第10話 ダンジョンによくある大規模な罠って多すぎません?

 罠や周囲の状況について気を配っているデルフィーヌは、当然ながら床にも注意を払っている。

 そこで彼女が気になったのは、隣の部屋の無数の赤黒い染みのような物である。

 床のあちこちに残っている赤黒い染み。それはどこからどう見ても人間の血液の痕跡である。

 それに気づいたデルフィーヌは、10フィ-トの棒の先に手鏡を括り付けて、隣部屋の天井をこっそりと見る。

 手鏡の反射により、石作りの天井にも赤黒い染みがいくつも残っているのがデルフィーヌには見て取れた。


 鏡はまだこの世界に普及しておらず、高価で割れやすい物ではあるが、それでも罠を探知・解除するのに非常に役に立つため、高価であってもデルフィーヌはわざわざ購入しているのである。


「お嬢。魔力探知の方はどう?」


「あっ、はい。バリバリありますね。他の部分と違って明らかにこの周囲に濃密な魔力反応があります。」


 となれば間違いない。これは部屋に入った瞬間、出口と入口が封鎖され、天井が落ちてきて冒険者を押しつぶす罠である。

 天井が下りてくる速度までは読めないが、恐らくは閉じ込められた人間たちの苦悶と絶望の姿を味わうためにわざと速度を遅くしている可能性が高い。



 そもそも、なぜ混沌の神殿にこのような大規模な処刑装置が存在しているのか?

 それは、混沌の怪物たちの娯楽のためである。

 人間でも死刑や剣闘士などを娯楽として楽しんでいる時代もある。

 ましてや、それ以上の残虐性を持つ怪物たちの娯楽としての処刑など、どんな残虐な行為を行っても不思議ではない。


 ダンジョンなどでよくある、通路一杯の大岩が転がってきたり、吊り天井などで、部屋に閉じ込めて天井で押しつぶすなどは、全て怪物たちの冒険者たちの命を使った悪趣味な娯楽なのである。

 だが、先に進む道はここしかない。このまま何の収穫もなしに帰っては大赤字である。多少強引にでもここを突破する必要がある、と判断したデルフィーヌは、エルネスティーネに対して話しかける。


「お嬢、原動力の魔力消去はできるかい。こういうのは魔力で動いてると相場が決まってるからね。後、何か爆発系の魔術とかある?」


「あ、はい。ええと、両方ともあります。」


 例えばルーン文字のニイド。このルーンの意味には欠乏、束縛などの意味もあるので、何かあった時の魔力消去の魔術をセッティングしてある。

 ここが混沌の神殿である以上、魔力の容量がどれぐらいあるかは不明だが、一時的に魔導装置の動力不足に陥らせる事は可能なはずだ。


 そして爆発系の魔術も、炎のルーンであるケンをそこらへんの石に刻み込んで投げつければ、自動的に魔術が発動し、炸裂する。

 つまり、簡単に言えば手榴弾である。

 しかも、20発分の炎の矢の威力が込められた爆発が発動するのだ。

 炸薬量を増やした対戦車手榴弾や、通常の柄付手榴弾を7本程度束ねることで威力を増した集束手榴弾ほどの威力にも相当する……はずだ。多分。

 実際に使用した事はないのであくまで予測ではあるが。

 それを聞いて、デルフィーヌは、大きく頷いた。


「よし、ここは一気に突破しよう。機械式の罠だったがアタシが止める事もできるが、魔導装置じゃアタシの手に負えないからね。ここを無理矢理突破すれば相手の裏もかけるってモンさ。」


