ブロークンハートドラゴン(2)

「はい、言いましたけど…」

「じゃあ、今あたしがいるのは悪夢の中ってことであってる?」

「うん、そうだよ」

 耀は敬語を忘れ、こくこくと頷いて見せた。

「そっかぁ…よかったぁ……!」

 マキはきつくつかんでいた耀の腕を離すと、ふらふらと背中から歩道橋の欄干にもたれかかった。

「さっきは、どうもありがとう。私を助けてくれて」

「いや、これが俺たちの仕事なんで」

 耀たちもマキと反対側の歩道橋の手すりにもたれかかる。四人とマキは向かい合う恰好になり、彼女は静かに話し始めた。

「実はね、この悪夢は今までにもう何度も見てるの。だから、ホノカが出てきた時も、本当は偽物だってわかってた。だってホノカは、あたしのことをあんたなんて絶対に呼ばないから」

 マキはそう言って、苦笑いした。

「ホノカは、あたしの大親友なんだ。小学校から仲良しで、中学も高校も一緒なの。部活もおんなじ吹奏楽部だし、帰り道はいつも一緒だった」

「一緒だった、ってことは、今はもう一緒に帰ってないってことですか?」

 仁が核心をついた質問を投げかけると、マキは寂しそうな笑いを浮かべた。

「うん。あたし、ホノカと喧嘩しちゃったの。さっき見てたならなんとなく状況はわかったと思うけど、あたしとホノカの好きな人が、運悪く被っちゃったんだよね。それで、あたしはフラれて、ホノカはその人と付き合うことになった」

 耀は、俯きながらそう語るマキに、なんと声をかければわからなかった。だが、彼女は構わず話を続けた。

「でもあたしは、ホノカが先輩のこと好きだったなんて、ちっとも聞かされてなかった。正直、ショックだったよ。あたしはホノカになんでも話してたけど、ホノカは私に秘密を抱えていたなんて。しかも、あたしはそれに全然気づいてなかった」

 彼女の顔が悔しそうに歪む。それを見ると、耀も心が痛んだ。

「でもさ、あたしと好きな人が同じなら、堂々と言ってほしかったんだ。先輩から初めて二人が付き合ってることを聞かされた時、ついホノカに裏切られた気分になっちゃったんだよ。だから、こんな夢を繰り返し見ているんだと思う」

 マキはそこまで話し終えると、はぁ~と深いため息をついた。

「でも、お友達のホノカさんも、マキ先輩を傷つけたくなかったから、なかなか言い出せなかったんじゃないですか?」

「たしかに、そうかもね。ホノカは優しい子だから」

 直生がホノカのことをフォローすると、マキは素直に頷いた。

「先輩から本当のことを聞かされた次の日、あたしは部活でホノカに会った。ホノカは、すごい申し訳なさそうな顔をして、あたしに謝ろうとしてきたよ。多分、あたしに言い出せなかったことにすごく罪悪感を感じてたんだと思う。でもあたし、それを無視しちゃったんだ。なんか、どうしてもそんな簡単に仲直りできなくて…」

「んで、それ以来そいつとは口を聞いてない…って感じか?」

「…うん。本当は自分から謝らなくちゃって思ってるんだけどね」

 陸がそうそうに結論をまとめると、マキはまた俯いて黙りこんだ。

 耀はどうしたものかと頭を悩ませた。

 偽物のホノカを切っても、この夢は消えなかった。ということは、まだ悪夢の核はこの夢の世界のどこかに残っている。彼女の話を全て聞いても、何か参考になりそうなものは特になかった。

 マキはすでに自分の負の感情と向き合えている。これ以上、この夢が悪夢と化す展開はあまり想像できなかった。店長は本当に自分たちを悪夢の世界に連れてきたのだろうか。これは単純にちょっと怖い夢というだけな気がするのだが。

