迷探偵たちとアイスクリーム

しき

第1話

「たいへんだよぉ~~~!!」


 放課後の部室に、ももかの嬌声が響き渡る。


「アイスが……アイスが……溶けちゃってるの~~~~~!!!」


 ずるぅ!

 僕と愛樹と千聖さんの3人が、盛大にずっこける。特に愛樹は、文房具セットを巻き込んで派手にこけた。


「ちょっと! アイス溶けたぐらいで大声出さないでよ!」


 愛樹が抗議の声を上げる。


「もぅっ……いつから置いてるの?」

「えと……今日のお昼から、だけど……」

「そりゃ溶けるでしょっ! ……っと、でも保冷剤は入ってるみたいね」


 ビニール袋の中を確認すると、確かに青色の保冷剤が1つ入っている。しかもまだ溶けきってない。コンビニで貰えるタイプのものだった。

 ……てことは、昼休みに学校を抜け出したのかな? 見かけによらず大胆な行動をする子だなぁ。


「そもそも、アイスは買ってすぐに食べなきゃだめでしょ! 冷蔵庫があるわけじゃないんだから」

「うぅ……ごめんなさい」


 素直に謝るももかに対して、千聖さんがポツリと言った。


「冷蔵庫ならあるぞ」

 ……。

「えええぇぇぇぇーーーーーっ!!」


 またも一同、驚きの声。今日は驚きの唱和がよくおこる。唱和の日だ。


「ど、どこにそんなものあるんですかっ! 校則違反ですよっ?!」


 愛樹が糾弾する。確かに、普通の部室なら置いてないだろう。ましてウチは幽霊部だからな。家庭科部なら持ってるかもしれないが。

 ……他は、美術部とか書道部かな。絵の具や墨汁を保存するのに要るかも。生徒会も、接待用に持っているに違いない。


「ほら、ここに」


 窓際のテーブルクロスをめくると、机の下から小さめの白い冷蔵庫が現れた。千聖さんらしいシンプルなデザインだ。


「因みに、校則では冷蔵庫の持ち込みは禁止されてないぞ」

「こ、校則になくても、常識的におかしいでしょ!!」

「ふ……中身が愛樹の好物だとしても、同じことが言えるかな??」

「……った、たとえ好物だろうと、ダメなものはダメですっ!」

「しかし、もしこれがバレたら、この部は廃部になるぞ」

「うっ……」


 『廃部』という言葉に少したじろぐ。

 人が良すぎてクラスで浮いていたももかを、この部に引っ張ってきたのが愛樹だった。この部は真面目に活動していないため、部に来るのはここにいる4人だけ。4人だけならももかもうまく馴染めると考えたわけだ。


 だから、部がなくなることは愛樹にとっては非常事態だ。


「ま、これからはみんなで使えばいい」

「あ、ちなみに中身って何であらせられます?」


 モノに敬語使っちゃったよ。だんだん愛樹の敬語が崩壊してきたな……。


「ラブロー○ョン」

「ーーーーーーッ!!」


 愛樹の口元から不吉な音がした。同時に、彼女の基本にして奥義を発動させるための握り拳が作られる。


「いつか愛樹と玲が使うときのため……すまん、冗談だ」


 さらに怒張していく剣幕は、いつも相手を言いくるめている千聖さんをも屈服させた。


 ◇


「まぁ、今は冷蔵庫よりアイスの謎を解こうよ」


 これ以上ほうっておくと殺傷沙汰になりそうな気がするので、速やかに話題をそらした。


「そ、そうよっ! ももかのアイスに手を出すなんて許せないわ! 早く犯人を突き止めて、この竹箒で切り刻んでやるわ!」


 ……あれ? 話題そらした意味なし?


「あ、愛樹ちゃん。そこまでしなくても……」

「いいのよももか。アタシは、ももかが幸せになれたらそれでいいの」


 なんかメロドラマ始まった!!


「とにかく! 中身が食べられてないのなら、犯人は愉快犯に違いないわ! きっとどこかで、悲しんでるももかを見てニヤついてるのよ!」


 怒気とともに、愛樹の背後に禍々しいオーラが増していく。


「まぁ、確かに犯人は許せないよね」

「犯人はマンガオタクに違いないわ!!」


 マンガマンガしいオーラの間違いか……?

 って、下らないことを言ってる場合じゃない! とにかく事件を解決しないと。


「まず『なぜ溶けたのか』について話したいんだけど……」


 ももかはビニール袋の中にアイスと保冷剤を入れ、さらに新聞紙でくるんでいたようだ。つまり2重の封。この封をどうやって突破したのか、3人で意見を言い合った。

 ちなみに千聖さんは興味を失ったらしく、PCに向かっていた。あれは前の部の遺産なのだが、今は完全に彼女の私物と化していた。


 千聖さんは一番推理力があるのだが、やる気がない時が殆どだ。なので仕方なく、3人での推理になっている。

 なんとなく、千聖さんは答えがわかっているような気がするのだが。


「誰かが溶かしたとしたなら、どうやって溶かしたの?」

「そんなの、手で暖めるとか、火であぶるとかいろいろあるでしょ!」

「いやいや、手で暖めるとなると時間がかかるし、火であぶったら跡がつくよ?」

「うぅ~、冷蔵庫あるなら教えてくれればいいのに~」


 3人の推理は一向に息が合わず、鼓動も合わない。

 愛樹はとにかく犯人を捜そうとしてるし、ももかは自分の行為の問題点を考えている。僕は……冷静に観察して、ありえない可能性をひとつずつ排除しようとしている……と思う。


