第9話 ダンジョン突入。生還せよ!
と、いう訳でエルネスティーネたち新米冒険者たちは、ギルドの事務員に教えてもらったダンジョンへとやってきた。
ノイトラール国の国境からすぐ近く、未だ人の手が及ばない所が多くある混沌領域に入ったばかりの鬱蒼とした森の中、それは存在していた。
半地下状態の廃墟と化している混沌の神を崇める小さな神殿。
混沌の勢力を滅ぼすための大侵攻は、こういった小規模な神殿などは戦力の削減を恐れて全て放置されている。
だが、ノイトラール国の国境に近い混沌の神殿は、混沌の怪物が根拠地とするに絶好の場所である。
そのため、こういった混沌の神殿は真っ先に潰すべき、と冒険者ギルドにも通達がされており、報告・拠点を潰したと証拠と共に報告すれば、報酬すら貰える。
冒険といえばダンジョンであり、ダンジョンと言えば財宝である。地下に眠る財宝を求めて、冒険者たちはダンジョンへと群がっていく。
……そして、多数の犠牲者たちがダンジョンへと消えていく。
オークたちに食料として貪り食われる者、ゴブリンに犯されて孕み袋にされる者。彼ら、彼女たちの末路は実に悲惨である。
冒険者である以上全ては自己責任。死のうがどうなろうが助けてくれる者はいないのである。
せっかく転生したのに、ゴブリンに犯されつづける末路など真っ平御免である。
そして、エーファたちを犠牲にするのも真っ平御免である。念願のラノベ作家になるために、こんな第一歩で躓いては死んでも死にきれない。
「お嬢様。ご安心下さい。いかなる事があろうとも私がお嬢様をお守りいたします。
私の身を犠牲にしても、お嬢様だけは。」
お嬢様付きであるウェイティングメイドのエーファも当然のようにダンジョンにまでついてくるらしい。
まあ、それはいい。気心も知れているし、彼女の戦闘力は頼りになる。
だが……。
「あの……。一つ聞いていい?何でアンタ、メイド服なの?」
正確に言えばメイド服の上にヘビーレザーアーマー、ワックスで煮込んで硬化処理されたレーザーアーマーを纏っている。
確かに俊敏性を重んじる彼女の戦い方では、重い金属鎧よりは遥かに軽量な革鎧を纏うのは理にかなっている。
だけどその下にメイド服着こんでくる必要ある?というデルフィーヌの疑問に、エーファは顔色変えずしれっと答える。
「それは私がメイドだからです。それ以上でも以下でもありません。」
「お、おう……。」
デルフィーヌの視線が(やっぱりこいつら変な奴らだわ、本当に大丈夫か?)という意思を物語っているが、正直エルネスティーネ自身でも反論できない。
まあ、それはともかく、ダンジョンの手前にまで来た以上、もう撤退する事はできない。
何としても冒険を成功させ、手土産を持って帰らないといけないのだ。
「それじゃ、まずはアタシが先頭、エルが二番手、お嬢様が三番手、メイドは一番ケツでいい?」
先頭に立ったデルフィーヌは、彼女は手にした10フィートの棒で油断なくダンジョンの床や壁を突きながら確認して進んでいく。
落とし罠や様々な罠を探知するのに、10フィートの棒は原始的で基本的だが極めて有効である。
どうやら、元は混沌の神を崇める地下神殿だったらしいが、今ではすっかり荒れ果てるままになっており、あちこちで崩落も起きている。
しかし、不謹慎ながら、思わず胸が高鳴ってしまう。
ファンタジー世界に憧れを抱いていたワナビだった自分が実際にダンジョンに入って冒険できるのだ。
これでわくわくしない方がどうかしている。
だが、これはゲームではない。この世界においては””現実””なのだ。
予備の命などないし、リセマラなどもない。
死んだらそれっきりだし、死ぬよりも悲惨な運命すら待ち構えている可能性もある。