「なぁ。それ、本当にあんたの本心か?」

「…え?」

 陸がミキの胸の内を見透したように、低い声で語りかける。その台詞に、マキの表情が一瞬曇った。それにも構わず、陸は強気でマキに詰め寄る。

「あんたさぁ、さっきから善人ぶってる感じがするんだけど。本当に、自分の方から謝らなきゃ、なんて思ってんのか? もとはと言えば、向こうの方が悪いじゃねぇか。なぁ、あんた。さっき言ってたよな。友達には先輩に告白するって相談してたって。なのに、友達はあんたがフラれるとわかっていながら、あんたを引き留めなかった。それに、過去を辿れば、あんたはちゃんと好きな人を宣言したのに、その友達はあんたには自分の気持ちを言わず、さらにあんたが先輩のことを好きと知っていながら、黙ってそいつと付き合った。普通に考えて、あんたの大好きな友達の方が悪くねぇか?」

 ホノカの方が悪いのではないかという陸の意見を聞き、マキは目の色を変えた。

 さっきまでの申し訳なさそうな顔はどこへやら、唇の端を上げ、ニタリと笑う。それはまるで悪魔の微笑みだった。

「そうよ。もとはと言えばホノカが悪いのよ。だって私、一年の夏から先輩のことが好きで、そのことでずっとホノカに相談してきたんだよ? なのに、ホノカは自分も先輩が好きだなんて一言も言わなかった。それにさぁ、友達の好きな人は、普通好きにならないようにするのが常識じゃない? あたしだけ気持ちをさらけ出して、ホノカは何も言わずに先輩を奪うなんて、そんなの不公平だよ!」

 マキはそこまで言うと、焦点の合っていない目で遠くの方を見た。

「あ~あ、ホノカに恋愛相談したあたしがバカだった。そうすれば、さっさと告白して、先輩と付き合えたかもしれないのに…」

 マキは一人でぶつぶつと呪文のように後悔を唱え始めた。一度ホノカの悪口を言い始めた彼女の口からは、ずっと心の奥底にため込んでいたらしい負の感情が延々と吐き出される。

「こんなことになるなら、先輩なんか好きにならなきゃよかった。そもそも、恋なんかしなきゃよかった。ホノカと同じ部活じゃなきゃよかった。ホノカと違う学校を受験すればよかった。こんな、こんな惨めな思いをするくらいなら…」

 マキの瞳孔が、縦長にぐわっと大きくなる。耀たちはそれを見てぎょっとした。彼女の目はだんだんライオンの目のように、白目の部分が黄色へと変化してきたのだ。

「ホノカと、親友になんかならなきゃよかった‼」

 マキの顔の皮膚に、パキパキと音を立てて硬い鱗が出現する。赤い鱗は彼女の顔、首筋、そして腕や足にどんどん増殖していった。彼女の手の先の爪は鋭くとんがっていき、黒光りする硬いものへと変貌する。

「うわわわわっ‼」

 耀たちは成す術もないまま、姿を変えていく彼女を震えながら見るほかなかった。

 その時、ミキが立っていた場所から、歩道橋に亀裂が入り始めた。地面に入ったヒビは、マキが立っている場所から網目状にどんどん広がっていく。

 やがて、ボコッ! と大きな音を立てて、彼女はさっきまでもたれていた柵の部分とともに、地上に落下していった。

「マキ先輩‼」

 耀は大声で叫び、彼女が落ちた方へと慌てて目を向けた。

 だが、変身途中だった彼女は、地面に落ちる直前でふわりと浮いた。

 なんと、彼女の背中から赤い翼が生えていたのだ。赤い翼は一気に巨大化し、三メートルほどの大きさになる。そして、彼女の進化は止まることなく、体は大きく膨れあがり、あっというまに歩道橋の近くにある、小さめのビルと変わらない高さまでになった。

