今日の夢主は...?

 裏口から地下室に行くと、直生と仁はすでに茶色のソファで座って待っていた。

「やっほ~! 二人とも、もう来てたんだ!」

「あ、はい! でも、さっき来たところですよ」

「あ、そうなの? ってか、店長はまだ来てないの?」

「今、来ましたよ~!」

「どわぁあああ!」

 羊顔の店長がドアからにゅっと現れ、隣にいた陸が大げさに悲鳴を上げる。

「だから! その顔、普通に怖いんだよ! 変身してるならそう言っといてくれよ!」

「え~、いい加減慣れてよ~」

 店長は今日も紅茶とクッキーをお盆の上に置いて持ってきた。今日はホットの紅茶ではなく、アイスティーらしい。グラスの外側に結露がつき、中に入っている氷がカランと音を立てる。

「今日、暑かったでしょ。これ、よかったら飲んで」

 店長はソファの前のローテーブルの上にアイスティーを置いていく。耀たちは彼の言葉に甘え、それをぐいっと飲み干した。

「かぁ~っ! うまいっ!」

「お前は風呂上りのおっさんか」

 最近は陸もかなり自分にツッコんでくれるようになった。学校でのそっけなさは相変わらずだが、たまたまトイレなどで二人きりになったときは、話しかけても普通に答えてくれる。今日も結局、学校からこのお店まだ自転車を押して一緒に歩いてきてくれたのだ。

「さて、じゃあ今日君たちに浄化してもらう悪夢の情報を伝えるね」

 アイスティーをごくごくと飲む四人に、店長は説明を始めた。

「今回君たちが担当するのは、高校二年生のマキちゃんの昨夜の悪夢だよ。そんで、苦手なものはトマトジュース。それと、じゃ、みんな後はよろしくね」

 店長はそれだけ言うと、自分の分のアイスティーをストローから飲んだ。しかし、羊の口だとストローで飲み物を飲むのはかなり難しそうだ。店長は横長の目をぎゅっと細め、羊ながらに眉間に皺を寄せている。

「…え? 今回の情報ってそんだけ? 前もそうだったけど、やっぱり少なすぎじゃね?」

「あの、店長さん。もう少し悪夢の情報を詳しく話してもらうことはできないんでしょうか…」

 直生が申し訳なさそうに店長を上目遣いで見る。

「いや~、でもねぇ。夢主のプライベートをあまり話しちゃいけないっていう決まりだからなぁ…」

 店長は結局ストローで吸うのは諦め、そのままコップに口をつけてアイスティーを飲み始めた。

「でも、それだとまた、事前にもう少し悪夢の内容を聞かされていれば、この前みたいに危険な状況は起きにくくなると思うんです」

「俺たちの安全のためにも、できる限り詳しくはなしてもらえませんか?」

 意外としぶとく粘る直生に、仁も加勢する。

「あとさ、俺思ったんだけど。夢の中に入ってる時点で、もう十分プライバシーの侵害じゃない?」

 耀の意見に、三人は「ほんとだ…」という顔をした。まさに目から鱗をそのまま表したような図だ。

「わかった、そこまで言うならもう少し詳しく話すよ。たしかに、耀くんの意見は、先代の子たちにも指摘されたなぁ…」

 店長は観念したように、白い毛で覆われた口をもごもごと動かした。

「でもねぇ…悪夢の内容は、正直その夢の中に入るまでどんな内容なのかは誰にもわからないんだよ」

「えーっ! じゃあ何もわかることないじゃん!」

「ただ、悪夢はその人が抱えている悩みに影響されることが多い。例えば、前にカナトくんの悪夢の中に入ったときは、ピアノが出てきただろう。彼はあの時、ピアノを自由に弾けないことで悩んでいた。自由に弾けず、まるで何かに束縛されているように感じたから、鎖の化け物に苦しむ悪夢になってしまったんだろうね」

 なるほど、と四人は頷いた。そういえば、ミウの夢も自分が透明人間になってしまう悪夢だった。彼女は誰からも認識されずに、独りぼっちになることを恐れていたから、あんな悪夢を見てしまったのかもしれない。

「それで、その人が抱えている悩みは悪夢の浄化に有益な情報だから、管理人の僕には教会から情報が提供されるんだけどね。しかたない、本当は教えちゃいけない決まりになっているけど、教えるよ。今回の夢主であるミキちゃんが、今抱えている悩みは、ズバリ…」

「ズバリ…?」

 四人は店長の次の言葉を静かに待った。

「失恋だ」

「しつれん…」

 耀はその言葉を漢字変換させるのに少し時間がかかった。なるほど、失恋か。高校生くらいの年齢になれば、ありきたりな悩み事だろう。

「…で、それ以外は?」

 耀は、もっと何か教えてくれるだろう店長に遠慮なく聞いた。

「え? 今ので終わりだよ?」

「たったそれだけかよ!」

 陸がなんじゃそりゃと早速ツッコんだ。

「だってぇ、本当にこれしか教えてもらえないんだもん!」

 店長は駄々っ子のように反論する。夢の管理人の上司は、仕事人である彼にこれだけしか内容を伝えないのはどういう魂胆なのだろうか。耀は店長の勤め先のことが心配になった。

「でも、一つだけ君たちに注意できることがある。それは、恋愛事で悩みを抱えている人の悪夢は、攻撃的なものになりやすいってこと。だから、夢主と直接会う時も、用心するようにね。もしかしたら、こちらを敵だと思って襲ってくるかもしれないし」

「そうなの⁉」

 耀たちはすでに、悪夢の世界で大変な思いをしてばかりなのに、夢主まで敵になってしまったらどうなるのだろうと不安になった。直生にいたっては、すっかり青ざめてしまっている。

「まぁまぁ。君たちには夢道具もあるし、全然大丈夫だと思うけどねっ!」

「説得力に欠けるわ!」

 陸が噛みつくようにツッコむ。

 その時、壁に掛けられた鳩時計の鳩がぽっぽー、ぽっぽーと飛び出した。

「さぁ、お仕事の時間だ。みんな、準備はいい?」

 耀たちは頷くと、茶色のソファに座り、目を閉じた。

「あ、今回はエントランス経由じゃなくて、ミキちゃんの悪夢にそのまま君たちを転送するから!」

「え!」「は⁉」

 耀たちが目を開けて店長に聞き直す前に、パチン! と指を鳴らす音がした。

「いってらっしゃ~い!」

 遠くのほうで店長の声が聞こえ、耀たちは浮遊感に襲われる。しかも今回は落ちている感覚が長い。

「うわ~!」「ぎゃあ~!」「ひえ~!」「うっ…」

 四人は今回も悲鳴を上げて、また悪夢の世界へと落ちていった。

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