「お嬢、カンテラの準備。周囲に十分注意して。ここから先は命を落とそうがどうなどうが全部自己責任だよ。」
「あっ、はい。ちょっと待ってください。」
ガチャガチャと慌ててカンテラを取り出して火をつけるのと同時に、エルネスティーネはルーン文字を空中に描き、そのルーン文字は光球になってふわふわとデルフィーヌの傍を漂う。
「なんだいこれ?ウィル・オー・ウィスプかい?」
ふよふよ、と漂う光球を見て、デルフィーヌは思わずそう問いかける。
確かに彼女がそう思うのも不思議ではない。
その見た目は明らかにウィル・オー・ウィスプそのものである。
「まあ似たような物かと。これはそちらの周囲に漂うようにセッティングしておくので。」
罠感知・罠解除において、明るさは最重要課題である。
どんなに優れた腕を持っていても、暗ければ罠などを解除するのは難しい。
だが、強力な光源があれば、隠されている罠でも違和感を感じてすぐに見つけやすくなるのである。
「へえ、魔術を使うなんていうから、貴族様の片手間かと思っていたけど結構実践的じゃないか。よし、それじゃお嬢。何かあったら任せたよ。」
その言葉と共に、デルフィーヌはダンジョンへと入っていき、他の皆もそれについていく。
このダンジョンは元は混沌を崇める小規模な神殿だったらしい。
だが、冒険者にとってそれは脅威になりえる。
混沌の神殿では混沌の神に生贄を捧げるために、大規模な処刑装置が配備されていることがあるのだ。
その彼女の先を照らし出す光源は、エルネスティーネが手にしているカンテラである。
デルフィーヌは罠探知に忙しく、リューディアとエーファは武器を手にしながら敵の奇襲に備えているとなると、必然的にエルネスティーネがランタンを手にする照明係になる。
さらに光源はエルネスティーネの手にしたランタンだけでなく、彼女がルーン魔術で作り出した光球がふよふよと漂っているため、非常に前方が明るく見やすい。
それとカンテラを光源にしながら、彼女は10フィートの棒で床や壁を突きながら慎重に進んでいく。
こういうダンジョンなどで一番タチが悪いのは、悪知恵が発達しているゴブリンたちが仕掛けている悪辣な罠である。
ゴブリンなどは悪知恵だけはよく発達している。
落とし穴を作ってその上を上手く偽装する事などには長けている。
おまけにその落とし穴には、串刺しの杭にゴブリンたち自身の糞を塗り付けている事がある。
それで足を貫かれた場合、どうなるかは言うまでもない。
おまけにゴブリンの中には魔術を使うものたちもおり、幻影の魔術で巧妙に隠しているパターンもある。油断はできない。
おまけにゴブリンどもは生きて捕らえた女性を性欲処理に使う孕み袋にするのは非常に有名であり、女性冒険者たちからも恐れられている。
さらに、平気で孕み袋に使った女性冒険者たちを生きる盾として使う事も悪名高く、女性冒険者たちから恐れられて忌み嫌われている存在である。
これら、悪辣なやり方が広く知られるようになって、ゴブリンは非常に忌み嫌われるようになった。
かつん、と棒の先に妙な手ごたえが帰ってくる。
デルフィーヌは、下がれ、と手で後ろの皆に合図をすると、足元に転がっていた人の頭ほどの大きさの石を持ち上げると、それを床に向かって放り投げる。
その瞬間、天井がスライドし、そこからべしゃり、とスライムが落ちてくる。
あのままいけば、頭からスライムを被る事になったろう。
天井から落ちてきて床をのたうち回るスライムを見て、リューディアは露骨に嫌な顔をする。
「ええ~。スライムですかぁ~?うにゃうにゃしてぐねぐねして、全然切りがいがないですねぇ~。パスですパス。」
「ええいやる気を出しなさいよ!松明出しなさい松明!