 その生物は耀たちの前に立ちはだかるようにして、大きな翼を羽ばたかせ、宙に浮いて留まった。

 彼女が変身したのは、絵本に出てきそうな赤い巨大ドラゴンだった。

「なんっじゃこりゃあ!」

 陸が後ろに仰け反りながら叫ぶ。

 ドラゴンは一声、ギャオー! と鳴いた。

 鳴き声は耀たちの腹の底に響き、歩道橋がさらに横に激しく揺れる。翼の風圧だけで耀たちは吹き飛ばされてしまいそうなのに、これ以上暴れられたら間違いなくこの歩道橋は倒壊する。

「この状況、やばくね⁉」

「ああ、まずいな」

 耀がドラゴンの翼の音に負けないよう叫ぶと、仁も同意した。

「おい、これからどうすればいいんだよ⁉」

 陸は混乱し、耀と仁を交互に何度も見た。

 ドラゴンは耀たちのことを長い首をもたげて見下ろすと、口をパカリと開けた。その部分から、熱い湯気が出現する。

「おい、それってもしかして…!」

 耀の脳裏に小さいころからやっていたモンスターを育てるゲームの必殺技がチラつく。

(まさかそこから火ぃ吹いたりとかしないよね…⁉)

 耀の願いはむなしく、ドラゴンは尖った歯がずらりと並ぶ口内から、炎を耀たちに向けて勢いよく噴射した。

「あっちぃ!」

 炎をぎりぎりのところで交わし、すぐにドラゴンに真正面に向き直る。次、どこに攻撃されるかきちんと見極めるべく、耀はすぐに臨戦態勢に入った。

 その時、視界がぐらりと大きく揺れた。

 なんと、歩道橋の様々な箇所に大きな亀裂が追加で入り、耀が予想していたように崩壊が始まったのだ。すぐ近くで、三人の足元が崩れ、自分と同じように宙に浮くのが、スローモーションで見えた。

「うわーーーー!」

 四人は足場がなくなり、破片と化したコンクリートや曲がった手すりなどと共に、地面に落ちていく。このまま地面に体を打ち付ければ、確実に骨は折れるはずだ。

 耀は自分に襲い掛かってくる痛みに耐えるため、ぎゅっと目を閉じた。

 だが、耀の体はなぜか勝手に動き、空中で宙返りを始めた。

「へ⁉」

 落ちていくコンクリートを足場にし、下へと向かって軽やかに移動する。そして、道路の上へと柔軟に転がり、衝撃を緩和しながら受け身をとりつつ、見事に着地した。

 自分でもにわかに信じられない動きに、ぽかんとする。耀の体はほとんど無傷で、制服が少し土埃で汚れているくらいだった。

「耀、無事か?」

 声をかけられ、ぱっと振り向く。

 なんと隣の仁も無傷だった。彼はまるで何事もなかったかのように立っており、ドラゴンを静かに見据えている。

「仁! 俺、なんかさっきスーパーヒーローみたいな動きできたんだけど!」

「耀くんもですか⁉ それ、僕もです! 僕も、勝手に体が動いてました!」

 むくりと地面から起き上がった直生が、少し興奮気味に話した。

 陸も感動しているのか、自分の体を信じられないとでもいうように、まじまじと見つめている。

「もしかして、これが店長が言っていた、夢の番人の特権能力じゃないですか?」

 直生の意見に、耀は「あっ、そうかも!」とすぐに同意する。

『実はね、夢の番人には、夢主とは違って夢の世界をうまいこと過ごせるような特別な力があるんだ』

 店長が意気揚々と耀たちに語り掛けてきた姿が、一瞬脳裏に浮かぶ。そういえば彼はそなことも前の長い説明の最中に言っていた。

『夢の番人は悪夢を浄化するのが仕事だから、悪夢の世界で簡単にはひどい目に遭わないよう、頑丈な体を持つことができる仕組みになっているんだ』

『なんとねぇ、スーパーマンみたいに重いものを持ち上げたり、オリンピックの陸上選手よりも早く走れたりするんだよ! へへん、すごいでしょ!』

『まぁでも、それくらいのハンデがないと、悪夢の浄化は難しいということなんだけどね』

 店長が言っていた特別な力とは、このことか。耀は、漫画のアクションシーンみたいな動きができたことに、一人感動した。こんな動きができるなら、ミウの夢にいた時から実践したかった。

(やっぱりこの仕事、めちゃくちゃおもしろいじゃん!)