 デルフィーヌは、通常の罠などなら解除を行う事ができるが、事相手が魔術、魔導装置となれば解除できずにお手上げになるしかない。

 これが、彼女が新入りでもいいから新しい冒険者仲間を求めた理由である。

 魔導装置だけでなく、魔術による罠は山のようにある。

 それを解除できないとなれば、待つのは死あるのみである。

 ともあれ、ここは罠自体を突破した方が判断したデルフィーヌは、四人に向けて言葉を放つ。


「よし!行くよ!」


 そう言いながら四人は部屋の中に飛び込んでいく。

 やっぱり想定通り、出口と入り口が自動的に閉められ、天井が四人を押しつぶさんと、ゴゴゴと起動を開始する。

 一応、小細工として入り口のドアは魔力を原動力にしてはいるが、仕組みは機械式だったので、歯車に仕込みなどをして、入り口は完全にロックできないようにはしてきた。

 どこかで、ゴブリンやオークたちが押しつぶされるこちらを見て楽しんでいるのだろう。だが、今回はそうはいかない。


 魔力感知により、魔導装置に一番近い壁を見つけ出し、その壁に大きくショートソードで、ニイドのルーンを彫り込む。

 ギギギ、と不愉快な音がするが、こればかりは仕方ない。

 ニイドのルーンを彫り込んだ瞬間、ゴゴゴ、と音を立てて降りてきていた天井の動きが極端に遅くなる。

 これはニイドのルーンが魔導装置の動力である魔力を一時的に打ち消したせいである。いかに魔導装置といえど、動力、燃料がなくなってしまっては動く事はできないこれはどんな装置であろうと例外ではない。


 続いて、エルネスティーネは掌大の小石を取り出すと、それにケンのルーンを刻み込む。念のため、五秒後に爆発するように魔術式を調整しておく。


「皆さん離れていて伏せていてください!派手にいきますよ!とりゃあ!」


 エルネスティーネは、そのルーンが刻まれた石を、封鎖されている出口に向けて、放り投げ、どうなるか分からないので自分もその場に伏せる。

 そしてきっかり5秒後、凄まじい轟音と爆発が起こし、出口を封鎖していた石壁が粉微塵に吹き飛ばされる。

 爆風と破片がエルネスティーネの頭上を吹き荒ぶ。

 もしも立ったままだったら、石壁の破片がエルネスティーネの肉体に襲い掛かっていただろう。


「……うわぁ。まさか我ながらここまでの威力だったとは……。」


 自分の予想以上の爆発の威力に、思わず自分自身で引いてしまう。

 もし、念のために伏せていなければ。自分の魔術の爆発の破片で全身を切り刻まれるという予想したくない末路を迎えていただろう。


「お嬢!ぼっとしない!一気に突っ込むよ!今が好機だ!」


「は、はいっ!!」


 そのデルフィーヌの言葉に弾かれるように、エルネスティーネも立ち上がって朦朦と巻き上がる土埃の中、つまりは穴の開いた出口へと突っ込んでいく。

 まるでプラスチック爆弾で爆破されたような穴を突っ切って部屋へと踏み込むと、数体のゴブリンが床に倒れ伏している。

 恐らく、爆発時の破片によって全身を引き裂かれたのだろう。

 石壁すら突破する爆発や、それに伴う破片など彼らにとっては全くの予想外だったのだろう。

 部屋の中にいる怪物たちは大混乱に陥っている。

 むっとするような悪臭や汚れ切った部屋内には注意を向けず、エルネスティーネは手早く怪物たちの数と種類を確認する。

 リーダーたちであるオークが二匹、ゴブリンたちが十匹ほど。


 エルネスティーネは、ゴブリンたちに炎の矢を叩き込んで数を減らそうとするが、オークたちはいち早く混乱から立ち直り、一匹はデルフィーヌとリューディアの元へと、もう一匹はこちらの方へと向かってくる。

 重戦士であるリューディアがいるあちらとは異なり、エルネスティーネとエーファでは戦力的に心もとない。

 ならば、こちらの魔術でどうにかするしかあるまい。


「エーファ、投げナイフを!私が魔力付与するからそれをオークへ!」


「畏まりました。お嬢様!」


 エルネスティーネは、エーファの戦闘用メイド服の外側に数本仕込まれている投げナイフを抜くと、それに対して指で炎のルーン、ケンと、太陽のルーン、ソウェイルを刻み込む。

 そして、魔術式と魔術を刻み込んだその投げナイフを、エーファへと手渡しする。

 今回は普通の炎の矢や手榴弾などではなく、セッティングを変更してある。

 ケンには炎だけでなく、温かさという意味もある。それに太陽のルーン、ソウェイルをさらに付与する事によって、突き刺さった対象に強力な電磁場を放つようにセッティングしたのだ。

