第6話 舐められたら命を取る。それが辺境伯魂。




(お嬢様には悪いが……。なんの戦闘経験も積んでいないお嬢様がダンジョンに入るなど許容できない。一気に終わらせる!)


 訓練用の刃を潰したショートソードを手にしたエーファは、地面を蹴り一気にリーディアへと接近し、刃を振り下ろす。戦闘経験も受けておらず、体も鍛えていないリーディアでは、この動きには対応できないはず。

だが、その刃は、硬い金属音と共に弾かれた。


(!?)


 それはエルネスティーネがエーファのショートソードを弾き返した音である。

 偶然か?とエーファは連続して攻撃を繰り出すが、それらは全てエルネスティーネのショートソードによって弾き返される。偶然ではない。完全にこちらの攻撃を把握している、とエーファは驚愕の表情を浮かべる。

 信じられない。全く戦闘経験がないのに、こちらの攻撃を完全に把握して防御するなど。いわゆる天才というものか?とエーファは内心で驚愕する。

 だが実際は異なる。エルネスティーネは、物体のリーディングが可能なオセルのルーン文字を指で描き。そこから他の使い手たちのショートソードに刻まれた残留思念、戦闘記憶を読み取って自分の物としているのだ。


 訓練用のショートソードに宿った様々な戦闘経験をルーンの力で引き出し、自分の体へとトレースさせる。これを行う事により、ショートソードに宿った戦闘記憶そのままに肉体を動かす事ができるのだ。

 だが、これはあくまで動きをトレースするだけの物、言うなれば機械と大差ない振るい方である。歴戦の戦士ならばフェイントをかける事であっさりと倒されるだろう。そのため、手品の種がばれるより先に何とかする必要がある。


 エーファの繰り出す攻撃をエルネスティーネは自分のショートソードから戦闘情報を読み取って何とか弾き返す。響き渡る固くカン高い金属音。


 ショートソードに刻まれた戦闘経験によって、全く戦闘経験を行った事がないエルネスティーネでも、何とかエーファと渡り合う事ができる。

 だが、戦闘経験をトレースできても、まだ鍛えていないエルネスティーネの肉体は激しい動きについてこれない。そのため、エルネスティーネはこっそりとショートソードの切っ先で戦いの神、テュールのルーン文字を描く。


 戦いを司るテュールのルーン文字は、戦いに関してかなり幅広い能力がセッティングされている上に、戦いに対してはある程度の応用も効く。

 今回は、自らの身体能力を向上させる事により、鍛え上げられているエーファと互角にまで渡り合えるのが目的である。

 だが、普段鍛えていない者が自らの身体強化を行えば、当然反動は出る。強烈な筋肉痛で済めば良い方で、鍛えていないのに無理矢理身体強化を行えば、骨が砕けたり、心肺機能がついてこれずに呼吸困難を起こしたりする事もある。


 強化された身体強化と読み取った戦闘記憶で、何とかエルネスティーネはエーファと渡り合っているが、その動きは言わばプログラムされた機械のような物。動きの単調さに気づかれてしまってはあっさりと敗北してしまうだろう。


 テュールのルーンを刻んだエルネスティーネの肉体は、その肉体の潜在能力を引き出し、体を鍛えていない素人のはずなのに、自分の攻撃を的確に受け止めていくエルネスティーネに、エーファは驚きを隠せない。

 もしここで格闘戦を折り混ぜた攻撃を行えば、エルネスティーネはあっさりと敗北しただろう。


 まるで演武のように舞うようにショートソードのぶつかり合いを行う二人。

だが、長引けば不利なのは明らかにエルネスティーネである。

元々体を鍛えていないのに無理矢理身体強化を行い、戦闘経験のトレースで戦っているのだ。言うなれば機械のように一定の攻撃しかできない。

 それを読み取れないエーファではあるまい。そうなれば後は詰みである。


 それならば、短期決戦で無理を貫き通すしかない。エルネスティーネは、さらに自らの肉体にテュールのルーン文字を書き込む。ルーン文字の重複魔術。これがエルネスティーネの切り札である。だが、そんな無茶は当然彼女の肉体に反動がかかる。


(ぐううう!)


