店長による夢道具の使い方講座

「よしっ、これで今日からみんなも正式な夢の番人だねっ!」

 羊の姿の店長が、満足そうに四人を見る。

 カナトのコンクールの日から二日後、耀たちは再び夢世界の中にいた。

 四人がいるのは前に来た時と同じ場所で、空には星空、地面にはピンク色の雲がある不思議な空間である。店長によると、ここは彼が担当する人々の夢へとつながる、エントランスなのだそうだ。

 耀たちは学校が終わった後直接お店に来て、また地下室で彼に眠らされているのだ。

 お店で働くために提出しなければならない履歴書は、すでにこちらの世界に来る前に提出してある。

「それで、今日はどんな悪夢の世界に行くんですか?」

 耀がそう尋ねると、彼は「その前に君たちにちょっと説明しておかないといけないことがあるんだよ」と言った。

「はぁ⁉ また説明かよ!」

 陸が、もううんざりだというように顔をしかめる。

「まぁまぁ、そう言わずに。今から説明するのは、夢の番人なら必須アイテムの、夢道具のことだよ」

「夢道具?」

 聞きなれない単語に、直生と仁が首を傾げる。

「ほら、この前見せたこれのことだよ」

 店長はそう言うと、右手を自分の顔の前に伸ばした。

 すると、そこに光の粒が集まり、大きな剣が出現する。それは、カナトの夢でピアノから出てきた鎖の化け物と、ネズミの大群をやっつけた代物だった。

「うわ~、すごい!」

「それ、どうやって出したんだ?」

 店長の武器に興味津々の二人は、剣に顔を近づけてじっと見る。

「夢の番人なら、念じれば勝手に出てくるよ。これを、君たちにもマスターしてもらおうと思ってね」

「え! 僕たちにも店長さんみたいな技ができるんですか?」

 直生が良いリアクションでそう聞き返すと、店長はこくんと頷いた。

「もちろん。でないと、悪夢の核を切れないからね。では、早速君たちにこの技が使えるように魔法をかけよう」

 店長はそう言うと、もう恒例になりつつあるが、指をパチンと鳴らした。

「君たち、自分の利き手の甲を見てみて」

「わっ! なにこれ!」

「なんか、変なタトゥーが入れられてんだけど!」

「変なタトゥーとは失礼な! それは夢の番人を象徴する、歴史ある印なんだよ⁉」

 陸の言葉に地味に傷ついたらしい店長は、そう言ってぷんすかした。

 四人の手の甲には、羊の顔のイラストが金色の絵具のようなものでペイントされていた。

「うわっ! これ、ぜんぜん取れねぇ!」

「ぎゃー! 何してるの! せっかく僕が夢魔法でつけてあげたのに!」

 陸が制服の裾でごしごし擦り、マークを落とそうとすると店長が悲鳴を上げた。

「これってお店のマークですよね?」

 耀が羊の印を見ながら店長にそう聞くと、

「そう! この羊は、夢の世界の平和を守る、僕たち夢の番人のマークなんだ。この印を身体の一部に宿すことは、本当の意味で同業者になるということなんだよ」

「そうなんですね…!」

 直生がへぇと感心した。

「実は、僕の手にもその印はあるんだよ。夢道具はこの印がないと使えないんだ。なぜなら、ほら!」

 店長の手の甲の羊の絵が、ゆらりと揺れる。そしてそれは、水の中に溶ける絵の具のように、店長の手の甲から浮き上がった。次の瞬間、浮き上がった絵具の線は、一瞬眩しい光を放つと大きな剣に姿を変えた。

 店長は、突然宙に現れた剣を慣れた手つきでパシッと掴んだ。

「す、すごい…!」

 耀は、ほうっと静かにため息をついた。彼の動きには一切の無駄がなく、洗練されていた。その立ち振る舞いと魔法の美しさに、思わず息が漏れる。

 なるほど、あの剣はこういう流れで召喚されていたらしい。

「じゃあ、これを君たちもやってみようか」

 店長はあっけらかんとそう言い放った。

「やってみようかって…はぁ⁉ そんなこといきなり言われても無理だろ!」

「いや、夢の番人として認証された今なら、君たちも僕と同じように夢道具を扱えるはずだよ。ただ、念じるだけでいいんだ。手の甲から何かが現れるのをイメージするだけでいい」

「えぇ…?」

(本当にそんなのでできるのかな?)

 耀は少し店長を疑いながらも、自分の手の甲を見つめて念じた。

 店長から大きな剣が出てきたように、自分もその剣を召喚する姿を思い浮かべる。

(出ろ、俺の剣!)