 そう、体液が沸騰するほど強力な電磁場をである。

 手榴弾は確かに強力ではあるが、強力すぎてこちらまで被害を食らいかねない。

 そのため、エルネスティーネはケンのセッティングを変更して、オークだけを確実に仕留めるようにしたのである。


 この強力な電磁場を発生させるシステムは、アクティブ・ディナイアル・システムと呼ばれるシステムと同じ効果である。

 アクティブ・ディナイアル・システムは、電磁場を発生・照射させる事で誘電加熱によって対象を無力化させるが、これはそんな生易しい代物ではない。

 突き刺さった投げナイフを中心にして、強力な電磁場を発生させ、体液を沸騰させるのだ。

 それだけ強力な電磁場だと、周囲の金属……つまりエルネスティーネのチェインメイルや、リューディアの鎧なども反応してしまうため、オークの体内の外には電磁場は放出されないようにセッティングしてある。


「GAAAAAAAAAAAAAA!!」


 簡単に言うと、超強力な電磁レンジに入れられたような物だ。

 オークの血液と体液は沸騰し、それに伴い周囲の細胞はダメージを食らい、眼球の内部の体液が沸騰し、眼球が弾け飛ぶ。

 いくらオークが超人的な体力を持っているからといっても生物である事には変わりない。循環する血液自体が沸騰を初めてしまってはどうしようもない。

 さらに血液だけでなく、脳の髄液まで沸騰を始める苦しみに、オークは無茶苦茶に暴れまわり、眼球も弾け飛んでいるために、味方のゴブリンたちも見境なく斧を振るって肉体を切り裂いていく。


「うっわぁ……。エッグぅ……。流石のアタシもこれには引くわ……。」


 そのあまりの惨状に、デルフィーヌも思わず引いてしまう。

 デルフィーヌが呟くと同時に、散々味方のゴブリンを巻き添えにして暴れ回ったオークは、しゅうしゅうと体から煙を吐きながら地面に倒れ伏す。

 一方、リューディアたちの方に向かってオークは、リューディアのバスタードソードの一撃で片腕を切り飛ばされる。

 それだけではなく、慌ててオークの護衛に入ろうとしたゴブリンたちも、まるで暴風のような両手を使ったバスタードソードの振り回しによって、次々と薙ぎ払われ、切り裂かれていく。


「あはぁ♪豚さんってぇ、生命力が凄いんですよねぇ♪

 つまりそれはぁ、切りがいがあるって事です♪本当は生きている事を後悔するほど嬲ってあげたいんですけどぉ、素人さんの前なので手加減はしてあげますね♪」


「リューディア!ゴブリンたちもいるんだよ!趣味に走らない!」


「はぁ~い……。それじゃ、ゴブリンたちの方もさくっとやっちゃいますねぇ♪」


 床を踏み出してゴブリンたちへ向けて疾走し、バスタードソードを血煙を巻き上げながら振るい、あはは、と軽やかに笑うリューディアの姿は、どちらが混沌の怪物か全く分からない。

 ゴブリンたちも、冒険者の死体から巻き上げた鎧を身に纏っているが、やはり手入れもされていないボロボロだったり、自分の体に合っておらず、ブカブカだったりする事がほとんどだ。それでは十分な防御力が発揮できない。


 あははは、と笑いながらゴブリンの脳天を真っ二つに叩き割るリューディア。

 顔面を縦に両断されたゴブリンは血と脳漿を撒き散らしながら地面に倒れ伏す。

 続いての横凪の一撃で、他のゴブリンの片腕を叩き落し、突きの一撃で胴体部を串刺しにする。その突きの一撃には、ゴブリンははぎ取った皮鎧など薄皮も同然である。


 エルネスティーネたちに向かってきたゴブリンたちも、エーファはショートソードを、エルネスティーネはメイスを構えて立ち向かう。

 魔術ではなく、実際の肉弾戦となると流石に足が震える。

 この状況にあって、命を奪う罪悪感云々言ってる場合ではない。

 向こうを倒さなければ、こちらがやられる。実にシンプルな弱肉強食だ。


 このメイスは大姉様がハイオークと戦った時に使った、法の国から送られた法の力が込められて鍛造されたメイスである。

 そんな物を勝手に自分に与えていいのか、と思ったエルネスティーネだったが、きちんと返してくれればいい、とのアーデルハイトの言葉だった。

 やはり、彼女も妹の事は心配らしい。(最も、そうでなければあれほど手を回したりはしなかっただろうが)


