような物体で作成された巨大なカプセルポッド(のような物)。

 その内部には、極彩色の液体に包まれた一人の少女が眠りについていた。

 白雪のように一切日の光を浴びた事のないぐらいの病的なほどの白い肌、

 腰まで伸びている白金(プラチナ)細工を連想させる銀髪。

 まるでアルビノを連想させるその白磁の容貌に反し、まるで紅を塗ったかのように赤い赤い唇。それはまるで血を塗っているような連想をさせる。

 すらり、とした肢体に女性らしい柔らかさを秘めたその肉体が、常に変化し続ける極彩色の液体に浸されている姿は、明らかに普通の人間ではない。

 明らかに通常の存在ではないその少女を見て、エルネスティーネも冷や汗を流す。


「これは私たちの手に負えない代物ですね、中立神の神殿に連絡して神官か誰かを派遣してもらった方がいいです。」


 そう、そこから濃厚な混沌の魔力が発生されているのが、エルネスティーネには感じ取られる。濃密な混沌の魔力に触れて平然としていられる普通の人間などいない。

 見た目こそ美しい少女であるが、恐らくは混沌の存在なのだろう。

 もしかしたら、少女に化けた魔神という可能性もありうる。

 混沌の神は醜い姿で現れる事も多いが、妖艶で美しい女性や男性の姿で現れる事も多い。

 もしかしたら、この少女も混沌の魔神の類ならば、到底彼女たちの手に負える存在ではない。専門の中立神に従う神官たちを呼んできてどうにかしてもらうしか手はあるまい。


 だが、そんな話をしている間にも、カプセルポッドのガラスに似た透明の壁がスライドし、中の液体と共に全裸の少女は、ばしゃり、と液体の水音と共に床に倒れ伏す。

 その床に倒れ伏した少女を見て、エルネスティーネとデルフィーヌは思わずお互いに顔を見合わす。

 中立神の神官たちに任せようと相談していたのに、いきなりこんな事になるのは予想外だったのだ。

 正直、このまま放置して帰るのが一番いい気がしてくるが、そうもいくまい。


「ど、どうしましょうか、この子……。」


「とりあえず街にまで連れて帰って中立神の神殿に放り込むしかないかね……。

 その辺のツテはアンタの方があるだろ。」


 そんな風に話し込んでいる二人は、その少女の口元が、ニヤリと邪悪に歪んだのには気付かなかった。

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