 足の筋肉のみならず、全身の筋肉がギシギシと悲鳴を上げる音が聞こえる。

 急激な身体機能の向上に心肺機能がついてこれず、ぜひゅーぜひゅーと激しい荒い呼吸になる。こんな状態で長く戦っていてはこちらの命に関わりかねない。

 エルネスティーネはまるで疾風のように床を蹴って疾走すると、一気にエーファとの距離を詰める。


「なっ……!!」


 今まで以上の速度で動き出したエルネスティーネに、エーファは思わず驚愕の表情を浮かべる。あんな速度など体を鍛えていない人間に出せるはずもない。

 何らかの魔術の強化を行った所で、鍛えられていない体であんな速度を出せば絶対に反動が出る。予想外の速度を出したエルネスティーネの動きに、エーファは意表を突かれたのか、動きが少しだけ遅くなる。

 少しでも攻撃が当たる可能性を減らすべく、床に張り付くようなほど低い体勢でエーファの懐に突っ込んでくるエルネスティーネ。この一瞬に賭けるしかない。狙いは一点。エーファの握っているショートソードである。


「私は……絶対に、ラノベを書くんだぁあああ!!」


 そのまま、エルネスティーネはエーファの振り下ろされるショートソードを、振り上げた自らのショートソードで弾き飛ばす。大きく響き渡るカン高い金属音。

 エルネスティーネの渾身の一撃により、エーファのショートソードは大きく弾き飛ばされて空を舞い、カランという金属音を立てて床へと落ちる。


「それまで!ですわ。」


 それと同時に、アーデルハイトは腕を上げて二人の模擬戦を止める。つまり、勝負はエルネスティーネの勝利という事である。元より、エルネスティーネもお付きのメイドであるエーファを傷つけるつもりなどはなかった。

 そのため、狙ったのがエーファの武器であるショートソードである。武器破壊ならぬ、武器落とし。それがエルネスティーネの戦法である。


 荒い息の下、思わず倒れかかるエルネスティーネを支えるエーファ。戦闘訓練を行った事も体を鍛えた事もない人間が、あそこまでの動きを見せるなど、何らかの身体強化の魔術を使ったのだと、エーファにも検討はつく。

 そして、それほどの身体強化の魔術を使ったとなると、反動が大きいのは異常なほど荒い息をついているエルネスティーネを見ると理解できる。

 自分の妹のように思って傍についているエルネスティーネがそんな異常な状況なら、支えるのが当然エーファである。そんな二人に対して、アーデルハイトは言葉を放つ。


「よろしい。気概は認めますわ。それでは、貴女を冒険者になる事を許可します。

ですが、心得なさい。我が家系の教えは「舐められたら命を奪え」ですわ。

もし貴女が無様な最後を迎えても、我が家は貴女を絶縁するだけですので。」


 ええぇ……。なにそれ怖い。どこの鎌倉武士だよ……。とエルネスティーネ思わず突っ込みそうになったが、辺境伯と考えるとある意味鎌倉武士というのは正しいのかもしれない。

 辺境伯というのは辺境、つまり他国や混沌の侵略から国家を守護する存在。そしてこういう武力を重視する家は、自分の家が侮られるのを非常に嫌う。その家系の人間が無様な最後を迎えるなど、まさに家の恥になってしまうのだろう。


