第二幕 透明少年少女

虎谷陸の話

 不良になったのは、中学二年生のころだった。

 理由は、そのほうが都合が良かったから。


 陸の家庭は母子家庭で、あまり裕福ではなかった。

 そのため、小学生の頃から何かと、服がぼろいだの、持っているものが汚いだのと理由をつけられていじめられた。

 始めはそれに真っ向から抵抗していたが、だんだんとそれも面倒になり始めた。それから、何を言われても適当に受け流すようにした。

 そして、中学二年の時、転機が訪れる。クラスでちょっかいをかけてきた男子があまりにも鬱陶しかったので、力任せに彼を突き飛ばした。すると、彼は机の角に頭をぶつけてしまい、大怪我をしてしまったのだ。

 それは瞬く間に学校中で噂になり、自分は不良であるという何の根拠もないものへと尾ひれがついていった。

 だが、そのおかげで彼にちょっかいをかけてくる者はほとんどいなくなった。

 それをいいことに、陸はわざと不良として振る舞い、もう誰も自分に近づいてこないようにした。高校に入って金髪にしたのも、それが理由だ。見た目が怖ければ、近づいてくる人間も少ないはず。そういう魂胆で、なけなしの金を美容院代につぎこんだのだ。

 できることなら、不良として振舞って人を遠ざけるのではなく、いっそのこと透明になって全員から忘れられてしまいたかった。そうすれば、わざわざ演技などしなくても済むし、人から嫌悪の目で見られることもない。

 周りは自分のことを悪く言う人間ばかりだったから、もう二度と人を信じないと、陸はその頃ひそかに誓いを立てた。そして、それを今までずっと貫いてきた。

 そう思っていたのに、まさかひょんなことから、同じクラスのやつ、はたまた他校の人間と同じアルバイトをすることになるとは…。

 賃金が良いことを理由に、のこのこ説明会に出て行ってしまったのが運のツキだった。

 おまけに、あの耀という男は自分にしつこく絡んでくる。あの曇りのないまっすぐな瞳が、陸はどうも苦手だった。

 今までゴミでも見るような目にしか慣れてこなかったため、どういう対応をとればよいのか陸には見当がつかなかった。

「はぁ…」

 陸はため息をついた。

 今、陸がこのような考え事をしていたのは、二畳ほどしかない小さな自室の敷布団の上だった。朝からこんな気分が下がることを考えてしまうなんて、自分はどうかしている。

 それもこれも、あの新しく始めたアルバイトのせいだ。

 今日は二回目のシフトが学校の後に入っており、陸はそれが少し憂鬱であった。勢いでやるとはいったものの、やはりやらないほうが良かったかもしれない。

(いやいや、なに考えてんだ、俺。お金のためにやるって決めただろうが)

 洗面所で顔を洗いながら、当初の目的を思い出し、陸は自分の顔をパンパンと叩いた。

 母親はこんな自分を見捨てず、毎日深夜から早朝にかけて働いてくれているのだ。

 自分も、早くお金を稼いで少しでも恩返しをしなければ。

「よしっ!」

 陸は顔を拭くと、すぐに学校へ行く支度をした。

「いってきま~す」

 そして、誰もいない家に鍵をかけ、学校へと向かった。

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