 体中の血液が自分の身体の中を、どくどくと音を立てて駆け巡る。耀は自分が今、大いに興奮しているのを感じていた。

 しかし、状況は悪化の一途を辿っている。

 ドラゴンは攻撃の手を緩めず、また大きく口を開け、耀たちをめがけて火炎放射をしようと試みた。

「まずい! とにかくここを離れよう!」

 耀がそう告げると、三人も頷く。耀たちはドラゴンとは反対方向に、車が一台も通っていない車道を駆け抜けた。普通に走っているつもりなのに、現実世界でのスピードとはまるで違う。耀たちは普段の二倍ほどの速さで道路を走った。

「すげぇ! めちゃくちゃ速い!」

 耀は手足を動かしながら、歓声を上げた。すぐ隣で一緒に走っている直生は、スピードに慣れないのか、恐怖で顔が引きつっている。

 そんな中、ドラゴンは大きな翼で空を掻き、耀たちを空から攻撃し始めた。

「うわっ、やべぇ!」

 ドラゴンが吐いた火の玉は道路に穴を開け、近くにあった信号をなぎ倒した。放射される火はそうとうな威力があるらしく、ビルに当たった火球は窓ガラスを粉々に砕いた。その破片が、耀たちの近くまで降ってくる。後ろを振り返ると、道の至るから煙が上がっている。全部、ドラゴンの炎に焼かれてしまったのだ。

「おい! 耀、右見ろ! 飛んできてるぞ!」

 陸が叫び、耀はまた自分を目掛けて飛んできた炎を跳んで交わした。耀の体は自分の身長よりも高く跳び、そのまま前に綺麗に着地する。夢の世界での運動神経の良さに、耀はまたまた感動した。自分と同じく、陸や直生も、それぞれ俊敏に動き、ドラゴンの攻撃を次々に回避する。

(でも、こっちから攻撃を与えることがなかなかできないな…。だって、相手は夢主のマキ先輩なわけだし…)

 耀は走りながら、現状をこれからどう切り開くか思考を巡らせる。

 すると、隣で自分と同じことを考えていたらしい直生が、息を切らしながら叫んだ。

「あの! このまま逃げ続けても、たぶんミキ先輩を止めることは無理だと思います!」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」

「とにかく、僕たちも空中戦に持ち込みましょう!」

「空中戦?」

「そうです! 相手は空から僕らを攻撃してきてる。だから、地上にいる限り僕らは圧倒的に不利です!」

「でも、俺たち、いくら夢の番人の力は持っていても、さすがに空は飛べないんじゃないか?」

 耀がそう指摘すると、直生はより一層真剣な表情になった。それを見て、耀はピンときた。もしかしたら彼には、もう打開策あるのかもしれない。

「僕に考えがあります! 出ろ、なんか飛ぶもの!」

 直生は走りながらそう叫んだ。

 彼の利き手である左手の甲から、金色の羊の印がゆらりと浮かぶ。そしてそれは、一瞬光ったのちに耀たちの目の前に現れた。それは耀たちの前を誘導するように、飛行している。

「ギャオ!」

 ミキが変身したものよりも、一回り小さなドラゴンが耀たちの方に首をもたげて鳴いた。

「なんでお前もドラゴン出したぁ⁉」

 陸がドラゴンに負けない声の大きさで、盛大にツッコむ。直生が出現させたドラゴンは緑色の鱗をしており、マキが変身したものより一回り小さかった。くりっとした金色の目でこちらをしきりに振り返っている。