 僕はこういう事件や揉め事が嫌い……というか苦手だ。僕だけが違う方を向いて考えているようで、場から浮いてしまう。誰の味方につけばいいのかわからない。

 今回はももかがイケないことをしたと僕は思っているのに、愛樹は断じて認めない。まわりのみんなも、認めないだろう。


 僕は自分の思いを仕舞うしかないのかな。どうすればこういうとき、上手く振舞えるのだろうか。そう考えていると、事件のことはすっかり頭から消えてしまった。


「ちょっと玲っ、聞いてる?!」

「ん……、聞いてる聞いてる」

「じゃあ玲は、この剣山を、犯人が突き落とされそうな場所においてね」

「え?」


 いつの間にか事件の迷宮爆破になったらしい。ももかと愛樹の話は、愛樹が100%決めているので、これは必然といえよう。


 しかし困ったな。愛樹を止めたいが、僕も事件を解決したわけじゃない。「対案を出せ!」と言われたら、専門家でもないのに引き下がることになる。少し考えよう。


 まず、ももかが昼休みに部室に来てアイスを隠す。このとき千聖さんが、部室でPCゲームをしていた。そして昼休み後、鍵をかけたのは千聖さんだ。

 部屋の鍵の管理は千聖さんだ。本来は顧問が管理すべきなのだが、ウチは大会に出ないので顧問は熱心でない。愛樹は「千聖が顧問を言いくるめたに違いない」と言っていたが……(僕も愛樹に賛成)。

 また、この部屋の鍵は古いので、回すのに力がいる。窓の鍵もそうだ。内側から開けるのさえ、かなりの力がいる。よって、小さいピッキング道具で開けるのは難しい。

 よって、部屋に入れたのは千聖さんだけ。QED。


 ……あれ? じゃあ犯人って……。


「ふ、そろそろ事件を明かそうかね」


 僕の疑いを振り切るように、PCの向こう側で役者のような声が上がった。


「犯人がわかったの?! ……ひょっとして、ゲームの話じゃないわよね?」


 愛樹がひどい相槌を打つ。


「何を言う。今やっているのは推理ゲームじゃなくてテ○リスだ」

「テロリスト?」

「軍事要塞の隙間にミサイルを打ち込むゲームだと考えれば、テロリスでも良さそうだな」

「二人とも落ち着いて。話が逸れすぎだよ」


 ようやく千聖さんが推理してくれるんだ。これは百人力だ。彼女の論理的思考力

は、僕達とは比べ物にならないからね。


「今回の事件の最大のポイントは、ここが幽霊部だということだ」

「……ふん、ゲームじゃなくて幽霊の方ですか」


 推理かと思いきや幽霊話か……。千聖さんに期待してた僕としては残念なのだが、愛樹は予想していたらしく、さらりとしている。

 千聖さんの幽霊話は理屈が先行し過ぎて面白味がない。僕と愛樹は早々に草葉の陰に退避した。


「今回の犯人は『阿良(おやや)の幽霊火』だ」


 聞いているのはももかだけ。ももかは幽霊話が好きで、信じ込みやすい性格だ。だから時々、千聖さんにこうして遊ばれている。

 普段はぴこぴこしてるももかも、幽霊話のときは静かになる。息をのむ音が聞こえてきそうなくらいだ。


「昔、阿良という女性がいた。阿良は異性と交際をしていて、幸せな日々を送っていた。だが、父親がそれを知ると、怒って二人を裸にして大桶に入れて、百足や毒蛇を投げ入れ酒を注いで死なせたそうだ」


 ……絶対、千聖さんの趣味が反映されてる。

 昔話は口伝だ。もしこの話が事実なら、女性を裸にして云々という話を他人にした人が大勢いることになる。想像するだけで気持ち悪い。


「それ以来、阿良の霊が怪火となって現れるらしい」

「ねぇねぇ、今はどこにいるの??」


 話が終わるや否や、質問を浴びせるももか。はてはて、アイスの犯人探しは良いのだろうか?


