第5話 皆麻痺してますけど、メイドが戦えるっておかしいですよね?
それから、数週間後、受付嬢から連絡を受けたエルネスティーネは、いつものように、普通の服に着替え、変装して冒険者ギルドへと出かける。
だが、何だか嫌な予感がする。チェインメイルなど作るのには非常に手間がかかるはずだ。そして、その分高価になるのは当然である。
ツテで小型のチェインメイルを手に入れると言っていたが、そんなにスムーズにいくものだろうか?そして、その彼女の予想は当たっていた。
いつものように、扉を開けて冒険者ギルドへと入ろうとするエルネスティーネ。
だが、その時、彼女はいつもとは違う雰囲気に気づいた。何だか嫌な雰囲気がするが、それでも入らないという選択肢はない。
恐る恐るギルド内へと入ってみると、そんな彼女を待ち受けていたのは、いつもの事務員だけでなく、長女であるアーデルハイトと、お付きのメイドであるエーファ、そしてギルドの事務員だった。
姉であるアーデルハイトの顔を見た瞬間、エルネスティーネは、直観した。あのクソ女、私を売りやがったな……!口止め料を払ったのに!
受付嬢に口止め料を払ったのに裏切られたという事実は、エルネスティーネの怒りを駆り立てるのに十分だった。射殺さんばかりの目つきで事務員を睨むエルネスティーネ。だが、その視線を、受付嬢は飄々として受け流す。
「いやぁ~。口止め料を払ってもらったのに申し訳ないのですが、向こうからそれ以上の金額を支払われてしまっては……。
家出感覚で冒険者になられてもこちらも困りますし……。
ここらへんを支配している貴族の不評を買うのはギルド側としても避けたいですしね。武器や防具は家族間の問題を何とかしてから取りに来てくださいね~。」
しれっと何の気兼ね無しにそう言ってのける受付嬢に対して、エルネスティーネは、あ、あのクソ女ぁあああ!!と思わず心の中で絶叫した。
だが口止め料は払っていたとはいえ、それ以上の金額を払えば情報を流すのも、当然だろうし、ギルドとしては貴族ともめたくないのも分かる。彼女の立場からすれば当然だろう。
だがこちらとしてはたまったものではない。せっかくの口止め料も全くの無駄である。一度支払った以上、何を言っても返しはしないだろう。
今度機会があったら文句の十や二十ぐらい言ってやらないと気が済まない、とぶつぶつ言っているエルネスティーネに対して、姉のアーデルハイトははあ、とため息をつく。
「あのね……。冒険者でもない女性が冒険者ギルドに入っていれば目立つに決まっていますわよ。
まあ、事務員は意外に口が堅かったので、結局お金で話してもらう事で裏が取れましたが……。」
やっぱり自分の行動は知られていたらしい。
多分、自分のお忍びを知っていたエーファから情報を知った彼女が、直接事務員に聞きに行ったのだろう。確かに、彼女からしてみれば、いきなり妹が何も知らされずに冒険者になって、行方不明や死亡などと言った事になれば困るのは分かる。
いつものドレスではなく、エルネスティーネと同じように私服に着替えているアーデルハイトは、腕を組みながらエルネスティーネに言葉を放つ。
「別に冒険自体に反対している訳ではありません。どうせ貴女の性格だから言っても止まらないでしょうし。でも、全く戦闘訓練も積んでいなくて体を鍛え始めたばかりの貴女がいきなりダンジョンに入るなどありていに言って死ぬ運命しか見えないですわ。」
むう、とエルネスティーネはは思わず唸りを上げる。確かに姉のいう事も客観的に見ればもっともである。
戦闘訓練も何も受けていない女性がいきなりダンジョンに潜るなど、自分の命を投げ捨てているように見えても当然だ。
もちろん、エルネスティーネも命を投げ捨てる訳ではなく、十分な勝算あっての事だが、それを家族が認めてくれるかは別問題である。
そんな彼女に対して烈火のごとく怒ると思っていたアーデルハイトだったが、彼女はエルネスティーネを見ながら満足気に頷く。
「ですが、その意気や良し、ですわ。流石は私の妹。そこで一つ提案があります。
貴女が戦える力を見せてくれれば。冒険に出ることを許可してもいいですわ。」
そうだ、我が家は脳筋……もとい武断派だった……。
あくまで姉が問題にしているのは、戦闘訓練を受けていないエルネスティーネが戦えるかどうかであって、それなりの力があると示せば問題はないらしい。流石に力が物をいう蛮族……もとい辺境伯の家系である。
我が領地が国家を守護しているという自負からか、この家は武断派であり、武力を持つ事は非常に推奨される。
中立ということは、どこの国にも頼れないという事。つまり、自分たちの身は自分たちで守るしかない、ということである。国民皆兵の現実世界のスイスなどがいい例である。
このノイトラール国も、この国で生まれた男性は兵士としての訓練を受ける国民総徴兵制度を取っている。最も、これは男性のみであり、女性は基本的に兵士としての訓練が義務づけられていない。
ともあれ、自分がダンジョンや冒険でも十分戦えるという事を実証できれば冒険の許可が出るという事である。貴族の三女が冒険に出るなど異例ではあるが、武芸が貴ばれるこの領土ではそれも自然な流れかもしれない。
