遊びだったと言ってくれ~あいつと俺の罪な日々
チェシャ猫亭
第1話 あぶないクチビル
「なんだよ、自分から誘っておいて」
俺は苦笑して電話を切った。内定祝いしましょうよ、と言い出した本人、サークルの後輩、田川正雄がドタキャンしてきたのだ。
「田川、バイトが入ったって」
先に俺の部屋に来ていた
「そうですか。じゃ、二人で飲みましょ」
あっさりと言った。
「だな」
と応えながら、ちょっと気づまり。
蓮は田川と同じ、経済学部の3年生だが、ほとんど口をきいたことがない。超がつくイケメンで、やや冷たい印象。ふだん気安くしている田川が来るというから、「松橋も行きたいって。いいっスか」の言葉にもOKを出したのだ。が、ソファも置けない狭い部屋だし、二人でよかったのかもしれない。
国産の、けっこう高級なウイスキーを蓮はお祝いに持参していた。ハイボールにするといいですよ、と、重いのに、炭酸水まで買い込んで。
俺たちは笑顔で、缶ビールを開けた。
「
「サンキュ」
ビールを喉に流し込む。最初の一杯は、どうしてこんなに美味いのだろう。
宅配ピザも届き、俺の部屋で、二人きりの祝宴が始まった。
4月下旬の金曜の夜。ようやく就職内定を取り付けた俺は、心底ほっとしていた。他の連中よりは遅れたが、どうにか中堅商社に採用が決まった。成績はいまいち、サークルは映画研究会、それもただ、好きな映画を見てただけ。就職に有利な要素は、皆無だったのだ。
映研とは映画の話をするところかと思ったら、将来は映画を作りたい、映画関係の仕事に就きたいメンバーばかりで、ついていけなかった。といって抜けてしまえば、ただでさえ友達が少ない俺は、孤立してしまいそうで。だらだら在籍するうちに4年生になった、というのが実態だ。
「うまいな、このハイボール。いいウイスキーだと、こんなに違うんだ」
蓮の内定祝いの酒の味に、俺は感激していた。
「よかったです」
それきり話が途切れてしまう。こんな時は、出身地、家族構成などが無難なところだろう。蓮が静岡出身というのも、この日、初めて知った。
「きょうだいは?」
俺が尋ねると、蓮は、
「妹がいます」
「へえ。紹介してよ」
蓮の妹なら可愛いだろうと下心が芽生える。
「まだ幼稚園ですよ」
苦笑する蓮。
「えっ。ずいぶん年が違うんだな」
「15年、離れてます。新しい父の娘なんで」
蓮の両親は離婚したのだろうか。少し複雑な家庭のようだ。
「でも女のきょうだいがいて、羨ましいよ。うちは男ばっか4人。俺は次男」
「それで名前に『二』がつくんですね」
「そう。憲法記念日に生まれたから。憲法の憲に、二で『憲二』」
「じゃ、来月、誕生日ですね。お祝いしなきゃ」
「いいよ、そんなの」
顔の前で手を振る。もう23歳、ちっともうれしくない。一浪してるから、皆よりひとつ年上だし。
「4人兄弟かあ。にぎやかで楽しそうですね」
「おふくろは大変だったぜ。4人で暴れまわって、家の中めちゃくちゃにして。一人でいいから女の子がいれば、ってさ。俺、将来は娘が欲しいな」
「そうですか」
こんな感じで、けっこう話がはずんでいった。
映研に入るくらいだから互いに映画好きなわけで、初めて見た映画、一番好きな映画、監督、女優に男優、脚本家。逆に気に入らない映画、期待外れだった映画、などなど、話は尽きなかった。蓮も、俺や田川同様、単なる映画好き。小難しい映画理論などに話がいかなくて気楽だった。
散々飲んだ後でトイレに立ち、ふと鏡を見て、俺は笑ってしまった。
ひでえな。
ぐしゃぐしゃの髪、ぶっとい眉。目は小さくはないが、白目が濁り、無精ひげも見苦しい。
数時間、イケメンの蓮を見続けたせいか、自分の風貌に改めて幻滅する。
まるで美女と野獣。いや、王子と下僕か。
部屋に戻ると、
「はあ。飲みすぎちゃいました」
蓮が吐息を漏らした。
床に腰を下ろし、ベッドにもたれかかっている。
俺はグラスを手に、美しき王子・蓮の隣に座った。体温が伝わるほどの至近距離に。
上気した横顔が、ドキッとするほど色っぽい。
男のくせに、ほんとに綺麗な顔してるよなあ。
映画もずいぶん見てきたが、どんなイケメン俳優にも、引けを取らない美貌だ。
こんなのが、女に不自由するなんて、あり得ないよな。
俺は、先日けんか別れした美穂のことをを、ちらっと思った。
しつこい視線に気づいた蓮が、
「俺の顔に、何かついてます?」
と、こっちを見た。
「いや、なんでもない」
なんでもないどころじゃない、喉がカラカラだ。
薄く開いた紅い唇。
ごくっと息を呑む。そこから目をそらすことができない。
吸い寄せられるように人差し指が、蓮の唇にふれた。温かく、やわらかい。
俺は、何をしてるんだ。
離そうとした瞬間、指先を蓮はくわえ、噛んだ。熱い目で、俺を見る。
俺は声にならない声をあげ、唇を奪いにいった。
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