「お嬢様!お下がりください!ここは私が!」


 襲い掛かってくるゴブリンたちに対して、エーファはショートソードを構えて迎え撃とうとする。

 だが、冒険中いつもエーファの後ろに引っ込んでいる訳にはいかない。

 それでは、何のために冒険をしているのだ、という話になる。男……いや、もとい、女が廃るというものだ。


「いえ、私も迎撃します。二人で……ううん、皆で生きて帰りましょう。」


 エーファの邪魔にならないように、メイスを構えるエルネスティーネ。

 このメイスから戦闘訓練を読み取れないかと、ルーン文字を刻み込んでみたが、流石に法の神の力が込められて鍛造されたメイスには、混沌由来の力は通用せず、弾かれてしまった。

 それどころか、法の力が込められたメイスを手にした瞬間、まるでそれが灼熱に熱せられているかのように、エルネスティーネの掌の神経を焼き、さらに胸に浮かび上がってくる混沌の象徴である八方向に向かう矢の印も焼けた鉄杭を打ち込まれたように痛みと流血を発する。


「ぐっ……。」


 その痛みと神経を伝わる灼熱に、思わずメイスを手放したくなるが、これは逆に言えば良い兆候であるといえよう。

 言うまでもなく、エルネスティーネの肉体には混沌神の加護が宿っている。

 混沌の魔力を使えば使うほど、肉体は混沌へと偏っていき、やがてはただの肉塊になるか、見るも無残な異形の姿になるか、人間の姿を保てなくなっていくだろう。

 それならば、法の力を加える事によって混沌に偏りつつある自分の肉体を元に戻して保持する事は理論上は可能であるはずだ。

 この痛みも、混沌の力に侵食されつつある自分の肉体を法の力が中和していると考えると納得がいく。


 だが、純粋な痛みと苦しさはどうしようもない。

 そんな人が苦しんでいる時に、いい獲物を見つけたといわんばかりに、にやにやと冒険者から奪い取った武器を振り回すゴブリン。

 人が苦しんでいる時に、いやらしい笑みでにやにやと近づいてくるゴブリンに対して、流石のエルネスティーネも怒りが沸いてくる。


「ふざけんじゃねーですわよ!!」


 テュールのルーン文字で身体強化を行いながら、エルネスティーネは法の力が込められたメイスを横凪に勢いよく振るう。

 その勢いのついたメイスの一撃は、ゴブリンの横顔に叩き込まれ、そのゴブリンは頭蓋骨を破壊され、片目を飛び出させ、牙を粉砕されて血をまき散らせながら吹き飛ぶ。

 彼女の手には、肉を砕き、骨を粉砕する嫌な感覚が伝わってくるが、それを気にする余裕はない。

 怪物たちを倒さなければ、自分たちがゴブリンの孕み袋として嬲られる運命なのだ。

 そうなった時は、舌を噛み切るなり、ルーン文字で自爆するなりの覚悟である。


 ともあれ、今は他の種族の命を奪う罪悪感に苛まれる余裕などない。

 やらなければやられる。シンプルな危機感がエルネスティーネとエーファにはあるのだ。さらに、突っ込んでくるゴブリンの脳天に法の力の込められたメイスを叩き込む。

 混沌の力は、法で作られたいかなる物質を破壊できる力がある。

 だが、逆に法の力が込められた武具は、混沌の怪物たちの力を弱める効力があるのだが……純粋でメイスで脳天を殴られれば、普通の生物では息絶えるだろう、というのはある。

 生きるか死ぬかという時に、元現代人としての感覚は完全にマヒしている。


「エーファ!ゴブリンの武器には気を付けて!毒が塗られているわ!」


 正確に言うと、冒険者から奪った武器で武装しているゴブリンたちは、当然武器の手入れなど行っていない。

 そうなれば、武器は錆まみれになるが、ゴブリンは平気でそれを振り回して攻撃を仕掛けてくる。

 錆まみれの武器で傷つけられると、傷から体内に破傷風菌が入り、破傷風になる可能性が高い。

 しかも、抗生物質がなく、各種薬もないこの世界では、破傷風になったらもう治す手段はないだろう。