 すると、耀の手の甲のペイントが、ゆらりと浮き出た。水面で揺れるがごとく、金の羊はすぐにただの線になり、宙に浮かぶ。そして、突然ぴかっと光ったかと思えば、耀の足元でカランカランと音がした。

 なんとそこには、耀の足元に剣が転がっていた。

「……で、できた!」

「すごい! 耀くん、もう習得できたんだね!」

 店長は耀に拍手した。

 だが、耀の剣は店長のものよりも一回り小さかった。

「あれ? 俺のやつ、店長のとなんか違いませんか?」

「ああ、実はね。夢道具はその人が一番扱いやすいものが出てくるようになっているんだ。耀くんのは僕の両手剣とは違って、ゲームに出てくる勇者とかがよく持ってるタイプの片手剣だね。君なら勇者みたいに、この剣でたくさんの子を悪夢から救ってくれそうだ」

 店長はそう言うと、にっこりと笑った。

 耀は足元の剣を拾い上げ、鞘からゆっくりと引き抜いた。刃の部分に光が反射する。手にはずっしりと重みが感じられた。

「これが俺の相棒かぁ…!」

 耀は剣の柄を強く握りなおすと、きらきらした瞳でそれを見た。

「うわぁ! なんか出てきた!」

 陸たちも夢道具を出すのに成功したらしい。

 陸は二丁の銃、直生は弓矢、仁は日本刀をそれぞれ手に持っている。

「おお~! みんな、個性のある夢道具だね。とにかく、この技をマスターできて何よりだよ。あと、この夢道具は自分が念じたものに変化させることもできるから、それも頭の片隅に覚えておいてね」

 店長はそれだけさらりと言った。

「さて。準備も整ったところだし。早速君たちにとある少女の悪夢を浄化してもらう。これが今日のお仕事だよ」

「えっ! ちょっと待ってください。道具を渡されたのはいいですけど、どうやって悪夢を浄化すればいいか、まだ聞かされてないのですが…」

直生が慌てて店長にすがりつくと、彼は「あっ、そうだった!」と舌を出した。

「簡単だよ。前にも言った通り、悪夢にはその世界を創造している心臓部分、核が存在する。それを、今持っている夢道具を使って破壊すればいいんだよ」

「でも、肝心の核はどうやって見つけ出すんだ?」

 仁が的確な質問をすると、店長はそれにさらりと答えた。

「悪夢の核は、黒い靄をまとった見た目をしているんだ。だから、君たちも見ればわかると思うよ」

「ええ~、そんな簡単に言われてもなぁ…」

 耀が困った顔をすると、店長は慌てて付け加えた。

「ええと、あと言えることといえば、悪夢の核は、夢世界で夢主に悪影響を与えているものであることが多いんだ。例えば、こないだのカナトくんの夢での悪夢の核は、鎖とネズミの大群だったんだけど、どちらも彼を怖がらせていたでしょ? そんな感じで、見つければいんだよ」

「はぁ…なるほど……」

 四人がわかったようなわからないような曖昧な返事をすると、

「まぁ、実際に自分たちでやればすぐにわかると思うから、気にすることないよ」

とその場をなあなあにした。

 そして、ごほんと一つ咳をし、話を改める。

「今日君たちが担当するのは、三毛野町に住む中学一年生の女の子、ミウちゃんの悪夢だ。えっと、プライバシーの問題で、夢主の本名は明かすことができないんだけど、そこんとこよろしくね」

 店長はそう言うと、どこから取り出したのか、分厚い本をパラパラとめくりながらこう言った。

「協会からの情報によると、ミウちゃんの苦手なものは水みたいだね。ということは…」

「悪夢の核が水である可能性が考えられる、ってことか」

「その通り! 仁くん、理解が早いね」

 店長は本をパタンと閉じると、驚いたように顔を上げた。

「まぁ、悪夢の核は夢道具でしか切れないようになってるから、怪しいと思ったものはじゃんじゃん破壊していいと思うよ。その方が早く見つかると思うし。それに、もし間違えて夢主に襲い掛かっちゃったとしても、夢道具では夢主を傷つけることができない仕組みなっているから安心して。まぁもともと、夢主は現実世界で死なない限り、夢の世界では絶対に命を落とさないシステムになっているんだけどね」

「わかった。じゃあ、とっととその悪夢の核とやらを、ぶっ壊しに行こうぜ!」

 銃を手に入れ、少し強気になった陸が早速鼻息を荒くする。

「おお! 俄然やる気だね! なら、四人で早く行ってもらおうか」

「えっ? 店長はついてきてくれないんですかっ⁉」

 

「えぇ? 僕は僕で他の夢を浄化しなくちゃいけないから、君たちにはついていけないよ?」

「そ、そんな…! いきなり俺らだけとか、厳しくねぇか?」

「だ~いじょうぶだって! この前僕がどんな風に悪夢を浄化したかは見てるんだし、きっとうまくいくよ!」

 そう言うと、店長はパンと手を叩いた。

 すると、耀たちが立っていた雲の部分が、ぼこんと下へ沈む。

「それじゃあ、あとは任せたからね~!」

「あっ、ちょっと」

 耀が呼びかけた時には、店長のニコニコ顔はすでに見えなくなっていた。へこんだ部分は、耀たちをふわりと包み込むと、ものすごいスピードで落下を始める。

「う、うわあああああああああああああああああ‼」

 四人は前回と同様に、盛大に悲鳴を上げる。

(せめて、もう少し穏やかに悪夢の世界に行かせてよ~!)

 耀は絶叫しながら、心の中でそう嘆くのであった。



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