大人になった少女と大人になりたい少女

猫縞りす

大人になった少女と大人になりたい少女

自分の意思とは関係なく、人は大人になっていく。

環境なのか周りの友人関係がそうさせるのかは定かではないけれど、時間という概念は、私達を少女のままでいさせてはくれない。


今年で四捨五入すれば三十路の年齢に足を踏み込んだ私は、仕事終わりに閑散とした公園のベンチへ腰を下ろしていた。

二本買った缶ジュースの一つのタブを引き、乾いた喉を潤していると、聞き慣れた声に目を向ける。


「おねーさん、今日もお仕事おわり?」

「そうだよ」


はい、と用意しておいた缶ジュースを手渡すと、少女特有の屈託のない笑顔を浮かべてくれる。

最近知り合った、ハナちゃんとはこうして公園でよく話をするようになった。

缶ジュースを両手で握りしめ、ジュースを飲む姿に、うっかり手を伸ばしそうになるのをぐっと堪えた。


「おいしー!」

「それは良かった」


たわいないやり取りに心地良さすら覚える。

社会に出ると、話す事でさえ神経をすり減らすから。


「ハナも早く大人になりたいなぁ」

「えっ、どうして?」


脈絡のない会話には慣れていたけど、予想外の言葉に心臓が飛び跳ねた気がした。


「大人になっても良い事ないよ? 仕事は大変だしご飯も洗濯も全部自分でしなきゃいけないし、それに――」


心が純粋ではなくなる。

自分に言い聞かせるような物言いに、ハナちゃんは首を傾げた。

私の言いたい事は分かってないと思うけど。


「でも、ハナはおねーさんみたいなカッコイイ大人になりたい」

「わた……し?」


どうして? という言葉をすんでの所で呑み込む。

晩春とはいえ、まだ涼しいというのに汗が頬を伝う。

そして、少女は残酷にも私の心を黒く染め上げる。


「おねーさんのこと好きだし、早く追いつきたいの! それで疲れたおねーさんにジュースをあげるんだ!」


私の行動が、少女に大人になりたいと思わせてしまった。

少女は大人に憧れる。羨望し、いずれ大人になるだろう。

しかし、大人が少女に憧れても、少女にはなれないのだ。

潤う事のない心に、乾いた笑いが込み上げてくる。


「ハナちゃんはずっとそのままでいてね」


おねーさんの一生のお願い。

そう言って、少女から大人になってしまった私は、ハナちゃんを大人になんてさせなかった。

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大人になった少女と大人になりたい少女 猫縞りす @komi_

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