耀の葛藤

(夢の世界と現実の世界をごちゃまぜにしないように、かぁ…)

 家に帰り、夕飯も風呂も済ませた耀はベッドの上で仰向けになっていた。

 明日からはゴールデンウィークで、学校もない。なのでいつもの自分ならもっとわくわくするはずなのに、耀は少し気分が沈んでいた。

(店長の忠告って、現実では夢の世界で出会った人とは関わるなってことだよな…)

「はぁ…」

 天井を見上げながら、耀は珍しくため息をついた。

「じゃあ、明日あるアツシ先輩の試合も、やっぱり見に行っちゃだめってことなのかなぁ…」

 悪夢で出会ったアツシの不安そうな顔が、耀の脳内でちらつく。

 今日、店長にあんな忠告をされなければ、耀は明日にでも彼の応援に駆け付けるつもりでいたのだ。

 だが、それに釘をさすようにあんな話を持ち出したということは、店長は自分の考えを見透かしたうえで注意してきたのではないだろうか。

「ああ~、なんかもどかし~!」

 うつ伏せになり、枕に顔を押し付けて「あ~!」と叫ぶ。

 耀はよくもやもやした時、この方法で鬱憤を晴らすのだ。足をバタバタさせ、掛布団を叩き、整理のつかない気持ちを発散させる。

「あ、そうだ。一人で考えててもしょうがないじゃん。みんなに相談しよう!」

 耀は勉強机の上に置いていたスマホを枕元に持ってくると、四人にメッセージを送った。

『やっほ~! みんなまだ起きてる? あのさ、ちょっと相談があるんだけど』

 ひゅぽっ、と空気の抜けたような音を立て、自分の送ったメッセージがグループに送信される。すると、以外にもすぐに既読が二つついた。

『どうしたんですか?』

『相談ってなんだ?』

「おおっ、直生と仁じゃん。あいつら、意外とこんな時間まで起きてるんだな」

 スマホの時計は夜の十二時十五分を指している。直生なんかは十時ごろにはとっくに寝ているのではないかと勝手なイメージを持っていたので、耀は少し驚いた。

「え~っと、どうやって送ろうかな…」

 耀は相談事を文字にするのに時間がかかってしまう予感がしたので、結局こう送った。

『ごめん、文字だとうまく言えないから、グループ通話でもいい?』

『いいですよ!』

『了解』

 耀は二人からのメッセージを確認すると、すぐに電話をかけた。

「あ、もしもし? ごめん、二人とも。夜中に電話しちゃって」

「別にいいよ。それで、どうかしたのか?」

 仁の声が耳元で聞こえた。画面を見ると、直生も通話に参加していたが、こちらに音声が聞こえるようにする設定に戸惑っているらしい。

 だが、自分の声は直生にも聞こえているはずなので、耀は構わず話した。

「あのさ…。今日、店長から、夢の世界で会った人とは会わないほうがいい的なこと言われたじゃん?」

「ん? ああ、そうだな」

「でも、俺さ、アツシ先輩の最後の試合、どうしても見に行きたいんだよね。なんていうか、やっぱり気になるじゃん! 先輩、試合に出れたのかなとか、笑顔で終われたのかな…とかさ。あと俺、どうしても先輩を応援しに行きたいんだよ! でも、今日店長から言われたこととか考えると、行かないほうがいいのかなって思っちゃって…」

「あ、やっと入れた! なるほど。耀くんは、行くべきか行かないべきかで葛藤している最中なんですね?」

 設定を終えた様子の直生が、会話に途中参加してきた。

「そう、それ! 俺、今めちゃくちゃ葛藤してるんだよ!」

 直生の秀逸な言葉選びに、耀は大いに頷いて見せた。もちろん、電話だから二人に自分の姿は見えないのだが。

「俺は別に、行ってもいいと思うけどな」

「へ? い、いいの?」

 仁のあっさりとした解答に、耀は拍子抜けした。

 どちらかと言えば大人のいうことには素直に従いそうな彼から、そんな意見が出るとは意外である。

「あの人が心配してるのは、夢の番人が夢主と関わることだろ? 別に、応援だけなら先輩と直接話したりするわけじゃないんだし、大丈夫だろ」

「…そ、そっか……!」

 耀の心の中のわだかまりは、予想以上に早く消え去っていった。

「僕も仁くんと同意見です!」

 直生の後押しもあり、耀の鬱々とした気分はあっという間にどこかへ吹き飛んだ。

(そっかそっか! 二人もそう思ってるんなら、何も後ろめたく思う必要はないよな! それなら…!)

「じゃあさ、明日みんなでアツシ先輩の試合、見に行こうよ! 俺、アツシ先輩がいるサッカー部の部員の子と友達だから、やってる場所わかるんだ!」

 思い立ったらすぐ行動派の耀は、最初からそういう運命だったかのように、直生と仁に一緒に試合を見に行く約束を取り付けた。その後会話に入ってきた陸も説得し、四人は明日のアツシの最後の試合を急遽見に行くことになったのだった。


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