第6話 最初の邂逅

 不快感をその眼に宿した愛鸞が、ゆるゆるとその右掌を『リオタジ・テイター』Riotagitatorの柄から解放すると……彼の耳へ絹を裂くような金切り声とも悲鳴とも形容できる叫び声が届いた。


「あん?

女の悲鳴みたいやな……取り敢えず俺もこの密林から抜け出して、人里に向かわなアカンし……人助けでもして案内を頼んでみるかな…………」


 叫び声は未だ激しく大きいまま、愛鸞の耳に打ち付けられている。

 特に急ぐ風でもない愛鸞は、声の主を求めて視線を左右にキョロキョロと彷徨さまよわせた。


「う〜ん……多分あっちの方向やと思うねんけどなぁ、キャーたら云うて大騒ぎしとるぐらいやから……恐らくは話の通じる種族ひとやとは思うけど、異世界とかにどないなモンが棲んどるかなんて……全く見当も付かへんからなぁ。

しもたっ!

原理Principleガキに、この世界に生きてる種族がどんなんか聞いといたら良かったわ。

まるで言葉も通じまへん……なんてことになったら、言語を覚えるだけでどエラい時間を食いそうやもんなぁ」


 ブツブツと独りちながら、愛鸞は少しずつ大きくなる悲鳴に耳を傾けた。


「しっかし……元気なひとやなぁ、ずっと喚き続けとるがな。

取り敢えずは生命に危険が差し迫っとるような風でもないし……何でまたあないに叫び倒しとるんやろか?」


 首を傾げながら声のする方角へと少し速足で歩を進める愛鸞、その眼前に少しだけ樹木の生えていない広場のような場所が見えて来た。


「なんや……あれは………?」


 愛鸞が茫然と呟いた視線の先には、大柄な……と云うよりはと肥え太った巨体と、その体躯の下に組み敷かれたほっそりとした女の生っちろい両脚が見えた。

 女の脚はバタバタと抵抗するかのように暴れていたのだが、組み敷いている方の躰の重量が余りにも大きすぎるようで……必死の抵抗による動作もまるで影響を及ばせずにいるようだった。


「あの……つかぬ事をお伺いしますが………そこにられるお二人さんは………恋人同士かなんかで……今はお楽しみの真っ最中とか……なんですかね…………?」


 病を得て死する前の世界では、常識的な成人男性であった愛鸞であるが故に……どこからどう見ても乱暴狼藉婦女暴行の類を連想させる場面に居合わせたとしても『この腐れ豚野郎っ!!』等と叫びながら腰に佩いた剣を抜いて飛び掛かるような真似をして……万が一いや億が一にもこの二名の男女が恋人同士バカップルであり、このクソ暑い密林の中で強姦プレイを絶賛実施中であると云う可能性を捨て切れない状況下では、このように声掛けから状況の把握をする以外に方策が立てられなかったのである。


『はぁ………俺が後先のことなんか考えへん、無謀な若造とかやったら…………『女を組み敷いてる巨漢は悪だっ!!』みたいな直情径行なで、スパッと首とか跳ね飛ばしてまうんやろけどなぁ…………。

どっこいこちとら社会常識も冷静さも兼ね備えた大人オッサンやからねぇ……この世界の常識も司法体系も刑罰も知らん内から、そないな無法な真似はようせんわ。

何や……死ぬ前の世界で、警察官が紳士的に職務質問しやなアカン感じなんもよう判るな』


 やれやれと心の内で呟いた愛鸞だったが、組んず解れつの修羅場を展開している男女の反応リアクションはまるで正反対の物だった。

 先に反応した女の上にのしかかっている男はうっそりと振り返り、脂肪の層に埋もれたような眼を愛鸞に向けた。

 その顔は体躯に見合う豚のような顔……ではなく、愛鸞の視力が異世界転籍の副作用にて急激に悪化してしまったのではなければ、まさしく豚面が人身の上に鎮座した化け物が如き姿であったのだ。


