第7話 最初の戦闘

 臨戦態勢に入り戦斧バトル・アックスを両腕に構えた豚人間オークと向き合った愛鸞は、自身もその左腰にいたリオタジ・テイターRiotagitatorを……右掌に握り込みと抜き放った。

 あらわとなったリオタジ・テイターRiotagitator剣身ブレイドから吹き出すような禍々しき瘴気を感じた愛鸞は、ちらりとその剣身に眼を落とす。

 先刻までその剣身を収めていた、光すらも吸い込まんとする漆黒の鞘……その棲家から抜き放たれた剣自体もまた混じり気のない、いや……この世界にある総ての色を混ぜ込んだかのような、混沌をこの世に具現化したとも形容できる黒一色の姿であった。

 その禍々しくも黒い剣身の中で唯一の、黒を否定する部位はそのフラーだけであった。

 フラーの中心に掘り込まれた古代魔道ルーン文字、その部分だけは真夜中の闇に輝く恒星の光にも似た……蒼白い輝きに包まれ浮き出しているかのようだった。


「何や……この剣は…………敵を前にして抜いただけやのに、それだけの事でよろこんでるみたいにブルブル震えとるがな…………もしかしたら俺の武者震いかも知らんけども」


 剣道の心得も、西洋剣を用いた武術にもまるで縁のなかった愛鸞ではあったが……前世で観た時代劇の主役のように、多少ではあったものの、リオタジ・テイターRiotagitatorを何とか青眼に構えて見せた。


「ブグオォォォォォォォォッ!!!」


 左眼に向けて突き付けられた切先ポイントに苛立ったのか、豚人間オークは顔を大きくらせて……周囲の空気をビリビリと震わせるような鬨の声ウォークライを発する。

 どちらかと云えばそれは豚の雄叫びではなく、野生の猪が吠える咆哮のようであった。


「あーそんな感じかぁ、やっぱり豚の頭骨には……豚っぽい発声が似つかわしいってコトね。

カタコトの言葉を無理して喋るんやなしに、そのお口からは獣人なまりの言語しか出されへんのやな。

ふ〜む……やっぱり原理Principleが管理するこの世界には、単一の言語体系しかないんやろかな?

どうにもこうにも……底が浅いっちゅうか、作り込みが脆弱っちゅうか……何やろなぁ……幼稚で考えのないこしらえにしか映らんのやけど…………」


 原理Principleの言行と矛盾するような世界の姿に、心の中にのような違和感を覚えた愛鸞ではあったが……現実に意識を戻し、前傾姿勢で彼を睨み据える豚面人身オークの巨体と錆び付いた戦斧バトル・アックスに眼を向けた。


「グモォォォォォッ!!」


 猛り狂った闘牛の如き叫び声と同時に愛鸞の許へと殺到する豚人間オークは、刃先エッジから握りグリップまで錆だらけの戦斧バトル・アックスを頭上高くまで振り上げて……必殺の一撃を愛鸞の頭頂部に目掛けて振り下ろした。


「キィーーーーーーーッン!」


 豚人間オークの全体重を載せた渾身の一撃であったが、愛鸞の頭頂部を、頭蓋骨を、そして内蔵された脳髄をも破壊するには至らなかった。


 振り下ろされた戦斧バトル・アックス刃先ブレイドを、硬直したように見つめていた愛鸞であったが……その右掌で握り締めたリオタジ・テイターRiotagitatorヒルトが一瞬の内にカッと熱を持ったかと思った瞬間、右腕に振り回されるように時計回りに回転し……頭部を襲う筈であった戦斧バトル・アックスを間一髪のところでかわした。


 その右回転の遠心力を利して、裏拳バックハンドブローのように背中側から豚人間オークの間合いに再突入すると…… リオタジ・テイターRiotagitatorを振り上げ、 戦斧バトル・アックスの振り下ろしの拍子リズムに同期させた。


 その結果が先程の甲高い金属音であり、 戦斧バトル・アックス握りグリップから僅か数センチメートル先にある鉄製の柄をリオタジ・テイターRiotagitatorが真っ二つに切り裂いた際に発生した音源であったのだ。


すっごいなぁ……コイツ…………。

俺はただ握っとっただけやったのに、自分勝手に重心移動だけで人のことを振り回した上に……鉄の棒をスパッと断ち切りよったで。

ハイリターンの話については間違いが無さそうな勢いはあるよな……でも、豚頭オークやのに『モォォォォォッ』って吠えてなかったか?

