第8話 黒刃の暴走

 愛鸞の意図とは無関係に、無力化され無抵抗であった豚亜人オークを屠り去ったリオタジ・テイターRiotagitatorの漆黒の刃。

 そのフラーの中心に刻み込まれた古代魔道ルーン文字は、愛鸞の制御を拒否し暴走した時と変わることなく赤く明滅している。


 見事な斬れ味で豚亜人オークを真っ二つに分断した血の饗宴も、未だリオタジ・テイターRiotagitatorの飢えと渇きを癒してはいないようだった。

 その証拠に愛鸞の右掌に収まった暗黒の剣は、自身の所有者に対して更なる殺戮と贄を訴求するかのように剣身をカタカタと震わせて………その右掌を通じて愛鸞を急かせるように激しい熱を伝え『もっと殺せ……もっと血を啜らせろ』と煽り立てている。


 荒い息を吐いてリオタジ・テイターRiotagitatorの振動に呼応するかのように、ガタガタと全身を震わせる愛鸞が眼球だけをギョロギョロと左右に慌ただしく揺り動かしている。

 その視線の先に、薄物を引き裂かれ半裸となった少女が上半身だけを起こして……肉体を上下に別たれた豚亜人オークのビュウビュウと噴き出す血飛沫ちしぶきを浴び、その柔肌をほんの少しだけ覆っている襤褸ボロ切れとをドス黒い血に染めて呆然としている姿を見た。


「アカンッ!!

お嬢ちゃんっ!

ここから早く逃げやっ!

早くっ!!!」


 愛鸞の叫び声に躰をビクリと震わせた少女ではあったが、自分を襲っていた豚野郎オークを弑して自身の生命と貞操を救助してくれた人物の……激しい剣幕とそれでいて一種異様にも映るその瞳の輝き、それに戦闘は終わった筈なのに、右掌から下げられたままの禍々しき漆黒の剣が発するヒンヤリとした殺気に……ノロノロとした緩慢な動作ではあったものの、その場を離れようと愛鸞に背を向けて歩き出した。


「お………い!

お前は……俺を引っ張るなっ…………ちゅうねんっ!!」


 フラフラと夢遊病者の如き歩みでこの場を立ち去ろうとする半裸で血塗れの少女、その後を抵抗虚しく引き摺られるように黒剣を携え追跡ストーキングする愛鸞……側から見ると一見ユーモラスにも映る光景ではあったのだが、当の本人達からすると生命を賭した真剣な行動であった。

 逃げる少女と追う(追わされる)愛鸞、気温と湿度が更に跳ね上がる午後の密林で繰り広げられた……人の生死が天秤に載せられた追跡行鬼ごっこであったが、突如としてその緩やかな時間は終わりを告げた。


 少女と愛鸞の間へガサリと音を立てて闖入者が分け入って来たのである。


「オ前タチ、何ヲヤッテヤガル。

オレ達のオヤジ殿ヲ、ドコニ隠シヤガッタンダ!!」


 見れば愛鸞が最初にたおした豚亜人オークよりも、ふた回りは小柄で少しほっそりとした貧相な四体の豚亜人オークが現れた。


 豚亜人オーク共の問いに、愛鸞と少女は同時に後方へと視線を送る。

 その視線を豚亜人オーク追尾トレースすると、彼らの視界に巨大な上半身と下半身が別たれた姿……既にその上半身にも下半身にも生命の残滓は、欠片かけら一つない状況は明らかな物云わぬ死骸が映る。


「オ……オ前ガ………オヤジ……殿ヲ……ッタ……ノカ…………?」


 先頭に立つ豚亜人オークの問いに、愛鸞は右手にリオタジ・テイターRiotagitatorを握ったまま……左手で頭をガシガシと掻きながら応えた。


「まぁ……俺があの豚亜人オークさんを斬り殺したっちゅうんは間違いないな。

せやけど、俺も自衛の為っちゅうか……おたく等の親父さんをたおさんかったら、俺とあのお嬢ちゃんが殺されとった訳やから……ねぇ。

これは正々堂々の死合の結果ってことで………結果だけやなくて、途中経過も考慮の上で判断してくれたら嬉しいんやけど………」


 特に詫びるでもなく事実を淡々と語る愛鸞、その内心には『異世界なんて場所で、日本人のなんてモンが通用するとは思われへんもんなぁ。

ここは謝罪せずに、事実から導き出される公明正大さに納得してもらう交渉術ネゴシエーションが必要やと見たで』と云う計算が潜んではいたのだが。


 愛鸞の言葉を聞いた豚亜人オークのリーダーと思しき男は、クワッと豚の両眼を見開き叫んだ。


「良クゾッ!

良クゾ……アノ怪物ヲホフッテクレタッ!!

ヤツハ、ワレ等ヲ奴隷ノヨウニ酷使シ、喰イ物モマトモニ与エヌ暴君ダッタノダ。

黒キ剣ヲ振ルウ人間ヨ、オ前ニハ礼ヲ述ベルゾ」


 深々と頭を下げた豚亜人オークのリーダーは、笑顔と思しき表情を豚面に浮かべ愛鸞に歩み寄る。

 その足が愛鸞の間合い攻撃範囲に踏み込んだ瞬間、リオタジ・テイターRiotagitator古代魔道ルーン文字が激しく赤く輝いた。


「えっ?

いや……アカンやろ?」


 愛鸞の呟きと同時にリオタジ・テイターRiotagitatorの黒い刃が一閃し、豚亜人オーク・リーダーの素っ首を肉も骨も……彼の意識と生命の灯火も全てを斬り飛ばしてしまったのだ。



【第8話 黒刃の暴走:完】



_________________




「ウフ……ウフフフフフフ…………。

血みどろの美少女と………呪われた剣を操る魔剣士…………。

虐殺者と美少女が………××××して………×××されちゃって…………×××××になってしまうとか……………背徳的で良いんじゃない?

これで………PVも……………★も…………ケタ違いの爆進を見せるんじゃないのかなぁ?

この作品ほんでボクの時代がやっと来る…………と思うなぁ……………」


 生理的な嫌悪感しか催さない下卑た笑い声と、聞こえる独り言の品性下劣さ加減に呆れ果てた愛鸞は………小さな声でボソリと何事か呟くと、絶対零度の世界に棲む生き物ならばこのような目線で他人を見るのだろうと想定されるような、冷え切って凍てついた表情をその両眼に貼り付けた。

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