「こいつは阿良の墓の辺りにしか現れないそうだ」

「う~ん……じゃあ、この辺にはもう来ないんだね」

「だが『怨念を持った死人が怪火になって出てくる』ことは言える。つまり、無残な死を遂げた人間の骨が学校の下に埋めてあって、そいつが怪火になってももかのアイスを溶がふっ!」


 愛樹の投げた冷え爽によって、女の子にあるまじき声が上がった。ドロドロのアイスが、口周りや胸元に垂れてしまう。


「ち、ちぃちゃん大丈夫?!」


 ちょっぴりR指定の教祖様に、迷える子羊が駆け寄って介抱する。

 さぁ、ようやくまともな方向に舵を切れそうだ。


「さ、いまので怨念は消えたかしら。気を取り直して、犯人を捕まえましょう」


 ◇


「じゃ、今度は僕の推理をしても良いかな。この部屋の鍵を持ってるのは千聖さんだから、犯人は千聖さん」

「そっか! 自分が疑われるのは嫌だから、推理に参加せず、幽霊のせいにしたわけね」

「おい待て」


 間、髪を入れずに同意と反対が上がった。


「心外だな。なぜ私を疑う」


 千聖さんは不満そうに眉を動かして抗議した。


「鍵を管理しているからよ」

「失敬な。私が寝ている間に誰かが侵入したかもしれないだろ」

「それ、管理できてないから」


 その通り。こんな人に今まで良く鍵を預けてたものだなぁ。


「つまり、私は鍵を管理していない。よって、犯人は私ではないのだ!」


 開き直った?!


「どっちにしろ、千聖への制裁は確定ね」

「待て待て、重大なことを見落としてるぞ」


 手のひらを見せて『待て』のサイン。重大なことねぇ……何だろ??


「アイスが勝手に溶けたという可能性だよ」

 ……。

 ……。

「ああっ?!」


 驚きの声が2つ上がる。確かに見落としていた。おっちょこちょいのももかなら、十分にありえることだ。なぜ気づかなかったのだろう。


「ちょ、ちょっとぉ……わたしはちゃあんと氷入れたよ?」

「ああ、あれは私がすり替えたんだ」

「ええ?!」


 今度は3つの声が上がる。そんな中、千聖さんはPCの乗った机の引き出しから保冷剤を淡々と取り出した。


「ほら、こっちが本物」


 3人で近寄って眺め……って顔が近い! 両横から、二人の女の子の顔が迫ってくる。ど、どうしよう。このままこっそり触れても、事故ってことになるのかな……。僕はそればかり気になって、保冷剤のことなんて見れなかった。


「うぅんと……わたしのと似てるような似てないような……でもやっぱり似てるかも」

「……どうやって証明すんのよ?」

「かすかにももかの香りがすぶっ?!」


 愛樹の平手がクリーンヒット。攻撃のショックで飛んだ保冷剤を、愛樹が手にとって矯めつ眇めつ眺める。


「たしかにするわね」

「って、愛樹も十分ヘンタ……ごめんなさい何でもないです」

「じゃあ、ももかのアイスは保冷剤が溶けたせいで溶けたわけね。その後千聖が、冷凍庫にあったものとすり替えたんだわ」

「そう。そして私が種明かしをしたことで事件も溶けたわけだ」


 張本人のくせにまるで反省する気がないなぁ。いつものことだけど。


「……まだムチの入れようが足りないのかしら」


 愛樹も反省する気ないよなぁ……。もう少し落ち着いてくれれば、もっと早く解決したのに。


「ま、見落としてた私達も、どうかしてたのよね」

「まぁ、そうだよね。昼休みに買ったんだから、放課後まで持つわけがないよ」

「ぅ、うん……つぎから気をつけます」


 これで事件は解決かな。若干腑に落ちない点もあるが、時間が解決してくれるだろう。ついでに千聖さんの性格問題も解決してくれると嬉しいのだが。


「さ、景気祝いにアイスでも食べに行きましょう! なんだか私、アイス食べたくなっちゃったのよね~」


 実は僕も、さっきまで『溶けたアイスでもいいから食べたい』と思っていたところだ。


「よし、行こうか」

「いつもは愛樹ちゃんとふたりだけど、今日はれいくんも一緒だね」

「って何で付いてくんのよ?!」


 思い出したかのように、磁石のように僕と反発した。確かにいつもはこの距離だ

けど、ここまで嫌がられるとヘコむ。


「え、と……ダメ、かな?」

「んと……ま、今日は玲のおかげで事件が解けたようなもんだし……きょ、今日くらいなら……」

「わぁ、愛樹がれいくんに優しい~」

「ちょっと! 別に優しくしてないわ、荷物持ちよ!!」


 騒がしい事件の終わりに3人で帰宅する。ももかと愛樹が話をしている間、僕は顔を突き合わせたときのこと思い出す。ちょっとドキドキ。


「待て、私を誘う気はないのか?」

「アンタはゲーム世界で食べればいいでしょ? 魔法のアイスでも」

「ぐ……」


 おお、千聖さんが押されている……。


「ま、ゲームのアイスは食べても太らないからな」

「さぁ、行きましょ行きましょ」

「おい待て太るぞ絶対太るぞ2kgくらい太るぞ、今の愛樹の体重がごげふっ?!」



 ーーーその後。

 誰もいなくなった部室から、つぶやきが零れた。


「ふぅ、なんとかごまかせたな。……ま、こうしてアイスを食べれて良かった。実は、私がすり替えたのは保冷剤じゃなく、アイスなんだ。昨日買ったアイスが溶けてしまってな……困ってたら、偶然ももかが同じアイスを買ってきたんで、利用させて貰ったのだよ。

 ……ああ、ももかの匂い? あれはデタラメだ。本当にあの子の匂いを手に入れてたら、もっと他の遊びができたんだから」

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