「オ前……人ノ愉シミヲ邪魔スルトハ、良イ度胸シテイルジャネェカ」


 その豚面が滑舌悪くも器用に人語を操るのを聞いた愛鸞は、その不思議な世界ワンダー・ランドに驚愕するよりも………かなり大きく安堵したのだった。


『あ………こんな不細工ぶっさいくな構造の顔でもちゃんと人間に伝わる言葉を喋ってくれるんや。

この人……いや豚か……案外と豚語と人語を操れる、知性的インテリで気遣いの出来る紳士なんかもしれんなぁ』


 そして豚面人身の男の下に組み敷かれていた少女の方は、のし掛かられた姿勢のまま動くことも出来ず……千切れんばかりに大きく首をブンブンと振って、金切り声を上げて叫ぶ。


「こんな薄汚くてクサ豚野郎オークと私が恋人同士な訳があるわけないじゃないっ!

薬草を摘みに森に入ったら、いきなりこの豚野郎オークに捕まって襲われてるのよっ!!

お願いっ!

そこの戦士様………どうかこの豚野郎オークを斬り殺して、私を助けて戴けないかしら?

そうしてくれないと、きっと私……この豚野郎オークの慰み者になった後、きっと豚のエサにされてしまうに違いないわっ!!」


 この気候に見合う薄手の衣服であったろうモノは、豚面人身オークの手で引き裂かれて……肌の露出が過多となった状態となってしまっている。

 この証言と状況証拠だけでも豚面人身オークの罪状は明白ではあるのだが、愛鸞にとっては未知との初遭遇ファースト・コンタクトに対する印象度で……どうにも態度を決めかねていた。

 今現在の愛鸞が想定する不等式は、下記の通りである。


強制わいせつの現行犯であると思われるが、人語を解し愛鸞に対して伝わる言葉を辿々たどたどしくも話す豚面人身オーク ≧ 貞操と生命(?)の危機ではあると思われるが、愛鸞に対して金切り声で喚き散らして助けを求める半裸の女


 自らの心に浮かぶ疑問を解消するべく、愛鸞は豚面人身オークに質問をぶつけてみる。


「あの………豚のお兄さん、このお嬢さんはそんな風に仰ってますけど、アナタは女性に乱暴狼藉を働いた上にこのお嬢さんを食べちゃおうなんてことをする悪者なんですやろか?」


 穏やかに問いかける愛鸞の声に、豚面人身オークは首を傾げながら応える。


「オーク族ハ人間ヲ襲ウ、女ナラ犯シテカラ喰ウ。

オ前ミタイナ男ナラ、殺シテカラ喰ウダケダ。

オ前……五月蝿ウルサイナ、先ニオ前カラ殺シテヤル」


 少女が逃げ出さぬよう、愛鸞から少女に視線を戻した瞬間…… 豚面人身オークは握り締めた拳を彼女の顎先チンへ掠るように振り下ろした。

 少女の頭部がほんの少し揺れたと思った瞬間、彼女は白眼を剥いて動かなくなった。

 そしてもう一度、愛鸞の方に向き直りながら……足元へ無造作に放り出していた、錆の浮いている戦斧バトル・アックスを握って立ち上がった。


『何や……結局の所はこないな図式になってしまうんか。

原理Principleの管理しとる世界っちゅうのも、ベッタベタな紋切り型ステロタイプなんやなぁ。

まぁ……売られた喧嘩は、買わな仕方しゃあない。

異世界転籍でのが、豚のエサにされるのも不細工な話やもんね』


 対峙する一人と一匹、そして失神して倒れたままの少女……高温多湿な密林で、愛鸞の旅路は不穏当なスタートを切った。



【第6話 最初の邂逅:完】



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「……いや……しかし、この主人公は……勝手に動き出すから……まいっちゃうよ。

これが……俗に言うってヤツだろうか?

僕みたいな天才作家になると、こんな現象も起きちゃうんだねぇ。

しっかし序盤からダラダラした展開だったけど、オークに襲われる半裸の美少女も出てきたし……チート武器にハーレム美女の一人目か、何とか進行表スケジュールの通りになってきたかな?

ウフフ……こんなノリで良いんだから、この商売は楽ですよねぇ………」


 以前よりもはっきりと聞こえる不快な声に、愛鸞は豚面人身オークから眼を離し小さく舌打ちをすると……再び眼前の敵に視線を戻した。

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