いざ、夢世界へ
「いたた…」
尻の下に何か感触があり、耀は自分が何かの上に座っていることに気がついた。
目をこすり、開けると、耀は寝転んだ虎谷の背の上に座っていた。
「うわ、ごめん!」
うつ伏せで寝転んだ格好の虎谷に謝りながら、耀は周りを見て驚く。
そこは、さっきまでの部屋の中ではなかった。
天井はなく、上のほうには満点の星空が広がっている。
そして、耀たちが立っている地面は、まるで綿菓子のようなピンク色のふわふわした雲のようになっていた。
「なんじゃこりゃあっ!」
突如現れたどこまでも広がる不思議な空間に、耀は驚きを隠せない。
「なに騒いで…ってうわっ、なんだこれ!」
耀に遅れて立ち上がった虎谷も、あたりを見渡し素っ頓狂な声を上げる。
その声で目を覚ました京崎も桐生も、信じられないと言わんばかりに目を丸くした。
「もしかして、幻…?」
「違うよ。今、君たちがいるのは夢世界の一部だよ」
声の方を振り向くと、そこには羊顔の店長が立っていた。
「へ? 夢世界…?」
耀はとぼけた顔で店長を見上げた。空は暗いのに、店長の顔がはっきり識別できるほど、耀たちがいる場所は明るかった。なので、耀はこの空間の仕組みがますます不思議に思えた。
「さっき、僕は君たちに、人の夢を守る仕事をしてほしいと頼んだよね? それは具体的にどんな仕事かというと、悪夢を見ている人の世界に入り込み、その悪夢を浄化するというものなんだ。でも、みんなにそれを話したところで、簡単には信じてもらえそうになかったからね。ちょっと強引だけど、無理やり君たちをここに連れてきたんだ。本当に夢の世界があることを、証明するためにね」
「まさか! 本当にこんな世界があるなんて…」
「俺たちに催眠術をかけたとかじゃないんですか?」
まだ状況を呑み込めない進学校組は、店長に食い下がる。
「残念ながら、僕に催眠術の技術なんてないよ。でも、さっき言ったように、僕は君たちとは違って普通の人間じゃない。本来はこちらの世界の住人なんだ。だから、自分が指定した人物を夢世界に連れてくることができるんだよ」
店長はふふんと得意げに鼻を鳴らしてみせた。
「…わ、わかりました。こういう世界があるってこと、僕は信じることにします。さすがに、ここまで複雑な空間を人間に見せる催眠術なんて、存在しないと思いますし…」
京崎はようやく店長を信じる気になったらしい。今までの無礼を反省してか、さっきよりもしおらしく態度になっている。
「お! やっと信じてもらえたよー! やったー!」
店長は嬉しそうにその場でくるくる小躍りした。彼が地面を踏み度に、足元のピンク色の雲がふわふわ浮かんでくる。たしかに、こんな世界、たとえどれほどすごい催眠術師でも見せることはできないだろう。耀はもとから店長のことは信用していたが、この世界のことも改めて信じることにした。
「それで、俺たちをここに連れてきたのはいいとして、この後は何をするんですか?」
「ああ、まずはさっきざっくり説明した仕事内容の詳細を話そうと思ってね。実際にこの世界に触れて、実感してもらいたいことも多かったというのも、君たちをこっちの世界に連れてきた理由の一つなんだ」
「なるほど…」
「まあ、とりあえずそこに座りなよ」
店長はそう言うと、さっきと同じようにまた指を鳴らした。
すると、地面からピンク色の雲が盛り上がり、あっという間にソファの形になる。
「すげぇ! 魔法みたい!」
耀は目の前で起きた魔法のような出来事に、心をときめかせた。
だが、ソファに座ると想像以上に長い説明が始まったので、四人は途中からぐったりとした。
店長の話は、簡単にまとめるとこのような内容だった。
まず、店長は自分が何者なのかを話した。