お嬢!アンタ魔術使えるんでしょ!何とかして!」
物理攻撃を主とする重戦士であるリューディアと、スカウトで軽戦士であるデルフィーヌとスライムとの相性は悪い。
どちらも物理攻撃しか手段がないため、粘性の肉体であるスライムには攻撃が通用しずらいのである。
そんな彼女たちの攻撃手段は、松明で炎によるダメージをスライムに与える事だが、いかんぜん効率が悪いし、こちらが飲み込まれる可能性もある。
ならば、こちらの出番だろうと、エルネスティーネは空中にルーン文字を描く。
「分かりました!ケンッ!」
エルネスティーネはルーン文字のケンを空中に描く。
不等号の<に似た文字。
それが炎を象徴するルーン文字、ケンである。
松明・情熱・灯火・明るさ・暖かさの象徴を象徴するこのルーンは、当然のことながら炎の攻撃性も象徴する。
そのため、彼女はこのルーン文字を攻撃に使用する時は、炎の矢を作成し、それを射出する魔術にセッティングされている。
この世界において、炎の矢は極めてスタンダードな攻撃魔術である。
だが、エルネスティーネの作り出した炎の矢は、数が違った。
その数はおよそ20本。一回の魔術で作れるのは1本の矢が基本のはずである。
一度に20本もの炎の矢を作り出せるなど聞いた事もない。
エルネスティーネが手を横に振ると、20本もの炎の矢は次々と射出されスライムへと突き刺さっていく。
炎の矢は一本でも十分な攻撃力を有しており、一本でもまともに突き刺さればゴブリンやスライムなどはたちまち戦闘不能に陥る。
それが20本など明らかに過剰火力もいいところだ。
その一斉掃射を食らったスライムは、瞬時にして蒸発・消滅する事になった。
だが、それを見て、デルフィーヌは思わず声を上げる。
「ちょ……!アンタ何やってるのよ!」
「何って……炎の矢を放っただけですが?」
「そんなの分かってるわよ!問題は量よ量!普通一本しか放たないし、魔術が使えるのは一日5回程度が限界なのよ!それを一度に20本も放つなんて……!
アンタ、体とか大丈夫なの!?」
「はぁ、別に何とも。まだまだ撃てますが。」
エルネスティーネは混沌神の加護により、混沌から事実上無限の魔力を引き出す事が可能である。それから比べればこの程度の魔力、水滴の一粒どころか、一分子程度にも満たない魔力である。
だが、本来人間とは相いれない混沌の魔力を多用すれば、肉体が変質し、ただの肉の塊に変貌するか、触手まみれの化け物へと変貌してしまう。
だが、今の彼女にはそのリスクについて知る由もない。
「はぁ~。辺境伯の3女が冒険なんかする地点でまともな女じゃないとは予測していたけど……。やっぱアンタもおかしいわ。」
大きくため息をつくデルフィーヌ。
だが、今更この状況ではどうする事もできないし、頼りになる戦力には違いない。
呆れたような声を出す彼女だったが、ふと何かを思いついたかのようにエルネスティーネに対して問いかけを投げかける。
「そうだ、お嬢。アンタ魔術探知とかできるの?」
「え?そうですね。まあ何とか。」
ルーン文字の中に情報を司るルーンもある。
そのルーンに魔力探知や熱源探知なを付与して、状況によって使い分けるようにセッティングしてあるのだ。
探知系の魔術なら、戦闘系の魔術と異なり1秒の判断が生死を分けるほどの状況は少ない上に、極めて重要である。
そのため、状況において使い分けができるように、複数の効果をセッティングしておいたのだ。その中には、当然ながら魔力探知も存在している。
熱源探知もあるが、体に泥を塗って誤魔化す悪知恵の働くゴブリンもいる。
どれにも一長一短はあるが、デルフィーヌはエルネスティーネに対して、指示を飛ばす。
「よし、お嬢。魔力探知逐一よろしく。大きな魔力を探知したらアタシに報告して。」
「はい、わかりました。」
ここで魔力探知を選んだのは、怪物の件もあるが、同時に大規模な罠に対しての探知を行うためである。
部屋の中に閉じ込めて、天井が落ちてくるなどといった大規模な罠には当然のことながら動力源が必要になる。
そこで一番手軽で手っ取り早いのは、魔力を動力源とする魔力機関が一番である。
だが、この魔力機関は、巨大な魔力が発生するので魔力探知に引っ掛かりやすいという弱点があるのである。
そのため、エルネスティーネは逐一部屋に入る前に魔力感知を行う事にしたのだ。
デルフィーヌは罠の解除などには慣れているが、魔術的な罠の感知・解除は行えない。
そのため、彼女からしてみたら、そういう魔術的な罠こそが最も注意すべき罠なのである。
エルネスティーネは、ルーン文字のペオズを指で描き、内部の部屋を探知する。
ペオスは正しい選択、ダイズ、チャンス、嘘を見抜くという事を象徴するルーンである。
そのため、エルネスティーネはこのルーンに魔力感知の能力を持たせたのである。
「……ん?」
大規模な魔力の反応はない。
だが、部屋内部に何だか妙なちょこまかと動く小さい魔力反応がある。
しかもネズミとかその程度ではない。
明らかにヒト型ぐらい、もしくはそれより少し小さいぐらいである。
念のため、熱源探知に切り替えてみたら、確かに人間よりも小型だがヒト型っぽい存在が蠢いているのが確認できた。
それをデルフィーヌに伝えると、彼女は頬に手を当てて考え込む。
「ふむ……。お嬢。何かこう相手を牽制するいい魔術とかある?
