初めての悪夢(2)
「…はっ!」
耀が目を覚ますと、そこはさっきまでいたカフェの地下室のソファの上だった。
目の前にいた店長がにこにこしながら「おはよう」といった。
店長はさっきの銀髪金目男ではなく、羊男の姿に戻っていた。
隣で爆睡していた虎谷も、眠そうに目をこすりながら起きる。
「う~ん…って、あれ⁉」
「…えっ! ここはさっきまでいた…」
最後に、桐生が目をぱちくりと開け、小首をかしげる。現状を理解するのに少し時間がかかっっているようだ。
「えっ、あれ! さっきまで俺たち、夢の世界に…」
(もしかして、全部俺の妄想だったの⁉)
耀は、自分が店長の話を聞きながら眠ってしまったのではないかと考えを巡らせた。
だが、そんな考えを打ち砕くように、目の前には羊顔の男がソファに腰かけているという現実があった。
「みんな、おはよう。さっき悪夢の世界を冒険したことは、夢じゃないよ」
「…はっ! やっぱりあれって俺の夢じゃなかったんですね! よかった~、全部俺の妄想なのかと思った!」
店長は耀が大きく息を吐き出すのを見て、小さな鼻をひくひくさせた。どうやら笑っているらしい。
そして、彼は部屋の壁に掛けられた鳩時計に視線を向けるとこう言った。
「さぁ、これで実演も説明も全部終わったことだし、そろそろお開きにしよう。それにもう、こんな時間だしね」
「こんな時間って、まだ四時くらいのはずじゃ…」
耀たちは店長と同じく時計に視線を投げると、それを見ては驚愕した。
「えーーーー‼」
「じ、時間が、進んでる!」
時計の針は、すでに午後六時を回っていた。
耀たちが夢の世界に入る前、この部屋の時計は午後四時を指していた。夢の世界での体感時間は約三十分ほどだったのに、いつのまにか二時間もたってしまっているではないか。
「そっか、みんなはまだ知らないもんね。夢の世界と現実の世界との時間の進み具合は、少し違うんだよ。だからお給料は、夢の浄化にかかった現実での時間の分だけ払わせてもらう形式をとっているんだ。時給換算すると大体一時間千五百円だよ」
「えっ! 結構高いですね!」
「ふふふ。お得でしょ? まぁ、それだけのお金を払う価値がある仕事ってことなんだけどね」
そう言いながら、店長はおもむろにソファから立ち上がった。
「今日は一応説明会だからね。正式にアルバイトとして働くかどうか決めるのは君たちだ」
そして、ぼわんと白煙を立たせながら、人間の姿に戻る。今回は最初にあった時の焦げ茶色の髪の毛をした普通の人間の姿だった。もしかしたら、店長は現実世界と夢世界で化ける人間の姿が変わるのかもしれない。
「あ、そうだ。明日、さっきの夢の主のカナトくんが出場するピアノのコンクールが、隣町のホールであるんだ。チケットは僕の分も含めて四枚、もうとってあるから」
「えっ?」
耀たちが店長の急な発言に戸惑っていると、
「明日の朝十時半、四人ともこのお店の前で集合ね。明日は土曜日だし、みんな学校もないでしょ?」
と当然のように言い切った。
「はぁ⁉ そんなの勝手に決められても…!」
「来なかったら、チケット代払ってもらうからね。ちなみに、一枚一万二千円です!」
「なにぃ⁉」
店長にそう切り返され、虎谷はぎりぎりと歯ぎしりした。
「んじゃそういうことで、今日は解散~!」
店長はそう言うと、地下室からお店の前まで耀たちを意気揚々と見送った。
そして、ニコニコ笑顔でお店のドアにかかった看板を『CLOSE』にすると、さっさと中に引っ込んでしまった。
こうして、四人は半強制的に、明日のカナトの発表会へ参加させられることとなったのであった。
耀たち四人は、仲良くお店の前に取り残され、しばらく呆然とした。
空はすっかりオレンジ色に染まり、カラスが遠くの方で鳴いているのが聞こえる。
「…なんか、いろいろありすぎて頭の中がパンクしそうだよ…」
耀がそうぽつりとそう呟くと、
「ほんとにな」
「はい…。僕ももう、なんだか疲れました…」
「俺も同じく」
と残りの三人がぐったりとして言った。
そして、互いに顔を見合わせると同時にふきだした。
何がおもしろいのかは当人たちにもわからなかったが、理由もなく笑いが込み上げてきたのだ。もしかしたら、たくさんの未知なる出来事を体験しすぎたせいで、頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
耀はひとしきり笑った後、「それじゃあ、また明日ね」と言って彼らに手を振った。
本当はもう少し話したいことがあったはずなのだが、今の耀の脳内には会話を組み立てる力さえほとんど残っていなかった。それくらい、夢世界での体験は今までの人生で得たさまざまなものを覆すほど、衝撃的な体験だったのだ。
そしてそう感じているのは耀だけではなく他の三人もらしい。
彼らもまた、耀と同じようにどこか熱に浮かされたような顔をしている。
虎谷には軽く無視されてしまったが、京崎と桐生は、
「うん! さようなら!」
「バイバイ」
と手を振り返してくれた。
そうして、四人はそれぞれの帰り道を歩き始めた。
耀は家への道を歩きながら、せめて三人の連絡先を聞くべきだったと少し後悔したが、すぐにそれもどうでもよく思えた。なぜなら、また明日彼らに会えるからだ。
明日こそ、彼らと連絡先を交換して正式に友達になろう。
耀はそんなことを考えながら、夕暮れの路地をてくてく歩いた。
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