辺境伯の一員である自分があっさりと死んだとなれば、武断派と知られる我が家も所詮あの程度でしかないのか、と舐められる可能性はある。こういう家は舐められたら終わりなのはどこでも変わりはない。
そうなったら、自分が死んだ後でも勘当するなり、行方不明として扱うなりするだろう。非情とも思えるかもしれないが、貴族の家を守るとはそういうことである。
だが、自分が納得できる力を示せ、という事はアーデルハイトとしてもそれは不本意なのだろう。何だかんだ言いながらも身内には甘いのも武断派の特徴である。
「分かりました。それはいいのですが、誰と戦えば?まさか……。大姉様とですか?」
「その辺は帰ってから考えましょう。ここにいつまでもいては迷惑になりますわ。」
ギルドの事務員は、家族の問題は家族で片を付けてください。などと言って、アーデルハイトたちを屋敷に帰らせようとしたが、あのクソ女絶対いつか痛い目にあわせたる、と事務員を睨みつけながら、エルネスティーネも大人しく馬車に乗って自宅へと帰っていく。
「それで、誰と模擬戦を行えばいいのですか?まさか、大姉様とですか?」
流石にそれは勘弁してほしい。ハイオークの首を取ったゴリラ……オーク……もとい大姉様と戦うなど、戦闘訓練を受けていない自分など一蹴されて終わりである。
歴戦の戦士であり、鍛え抜かれた肉体と戦闘経験を持つアーデルハイトと、全く戦闘経験がないエルネスティーネでは、文字通り、大人と子供ほどの実力の差がある。
実力を示すどころか、鎧袖一触されてお仕舞いである。
それは向こうも思っていたのか、アーデルハイトはお付きのメイドであるエーファの声をかける。
「エーファ。貴女がエルネスティーネと戦いなさい。手加減は無用ですわ。」
そのアーデルハイトの言葉に、かしこまりました。とエーファは頷くと訓練用の刃を潰したショートソードを持ってきて、エルネスティーネへと手渡す。
「えっ?ちょっと待ってください。メイドが戦えるんですか?
っていうかメイド服のままで?こちらも普段着のままで?」
その二人のあまりに自然な行動に、エルネスティーネは思わず驚く。
確かに模擬戦を行うとは言っていたが、まさかメイドであるエーファと戦うなどは思いも寄らなかったのである。しかも、お互い普段着とメイド服で皮鎧もつけずに模擬戦を行うとは思いもよらなかったのである。
「?知らなかったの?ウチのメイドたちは皆戦闘訓練受けていますわよ?
騎士たちを私たちの護衛に常につけている訳にはいかないでしょう?
その分、メイドなら令嬢たちに常に付き添っていても不自然はないですし。」
マジかぁ……。我が家、予想外の武闘派だったわ、とエルネスティーネが変な風に関心する。確かに貴族の令嬢に常に付き従っているメイドたちならば、最良のボディーガードになり得る。
だがそれには、自らの命すらかけるという覚悟をきめなくてはいけない。
戦士や騎士なら理解できるが、なぜメイドがそこまで出来るのか、正直彼女には理解しがたい面があったが、貴人の暗殺対策としては確かに効率的ではある。
「お嬢様のおっしゃる通りです。我らメイドはいざという時にはお嬢様たちの剣となり、盾となって戦う所存です。
そして、メイドである以上、メイド服で戦えるようになるように訓練を積むのは当然です。」
いや、正直そこまで「覚悟決める必要ある?貴女ただのメイドでしょ?と内心エルネスティーネはドン引きしていたが、ここでああだこうだと論理的な事を口出しするつもりはない。誰も異存を唱えず、それが自然になっているなら、それがここの常識という事である。しかも、それで誰も困っていないのなら、変えるのは難しい。
ならばそのままにしておいた方が吉である。伝統・習慣というのを変えるのはそれほど難しいのである。
「そうですわね。わざわざ刺客が襲い掛かってくるのにこちらの着替えを待ってくれる余裕があると思って?貴女も普段着やドレスでも戦えるよう訓練をしておきなさい。」
まあ、それはさておき、やはり彼女たちとしては戦闘経験のないエルネスティーネが。自殺まがいにダンジョンに入っていくのがどうしようもなく不安らしい。
つまり、十分に戦って帰還できる実力を、見せてくれれば彼女たちも納得してくれるはずである。エルネスティーネは、訓練用のショートソードに指をなぞり、オセルのルーン文字を刻み込む。その瞬間、これまでショートソードで訓練を行ってきた人たちの戦闘訓練がエルネスティーネへと流れ込んでくる。
その膨大な情報量から、優れていそうな使い手の情報を取り込み、それをトレースする。
例え模擬戦であっても、自分のお付きのメイドであるエーファであっても、負ける訳にはいかない。全ては本の普及、そして、その先にあるラノベの作成と普及のため。そう、ラノベのために自分は負ける訳にはいかないのだ。
そう決意を固めながら、エルネスティーネは、訓練用のショートソードを握ってエーファと対峙した。
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