 病気を癒す魔術も、破傷風に効くかどうかは不明であるし、ならない方がいいに決まっている。


 エルネスティーネのその言葉を聞いて、エーファは軽やかなステップでゴブリンの攻撃を回避し、ショートソードでゴブリンを切り裂いていくヒッドアンドアウェイ戦法を取る。


 まるで舞踏を踊っているかのように、メイド服を翻しながら攻撃を仕掛けるエーファ。エーファは、ショートソードとヘビーレザーアーマーで身を固めて、機動性で相手に攻撃を仕掛ける軽戦士系の戦い方である。

 彼女は基本的に対人での戦闘訓練が主であり、怪物に対しての訓練は受けていないが、人間と近い身体構造のゴブリンに対しては極めて効果的に働いていた。


 そして、彼女たちの勢いに慌てた数体の生き残りのゴブリンは、身を翻して見当違いの方向へと走り出す。

 逃げ出すつもりか?と思ったデルフィーヌだったが、ゴブリンたちが逃げ出していく方向に、何やら床に倒れ伏した物体(布がかけられていてよく分からない)が存在している。


 何かにピン、と来たデルフィーヌは、他のパーティのメンバーに声をかける。


「皆!あいつらを仕留めて!厄介な事になりそうだよ!」


 その言葉と共に、エーファとリューディアは同時に床を蹴ってゴブリンたちへと迫る。それは当然、軽いヘビーレザーアーマーを纏っているエーファの方が早い。


 床を蹴って疾駆するエーファは、スカートに装備されている投げナイフを抜き、ゴブリンへと投擲する。

 そのナイフはゴブリンの脚部に突き刺さり、たまらずにゴブリンは体液を撒き散らしながら床へと倒れこむ。

 そして、床に倒せ伏したゴブリンに対して、追いついたリューディアは嗜虐的な笑みを浮かべながら、バスタードソードを胴体部へと突き立てる。


「瀕死のゴブリンさんはぁ、もっと一杯たっぷりと痛めつけて生きてるのを後悔するほど嬲ってあげたいんですけどぉ……。

 そんな事して他の怪物たちに背中から刺されるのもいやなのでぇ、さっくりと終わらせてあげますねぇ。」


 リューディアは、バスタードソードを抜くと同時に、ゴブリンの胴体部の傷口から体液が迸る。慈悲を乞うように鳴き声を上げるゴブリンに対して、リューディアは容赦なく再度バスタードソードを振るい、首と胴体を切り落とす。

 それで終わりだ。隠れている可能性があるが、恐らく魔物たちの脅威はあるまい。


「全く……!リューディア、アンタいい加減その悪癖何とかしなさいよ……!」


「まあまあ、結果無事だから良かったじゃないですか~♪

 無事生還できれば大勝利ですよ~♪」


 怪物たちと戦った時の嗜虐的な笑みとは異なり、にこにこと無邪気な笑みを零すリューディア。その頬のあちこちにゴブリンの血が飛び散っていなければ思わず見とれるほどである。

 リューディアに対して文句を一通り言ったデルフィーヌは、一転深刻、というか覚悟を決めた表情でゴブリンが駆け寄ろうとした、床にかけられた布切れを捲ってその下にある存在を見る。


 それを見た瞬間、流石のデルフィーヌも顔をしかめる。

 エルネスティーネからは見えないように、エーファが立って視界を塞いでいる事から見ても、薄々想像はつく。

 その布切れの下の存在に対して、デルフィーヌは何か言葉をかける。

 デルフィーヌは返ってきた微かな言葉に頷くと、懐からナイフを取り出す。

 あれは、恐らく『慈悲の一撃(クーデグラ)』という物なのだろう。


「……お嬢。アンタはそっちを見ていて。こっちはアタシがやるわ。

 デルフィーヌ、アンタも他所を警戒して。」


「お嬢様。こちらへ。」


 そう言いながら、エーファはエルネスティーネの手を取って、向こうの方が見えないように、エルネスティーネの体を抱きしめる。

 ありがとう、微かなそんな声が聞こえた気がした。


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