パアッと大きな光で目を潰すとかそんな奴。」
「えっと……。うん、ありますあります。
この文字をそこらへんの石に彫り込んで、と……。
これを投げ込めば3秒後に相手の目を潰せるぐらいの閃光を放つはずです。」
エルネスティーネは、そこら辺に転がっている石に、太陽のルーン文字を指でなぞり、その石に魔術式と魔力を付与する。
言うなれば、簡易的なスタングレネードである。
闇の中に潜む怪物たちは、環境に適応して人間よりも暗視が効く分、強烈な閃光に対して弱くなっている事が多い。
それが、人間でも目が潰れるほどの閃光を食らえばどうなるかは言わずもがな、である。
「お嬢ナイス。それじゃ、アタシが罠を解除したらその石を部屋に投げ込んで。
その後リューディアが飛び込んでやっちゃいな。多分ないとは思うけど、部屋の中の罠には気を付けて。」
「はい~♪分かりました~♪」
「よし、いくよ!」
エルヴィーラが罠を解除してドアを勢いよく開けた瞬間、エルネスティーネはルーン文字が刻み込まれた石を部屋内部に投げ込む。
その瞬間、凄まじい閃光が部屋内部を覆いつくす。
刻み込まれたルーン文字はソウィル。太陽を象徴するルーンである。
そのため、彼女はこのルーンに閃光を放つ効果を付与したのである。
普通の人間でも目を潰しかねないその閃光は、暗闇に潜んでいた怪物たちには効果十分だったらしい。
中にいた怪物たち……3匹のゴブリンたちは目を抑えて大声で喚きだす。
そして、間を置かずにリューディアが部屋の中に飛び込んで、バスタードソードで瞬時に3匹のゴブリンを切り捨てる。返り血を浴びたリューディアは、顔についた暖かい血を舐めとって絶頂の表情を浮かべる。
「あはぁ♪ゴブリンの温かい血を浴びるのはいいですねぇ♪
生きてるって感じをダイレクトに味わえます♪
できれば全身浴びれるほど大量の温かい血が欲しいですねぇ♪」
うっとりとそう口走る彼女を見て、混沌の怪物たちもかくやだな……と思わずエルネスティーネは心の中で呟いてしまう。
そうして、閃光に目がくらんだゴブリンたちを一方的にエルが切り刻むという結果に終わった。これは生死のかかった戦いなのだ。卑怯だの云々言っている余裕はない。
ゴブリンたちが自分たちを生け捕りにした時の事を考えると、思わずぞっとするし、手加減などする気になればない。
ゴブリンをまるで玩具の人形のようにズタズタに切り刻んで遊んでいたリューディアは、切り刻む場所がなくなって冷たくなったゴブリンに飽きたのか、壊れた玩具をポイ捨てするように、ゴブリンへの興味を無くす。
ゴブリンの遺体の方は……まともに見ない方がいいなこれ。
古代中国には肉体を少しづつ生きたまま切り刻むという刑罰があったと聞くが、それと似たような物である。
そんなゴブリンの血まみれのエルヴィーラはあっけらかんとした言動でデルフィーヌは水筒の水に浸した布で、顔に飛び散ったゴブリンの血を拭っていく。
「ほら大人しくしてなさい。全く、こんな事で貴重な水を使うなんて……。」
「いやぁん、お化粧が落ちちゃいます~。」
「顔を血まみれにしてるアンタが言うな!ダンジョンアタックにそもそも化粧なんて不要でしょうが!全く世話の焼ける……。」
「アンタね、新入りのお嬢たちもいるんだから自重しなさいよ。自重。
こんなの見せられて、「コイツは混沌神の信望者なんです~」とかチクられたらおしまいよアンタ。」
「はい~♪自重します~♪」
そんな事をやっているデルフィーヌの鼻に、何かつん、と来る物がある。
カビ臭い、悪臭漂う地下迷宮でなお漂う香り、いや、それはデルフィーヌの感覚的な物だ。
―――死臭。
それは最早嗅覚というよりも、デルフィーヌの第六感的な物に近い。
次に進む隣の部屋を慎重に遠目から目を細めて観察するデルフィーヌ。
その彼女の観察眼は、床にいくつもある赤黒い染みを見つけ出していた。
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