廻る森
師走川竜之介
序章 少年と少女
深い深い霧の濃いとある森の奥。そこに森を抜けようとし、道に迷っていた十五歳程の少年の旅人の姿があった。ふと、少年はとある物の存在に気づいた。
それは一つの小屋だった。こじんまりしているが人が休んでいける物としてはこの森においては、十分過ぎるものだろう。
半日以上も歩き続けせめて安心して眠れる場所を捜していた少年はとても喜び小屋の扉を小さく数回ノックした。
「すいませーん。誰かいないでしょうか。すいませーん。すいませーん」
幾度か呼び掛けても返事が無かったためときっと留守なんだなと思った少年は小屋の主が帰ってくるまで待つことにした。
そのまま扉から離れようとした時だ。
「──どうぞ」
短くそう告げられた声が聞こえてきたのは小屋の中からだった。一瞬、戸惑った少年だったがすぐに落ち着きを取り戻すと扉を開けた。
「こんにち───」
小屋の奥でテーブルに肘を置きながら佇んでいたのは優雅にカップを片手に持った白い少女だ。
少女の視線が旅人へと向く。目があった瞬間、少年は頬を赤らめたじろいだ。横顔だけでかなりの美貌だとは分かったが、正面から見るとその比でないほどの魔貌を持つ美少女だったのだ。
その様子を面白おかしそうにはにかんだ少女は自分と反対側の席へと手を差し伸べると、
「大変だったでしょう。座って楽にして」
その好意に応じて少年は席に座ると違和感に気づいた。
「これは⋅⋅⋅⋅⋅⋅僕が飲んでいいんですか?」
座った席には何故か既にカップが用意されていた。少女以外にも人がいてその人の為に用意されていたものだったのかもしれない。
申し訳なさそうに尋ねる少年に少女は言った。
「遠慮する必要はないわ。元々ここには私しか住んでいないもの。それはあなたの分よ」
「そう、ですか。分かりました。ありがとうございます」
少女の言葉に安堵し、少年はカップを手に取り、口に運んだ。そして、
「──美味しい」
これまでの旅路で色々な飲み物を飲んできたがこれ程までに美味しいものはかなり限られている。それほどまでに美味だった。
「果実もどうぞ」
美味なあまりにカップの中身をじっと見つめていた少年に少女は果実をいくつか差し出した。
「そんな、お世話ばかりかけられませんよ。飲み物だけで十分です」
「じゃあ、食べてくれないの?」
若干、悲しげの表情の少女に少年は降参するしかなかった。
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅分かりました。美味しく頂かせてもらいます」
少年の素直な受け入れに少女はさっきまでの雰囲気はどこへやら、満円の笑みを浮かべていた。あれは計画的な笑みに違いない。可愛い。
約半日ぶりの食事を堪能した少年は本題に入った。
「自己紹介が遅れました。僕はアランと言います。各地を旅して回っている旅人です。気軽にアルとでも呼んでください」
「そう。私はベガ。よろしくね」
眩しいまでの笑みを浮かべた少女──ベガに対しアルの頬がまた赤らんだがそれを無視した。
「先程も言った通り、僕は旅人でして。この森を抜けようと思い道に迷ってしまって。もしなんですが、出口を知っていれば教えていただけませんか?」
「そう、ごめんだけどそれは出来ないわ。私も出口は分からないし、森から一度も出たことないもの」
その言葉にアルは驚きに満ちた顔をベガへと向けた。
「一度も、ですか?」
「一度もね」
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅そうですか。ありがとうございます」
諦めたように肩を下ろしたアルにベガはキョトンとした様子で問いた。
「諦めるの? ここから出る気はないの?」
ベガの疑問にアルは恥ずかしそうに頬をポリポリと掻き、苦笑いしながら返事を返した。
「いやあ、万が一出れたとしてももうどうすることも出来そうにないんですよ。夜中、荷物を全部何者かに盗まれてしまって⋅⋅⋅⋅⋅⋅見ての通り、何も持ち合わせていないんですよね」
「⋅⋅⋅⋅⋅⋅そう。残ってしまうのね」
「えっ?」
一瞬、端正な顔を僅かに歪めたベガの変化にアルは反応した。が、それは一瞬のことで気づけば眩いばかりの微笑を浮かべ直したのが分かった。
「あの、僕何か気分を害してしまわれたのでは⋅⋅⋅⋅⋅⋅」
「ん? 何を言ってるの?」
なんと言うポーカーフェイス。先程の儚げな雰囲気は微塵も感じることは出来なくなっていた。
居心地悪そうに口つぐむアルにベガは人差し指を立てると、一つの提案をした。
「じゃあしばらくここで暮らすのはどう?」
「えっ?」
予想外の展開に思考が一時停止させるアルにベガはもう一度幼い子供に言い聞かせるように優しい口調で言った。
「出る方法が見つかるまでこの家で過ごしていかない?」
「あ、そんな何から何までしてもらうなんて出来ませんよ!」
「じゃあ、今出てくとして出られる自信はあるの?」
「うっ⋅⋅⋅⋅⋅⋅」
「じゃあ、決まりね。いつまでか分からないけどよろしく」
勝利我にありと言ったご満悦な様子でベガは手を差し出した。その手をじぃっと見つめるアル。
「握手よ」
短くそう告げられようやくベガの意図を読んだアルは渋々ながら手を差し出した。
互いの掌に別々の体温が送られる。ベガの小さく冷たい、しかしとても心地のいい掌の感触にアルの頬が紅潮した。
それを面白おかしそうに笑うベガの笑顔はアルにはとても美しいものに思えた。
「君ほど美しい
「え? 何か言った?」
「な、何でもない!!」
廻る森 師走川竜之介 @monnhanndaisukixx1
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