彼は、夢の管理人と呼ばれる夢世界の住人らしい。なので、人間ではない。
そして、彼の仕事は三毛野地区に住む、耀たちのような人間の夢を管理しているのだという。(店長によると、夢の管理人はさまざまな地区に振り分けられ、それぞれ担当の地区の夢を管理しているのだそうだ。そしてそれを統括しているのが『夢協会』と呼ばれる夢の住人のエリートが指揮を執る組織なのだそうだ)。
また、この世には現実の世界と夢の世界が存在しているらしく、耀たちが普段生活をしているのは、現実世界の方なのだそうだ。だが、眠っている間は誰しも体から魂が抜け、その魂が、現在耀たちがいる夢の世界へやってくるらしい。(この話を聞いたとき、四人は現実世界で寝たまま魂だけがこちらに来ていることを知り、仰天した)。それが夢を見ている状態なのだそうだ。
そして、夢世界での体験は現実世界でも深いつながりがあり、良い夢は生きるためのエネルギー源になるのだそうだ。しかし、良い夢があればもちろん悪い夢もある。
それが、悪夢だ。
悪夢は良い夢とは反対に、その人から現実世界を生き抜こうとする力を奪ってしまうらしい。また、悪夢はその人が抱えている悩みやストレス、もしくは過去のトラウマや苦手なものなどが反映されやすいらしい。そのため、悪夢を見る人は現実世界での問題が解決しない限り、ずっと嫌な夢を見続けてしまうという負のスパイラルに入ってしまうことがほとんどなのだそうだ。
そこで、それを断ち切るのが悪夢の浄化の仕事だ。店長はこの仕事を耀たちに頼みたいらしい。
また、彼が四人に頼みたいのは、主に子どもが見る悪夢だという。
彼の説明によると、他人の夢の世界に入り込むのには魂の波動が合わなければならないらしい。そして、特に子どもの悪夢に入り込むには、入り込む当人も子どもの波動をしていなければ難しいため、まだ高校生の耀たちにこの仕事を頼んだそうなのだ。
しかも、特に感情の起伏が大きくて多感な時期の子どもは悪夢を見やすいらしく、店長は自分だけでは手が回らないと嘆いた。
長い説明を聞かされ、雲のソファにぐったりもたれかかった四人に、店長は切羽詰まった声で懇願した。
「頼むよ。このままだと悪夢に苦しむ子どもたちを救えない。どうか、君たちが彼らを悪夢から守る、夢の番人になってほしいんだ!」
「夢の番人?」
その一言に、耀がバッと身を起こす。
「そう。僕たち同業者の間じゃあ、この仕事はそう呼ばれているんだよ」
「へぇ、そうなんですか!」
(夢の番人かぁ、なんかかっこいいかも!)
耀はその言葉の響きに、痺れた。まるで、少年漫画の主人公みたいだ。
「どうだい? やってくれるかい?」
「はい! ぜひやらせてくださいっ!」
耀は食い気味にそう返事をした。
「ちょっと待ってください! でも、悪夢の浄化ってどうやってやるんですか? それってやっぱり、危険な仕事なんじゃ…」
「そうだな。内容によっちゃあ、俺もあんまりやりたくないんだけど」
慎重派の直生の意見に、陸も便乗する。仁も無言でこくこくと頷いた。
「まぁ、そう思われてもしかたないね。なら、それもやっぱり実際に見てもらおうか」
「え?」
事態が思わぬ方向に進んだことを察した三人が、顔をひきつらせる。
「なら、君たちには特別に、僕が悪夢を浄化するところを一度生で見せてあげよう! では、悪夢の世界へしゅっぱーつ!」
「ええー‼」
店長がそう言うのと同時に、耀たちが座っていたソファがガクンと沈んだ。
そして、それは遊園地にあるフリーフォールのように落下し始めた。
「うわあああああああああああああああああ‼」
四人は仲良く叫び声を上げながら、暗闇の中を悪夢の世界へと落ちていった。
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