「すみませんっ! なんか何も考えずに飛ぶものを出現させようとしたら、こんな風になっちゃいました…」

「んなことは聞いてねぇんだよ! 敵もう一匹増やしてどうすんだ!」

「ひぇ~!」

 激怒する陸に、直生はいつものように縮み上がる。だが、前を行くドラゴンはこちらに向かって何も攻撃してこない。むしろ、何度も耀たちを振り返り、何かを訴えているように見える。耀はその様子を見て、ピンと来た。

「わかった! この子、俺たちに背中に乗れって言ってるんだ!」

「ギャオ!」

 小ドラゴンはまるで返事でもするかのように、かわいらしい声で鳴いた。

「はぁ⁉ そんなわけ…」

「じゃあ、お邪魔するねっ!」

「おいっ‼」

 耀は陸が最後まで言い終わらないうちに、走る速度を速め、ドラゴンの背中にぴょんと飛び乗った。ドラゴンは耀が飛び乗っても、少しも暴れなかった。

「そういうことなら…」

 耀に続き、仁、そして直生も意を決して背中に飛び乗る。

「ほら、陸も来いよ!」

 耀はまだ道路の上を走っている陸に手を伸ばす。

「本当に、大丈夫なんだろうな⁉」

 そう言いながらも、陸は結局背中の上に華麗に着地した。ドラゴンは四人が自分に乗ったことを認識すると、バッサバッサと翼を羽ばたかせ、上空へと上がっていく。

「うわ~! 高ぇ!」

 ドラゴンの上からは、遠くの山まで簡単に見渡せた。直生が出現させた小ドラゴンは、思いのほか速いスピードで飛び、耀たちはとっさに背中のこぶにつかまる。

 だがちょうどいいことに、ドラゴンには腹から背中にかけて紐のようなものが何本か結び付けられていた。そっちの方が持ちやすいので、その紐を慌ててつかむ。前からは風がゴーゴーと吹きつけ、耀たちの髪をなびかせた。

「でも、これからどうする? まだ悪夢の核は見つかってないけど」

 仁も紐を持ちながら態勢を整え、マキの方を顎でしゃくった。

 そう、仁も言っているように、ミキの体には黒い靄がかかる悪夢の核らしきものが見当たらない。ということは、一番の悪夢の元凶でありそうな彼女が、核ではないということだ。ならば、下手に彼女を攻撃することはできない。

「そうなんだよな……いったい、どこにあるんだろって、うわっ!」

 ブォワッ! とドラゴンが吹いた火が、飛んでいる耀たちに当たりそうになり、小ドラゴンが大きく体を傾ける。そして、かわいらしい見た目の小ドラゴンは激しいスピードでめちゃくちゃに飛び始めた。急に上に上がったかと思えば、そこから一気に下降し、さらに右旋回する。倒れてきそうなビルをすれすれのところで交わし、そこからまた急上昇した。

 これではまるでジェットコースターだ。

「ぎゃあああああああ‼」

 耀たちは盛大に悲鳴を上げた。直生は絶叫系が苦手なのか、となりで気絶しかかっている。四人の体、浮いたり、ドラゴンの体に叩きつけられたりを繰り返した。だが、小ドラゴンは少し疲れたのか、マキよりも高い位置でスピードを弱め、安全飛行を始めた。

 しかし、そういう時に限って、悲劇は襲い掛かってくるものだ。

「仁! 危ないっ!」

 耀は仁の後頭部にマキが吹いた火の玉がぶつかろうとしているのに気がついた。

 だが、もう遅い。それはすでに彼の体に接触寸前である。

 耀はなんとかそれから避けられるよう、仁の体を自分の方へ引っ張ろうとした。

 だがその瞬間に、まぶしい光に耀の目は覆われ、身動きがとれなくなった。

 カキーン!

