第2話 美女を振る男
ひどい頭痛だ。
日は高く上り、カーテン越しの日差しがまぶしい。
蓮は、いなかった。明るい部屋で顔を合わせ,気まずい思いをせずに済むことに、俺は、ほっとした。
やっちまった。
流し目のような視線、唇に触れた指を噛まれたこと。
キスをむさぼり、服を脱ぎ散らかし、肌を重ねた。夢中で腰を上下させ、蓮の腹の上にザーメンをぶちまけて、ようやく我に返った。
「ごめん」
ティッシュで汚れをふき取ったところまでは記憶があるのだが。
ああ、やっちまった。もう、蓮と合わせる顔がない、せっかく仲良くなれたのに。酔った勢いとはいえ、男と、なんて。
ゴールデンウイークは、あっという間に終わった。俺は、茨城の実家で過ごした。兄の孝一は彼女と旅行、上の弟の謙三は北海道の大学に行っていて、帰省せず。下の弟・四郎は受験生。勉強を教えてと言われたが、文系の俺に、数学を教えろと言われても困る。
㋄3日の誕生日は、両親と四郎と焼き肉を食べ、地味に23歳を迎えた。
美穂からは、音沙汰なし。もしかして蓮からお祝いメールくらい、と思ったが、それもなかった。
怒ってるのかなあ。
どうせあと1年弱の付き合いだし、気まずく終わってもいいようなものだが、何かひっかかる。
大学には、なるべく行かないようにした。必修科目はまだ残っていたが、蓮と会うのが怖かった。
6月に入って間もなく、キャンパスで、俺は呼び止められた。
「こないだは、すみませんでした」
家飲み会をドタキャンした田川だった。リクルートスーツを着ている。3年生は就活の季節なんだと、やっと俺は気づいた。
「いいよ、そんなの。早く決まるといいな。内定が出たら、飲もうぜ」
「はい。じゃ、俺、就職部に行くんで」
「おう。またな」
田川を見送った後、視線を感じて振り返ると、蓮がいた。こちらも紺のスーツ姿。モデルか、と思うほど、よく似合っている。
腰が引けたが、逃げるわけにもいかない。平静を装い、カフェに誘うと、蓮は素直についてきた。
「あの時は、ごめん」
向かいの席の蓮を、まともに見られない。やっとそれだけ言うと、
「なんで謝るんですか。俺は、楽しかったです」
無表情に、蓮は言った。
「そ、そうか。なら、よかった」
俺は、ほっと胸をなでおろした。
「黙って帰ってしまって、すみませんでした。なんか、気持ちの整理がつかなくて」
「うん」
蓮も、同じ思いだったようだ。
「いや、それは別に、いいよ」
思えば、あれは蓮が誘ったようなものだ。唇に触られて、イヤだったら、顔をそむけるとか、手を振り払うとか、すればいい。ならば俺だって、それ以上のことはしなかった、たぶん。
それに、酔った勢いで、てのは、男女間ではよく聞く話。男同士でも、けっこうあるケース、だったりして。誰も口外しないだけの話で。
まるで言訳のように、ぐちゃぐちゃ考える。
「楽しかった」とは、どういう意味だろう。話が盛り上がって楽しかったのか、それとも?
とりあえず気が軽くなり、俺は蓮に、
「よかったら、また来いよ」
「はい、伺います」
明るい声で、蓮は答えた。
蓮からの連絡はなかった。就活で忙しいのだろう、と深く考えはしなかった。
そんなある日、俺は、同じ経営学部3年で、大学一の美貌を誇る、
「ごめんなさあい」
薄笑いを浮かべる華音。ダメもととはいえ、小ばかにされて気分が悪い。長く付き合った彼氏と別れたと聞いて、色気を出したのが間違いだった。
その華音が、蓮と歩いているのを、俺は目撃してしまった。二人ともリクルートスーツ姿。
そういうことか。美男美女でお似合いだよ。
蓮は、楽しそうに笑っていた。
これでよかったんだ。一夜限りの過ちのことも、これで忘れられる。
二人の姿を見送りながら、俺は安堵し、一方では何かもやもやしてしまった。
夏休み。俺はバイトに明け暮れた。華音のことも、蓮のことも忘れかけていた。バイト先の女の子と、ちょっといい感じにもなっていた。
後期が始まった日。俺は映研の4年2人に田川を交えて居酒屋で飲んだ。田川から、彼自身も、蓮も、就職が決まったことを聞いた。
少し遅れてきた山田が、座に現れるなり、
「おい、聞いたか。松橋、華音をふったんだって」
驚きの話題が出た。
「マジか。あの華音を」
佐竹が、目を丸くする。
「ああ。華音、『なんにもしてくれなかった』て怒ってたって」
山田の言葉に、
「何もしなかったのか、あの華音に! もったいねえなあ。俺だったら、なんでもしちゃうよ、ヒヒヒ」
「俺もッスよ、へへへ」
佐竹も田川も本音を漏らす。俺はなんだか嬉しくなって、
「実はさあ。俺、華音に振られたんだ」
言わなくてもいいことを、口にした。何か、わだかまりが消える気がしたた。と、
「俺もだよ」
山田が告白した。4人のうち2人が、華音に振られていたのだ。
「いやあ、松橋を見直したよ」
もてまくる蓮に嫉妬し、チャラ男、女たらし、とディスっていた山田も佐竹も、
「松橋にカンパーイ!」
と、大いに盛り上がるのだった。
その夜。俺は酔いの勢いもあり、久々に蓮に連絡した。
どんなふうに華音を振ったのか、詳しく聞き出さなくては。
そんな、軽い気持ちだった。
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