「まあ、それはともかく、貴女の覚悟は見させていただきましたわ。

エーファ。この子を休ませてちょうだい。多分、しばらく寝込む事になるでしょうから、面倒を見てあげて。」


「畏まりました。お嬢様。」


 エーファはそのまま、エルネスティーネの体を拭いてあげると、服を着替えさせて、彼女のベッドでと横たわらせる。

 身体強化の二重強化により、エルネスティーネは、休まない限りしばらくはまともに歩く事もできないであろうというアーデルハイトの配慮である。


 アーデルハイト自身もちょくちょく身体強化の魔術にはお世話になっている。

何せかかっているのは自分自身の命なのだ。卑怯だのなんだのは言っていられない。

 鍛え抜かれた肉体とは言っても、やはり純粋な筋肉量で女性であるアーデルハイトは男性に匹敵するのは難しい。

 それをカバーするために、強化魔術を使っていたが、彼女自身の戦闘能力を疑う者はいない。(そういう連中は、彼女が力づくで黙らせていった)


 そのため、身体強化の魔術の反動を我が身を持って知っているのである。

 彼女も初めての頃は立ち上がるのもやっとという状況にまで追い込まれたまさしく諸刃の剣なのだ。体を鍛えていないエルネスティーネには反動が大きいだろう、というのが彼女の判断である。

 エルネスティーネが深い眠りにつくのを確認したエーファは、一度アーデルハイトの部屋へと戻ってきた。


「失礼します。お嬢様、お休みになられました。」


「ご苦労様。貴女にも苦労かけたわね。はあ……。まさかあの子が冒険者を目指すなんてねぇ……。こんな事ならきちんと剣術を教えておくべきでしたわ。」


 思わず、頭を抱えるアーデルハイト。彼女からしてみても、いきなり妹が冒険者になるなんて予測もしていなかったらしい。

 何やら不穏な行動をこそこそしていると思って探ってみれば、冒険者ギルドの事務員に色々話を通して武器や防具や冒険用の道具を調達しているとの事。

 慌てて、事務員に話に聞きを言ってみたが、意外と口が堅かったので、金に任せて口を開かせてギリギリで間に合ったのである。



「ですがお嬢様。剣術を収めていない身であそこまでできるとは、大した物では?」


「あんなもの素人剣術ですわ。命のやり取りで最終的に物を言うのは気合と体力よ。

はあ、せめて最低限体力だけは鍛えるようにしておくべきでしたわね……。

母様が「せめて末っ子だけは普通のお嬢様に育ててほしい」とおっしゃったのでその通りに育てたのですが、まさかああ来るとは……。血は争えませんわね……。」


 そう、エルネスティーネが武芸を貴ぶ辺境拍家に生まれておきながら、全く武芸とは無縁だったのはそういう事情があったのである、

 女性ばかりで男性が生まれなかったこの家では、長女のアーデルハイトが女性騎士 となって男性顔負けの戦働きを行う事によって家を保っている。

 次女も少し変な方向に行ってしまったので、それを心配した母親は「せめて末っ子は女性らしくお淑やかに育ってほしい」と願い、アーデルハイトたちもその思いをくみ取って普通のお嬢様らしく育てたつもりであった。

 それがいきなり冒険者になるだの、本を作り出すだの言いだすのは流石の彼女たちも予想外だったのである。


「……まあ仕方ないわね。エーファ。くれぐれもあの子の護衛をよろしくね。

最悪の場合は……。」


「はい、お嬢様。わが身を盾にしてお嬢様を守る所存です。

もしもお嬢様の尊厳が侵されそうなその時は……お嬢様を楽にして差し上げます。」


 それは最悪の最悪の時は、自らの手でエルネスティーネを楽にしてあげるという事だ。辺境拍として国を守っているアーデルハイトは、混沌の軍勢の化け物たちによって嬲られる女性の末路は知り抜いている。

 特に、ゴブリンに捕らわれた女性たちの末路は、悲惨と言ってもいい。

 その末路を知っていれば、その前に妹を楽にしてあげたいと願うのはエゴとは言えないだろう。


「分かったわ。下がってよろしい。……ああそれと、しばらくはあの子の面倒に専念してあげなさいな。メイド長には許可を取ってあります。」


 その言葉を受けて、エーファはメイド服のスカートの裾を摘まみながら優雅に一礼すると、部屋から退出していく。

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