「へ?」

 ふいに金属音が聞こえ、耀は閉じていた目を開けた。

 なんと、隣にいた仁は無事だった。

 彼は手に金属バットを持っており、耀が見たときには火の玉をそれで跳ね返した直後だった。

 仁に打たれた火球はマキの近くにあったビルにぶつかり、ボカン! と爆発する。マキは動揺したのか、鋭い縦長の瞳孔をきゅうっと細くさせた。

「…お前、あれを打ち返したのか⁉」

「すげぇ‼」

 陸と耀が驚いて目を見張ると、仁自身が一番驚きを隠せない表情で静かに頷いた。

 彼の反撃の成果もあり、マキは明らかに耀たちを意識し始めた。

 怒りを感じたのか、大きな口から白い湯気がフシュウウウウと吐き出される。これはまた、火炎放射の連続攻撃が来るに違いない。だが、耀たちもここで負けるつもりはなかった。

「よし! 俺たちも反撃を開始するぞ!」

「おー!」

 もうすでに体力が限界らしい直生以外の三人が、そろって声を上げる。

 小ドラゴンは耀たちの声に気合を入れられたのか、また激しく飛行し始めた。しかし、夢の番人である耀たちはすでにその激しい動きにも対応できるようになっていた。

 流星群のように飛んでくる火球を次々に避け、耀は仁と同じように自分の剣でそれを打ち返すそうと試みた。

 バランスを保ちながら、仁と同じくドラゴンの背の上に立ち上がり、剣を振る。

 すると、仁ほど遠くに飛ばすことはできなかったが、火球を真っ二つにすることに成功した。

「よっしゃあ!」

「よっしゃあ、じゃねーよ‼ お前、俺も一緒に切るつもりかよ‼」

 耀が下を見ると、陸の金髪が耀の剣先によって少しカットされていた。切ってしまったのは毛先の髪なので、髪型にはほとんど変化がないが、陸の顔は明らかに青ざめている。

「ごめん! 間違えちゃった、えへ」

「笑いごとじゃねぇんだけど⁉」

 仁はそんな耀たちには構わず、夢道具の金属バットで次々と火球を打っていく。まるで野球の千本ノックでも見ているようだ。

「くそっ! こいつなんかに任せてられるかよ!」

 陸は耀を睨みつけながら右の手の甲に、左手を当てた。その瞬間、彼の周りが一瞬白く光る。光が消えると、彼の左手には小さな拳銃二丁が握られていた。

「ふん! やっとこれで戦えるぜ!」

 陸はにやりと笑うと、迫りくる火の球に狙いを定める。そして、座った姿勢のまま、慣れた手つきで銃の引き金を引いた。

 連射された銃弾が次々に火球を砕き、あっというまに形成が逆転する。

「へっ、ざまぁみやがれ!」

「陸、すげぇ!」

 陸は銃口にフッと息を吹きかけ、煙を消した。

「これであいつも、ちょっとはおとなしくなるんじゃねぇの?」

 陸の言う通り、ドラゴンは混乱したのか、飛行を停止し地面の上でじたばたとし始めた。何かにもがき苦しむように、グワァアアア! と鳴き声を上げる。

「あっ! ねぇ、あれ見て!」

 耀はドラゴンの心臓のあたりを指さした。そこに、黒い靄がかかっていた。ここから見ると、まるでドラゴンの胸にぽっかりと穴が開いているように見える。

「もしかして、あれが悪夢の核じゃない⁉」

「多分そうだな」

 仁も周りの建物を次々になぎ倒していくマキの、心臓の部分に目をやった。

「でも、どうやってあの核を攻撃するんだ? あいつの近くまで行きすぎたら、いつ攻撃を喰らっちまうかわからねぇぞ」

 恐らく、陸の銃でもここからだとあの核は撃てない。距離がありすぎる。かといって、これ以上近づくのも危険だ。彼女は火炎攻撃は止めてはいるものの、近くにあるものを片っ端から破壊している。