牛頭の怪物ミノタウロスと間違えとんちゃうやろか、ホンマにこの世界は大丈夫なんか…………?」


 眼前の敵よりも、世界の成立要件についての憂慮を優先する愛鸞に……豚人間オークは激怒し、その豚の頭部を真紅に紅潮させる。


「ブギィィィィィッ!!」


 得物を失い徒手空拳となった豚人間オークは、両腕を伸ばして愛鸞を捕らえようと迫り来る。

 その巨躯と膂力を活かして、自分よりもちっぽけな人間を圧殺しようと目論んでいるのだろう。


「そやねぇ……やっぱり豚頭は『プギィ』とか『ブギィ』系の鳴き声やないとなぁ。

やっぱりさっきの『モォォォォォォ』っちゅんは、俺の聞き違いやったんかいな?」


 のんびりとした声を出しながら、迫り来る豚人間オークの両腕を見据えた愛鸞は流れるような体捌きで……左脚を後ろに引いて躰を半回転させる。

 そして自身の眼の前を通り過ぎる敵の両腕を、真上からような柔らかい動きでリオタジ・テイターRiotagitatorを振り下ろし……豚人間オークの筋肉と脂肪に包まれた巨大な前腕部を、左右同時に斬り落とした。


「プギィヤァァァァァッ!!」


 両腕を斬られた痛みよりも、眼前の小さな人間を掴む筈だった両手が視界より消え去ってしまったことに驚いた豚人間オークが悲痛な叫び声を上げる。

 それはまるで屠殺場まで無理矢理に引き摺られ、食用肉に加工されることを理解している……頭を拳銃で撃ち抜かれる直前の家畜が上げる、現世との別れを惜しむ辞世の悲鳴にも似た声であった。


「取り敢えず危険は去ったかな?

この豚人間オークも生かしておいて、この世界の情報を仕入れんとアカンかもなぁ。


っ…………!!

って、ちょいっ!

ちょっと待てって!!!」


 慌てたように制止の声を叫びながら上げる愛鸞の意に反して、剣身に掘り込まれた古代魔道ルーン文字が薄赤く明滅しながら愛鸞の躰を……茫然と立ち尽くし、愛鸞に背を向けたままの豚人間オークそばへと誘って行く。

 そして愛鸞の声など聞こえておらぬ様子のまま、彼の右腕を背中側へ大きく振り被らせ………発条バネ仕掛けの自動人形オートマタのように力感なく、しかし素早く袈裟に斬り下ろし、豚人間オーク右頸部うけいぶの付け根から左脇腹にかけてを一撃で、一瞬で、一息に泣き別れさせた。



【第7話 最初の戦闘:完】



_________________



「な………何が………


底が浅いだぁ?

作り込みが脆弱だぁ?

幼稚で考えなしだぁ?


ふ……ふざけたことを言ってるんじゃあ………ないっ!


豚が……動物の頭をした亜人が、どんな鳴き声を上げても………誰も気にしてやしないし、誰もそこまで精読なんて……していないんだよっ!!


こっちの事情なんて何も知らないクセに………まともそうな言葉を吐いてるんじゃないぞっ!!!」


 歯軋りの音すら聞こえて来そうな、何者かの憤怒の声を耳にした愛鸞は………片頬を意地悪そうに歪ませると、声の主を小馬鹿にするように薄く嗤った。

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