 どうしたものか…と耀が頭を悩ませていると、仁がきっぱりと言った。

「俺に一つ考えがある。だから任せてくれないか?」

「わかった。でも、どうするつもり?」

 耀がそう尋ねた時には、仁はすでに別の世界に意識を向けていた。目を閉じ、何かを念じるように真剣な表情をしている。すると、彼の金属バットが、ふいに野球ボールへと姿を変えた。

「え? ボール?」

 耀と陸はぽかんとした。だが、仁はドラゴンの心臓を見据え、ぎゅっとボールを握りこむ。

「直生!」

「はっ、はい!」

 さっきまで魂が抜けているみたいな顔をしていた直生が、仁の声に息を吹き返した。

「このドラゴン、お前が出したんだろ。だったら、操作してくれないか? 三秒だけでいい。足場が揺れないように、まっすぐに飛んでくれ」

「わ、わかった! やってみる!」

 直生はドラゴンに指示した。

「ドラゴンくん、まっすぐに飛んで!」

 ギャオ! とドラゴンは鎌首をもたげ、元気よく返事した。

 直生の命令の甲斐もあり、耀たちの足場は揺れがなくなって安定し始めた。耀はその時、(直生が操縦できるなら最初からそうすれば良かったんじゃ…?)と思ったが、それは口に出さないことにした。

 仁は、野球のピッチャーのように足を揃えると、的をめがけて大きく振りかぶった。

 彼の腕は美しくしなり、ビュンっとボールが空を切る音が耀たちに聞こえた。

「いけ!」

 仁が力強く呟く。彼から放たれたボールは、心臓に当たる一歩手前で発光した。

 そして次の瞬間、日本刀の刃がドラゴンの心臓のあたりに突き刺さったのが見えた。

 仁は投げたボールを核に当たる直前で、わざと日本刀に形を変えるよう操作したのだ。

 マキの心臓部分にはびこっていた悪夢の核は、黒い灰となって流れ落ち、消えた。

「よっしゃあー!」

 耀たちは顔を見合わせ、ハイタッチした。

 その時、仁は今までに見たことない笑顔を三人に向けた。首筋に汗が流れ、目は何かを反射したようにきらりと光った。まるで何かの試合に勝った時のような、純粋な喜びの色が目に宿っていた。

 グワァアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼

 ドラゴンの叫び声が町中に響き、耀たちは思わず目をぎゅっとつぶる。

「ああっ、あれ見てください!」

 直生がマキを指さし、血相を変える。ドラゴンは苦しい呻き声を上げながら、みるみる小さくなっていった。鱗が消え、翼も縮んで消えていく。そして、元のマキの姿が空中に放り出されるようにして現れた。

「マキ先輩っ! あんなところに!」

「元の姿に戻ったのか!」

「おい! このままだとあいつ、地面に落ちて死んじまうぞ!」

「そうはさせません!」

 直生はそう言うと、

「ドラゴンくん! マキ先輩を助けるんだ!」

と大声で叫んだ。

 ギャオ! 小ドラゴンはそう返事すると、すぐにマキのもとへと猛スピードで飛行した。

「うわー!」

 耀たちは必死に紐にしがみつき、前からくる風に耐えた。ドラゴンは一瞬でミキの落下地点に追いつき、その場で彼女が落ちてくるのを待ち伏せた。マキの姿が背中からすごいスピードで頭上に迫る。耀はとっさに夢道具を大きなクッションに変えた。

 ボフッ。

「うっ……」

 制服姿に戻ったマキは、呻き声をあげながらゆっくりと身を起こした。耀が召喚したクッションに、彼女は見事吸い込まれた。四人はそれを囲んで覗き込む。ドラゴンの背中は意外に広く、五人を乗せてもまだスペースが余っているくらいだった。

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