第5話 転籍の地へ

愛鸞が眼を開くと、そこは生い茂る鬱蒼うっそうとした森の中であった。


 気温は真夏の如き暑さであり、体感温度としては30℃を上回るような熱気に満ちあふれている。

 肌に衣服が張り付くような気配も感じられ、湿度についてもかなりの高さがうかがえる。

 よくよく見ると周囲の植生も熱帯雨林の密林が想像されるような、青々と無秩序に枝葉を伸ばす見慣れぬ植物共が……相争うよう野放図に自己の生育範囲を奪い合っているような有様であった。

 そして愛鸞はと云えば、通気性の良さそうな飾り気のない乳白色オフ・ホワイトの上衣と……こちらも薄手で周囲の景色に溶け込むような深緑モス・グリーンの下履き、そして質実剛健を地で行く頑丈そうな厚底の黒い軍長靴コンバット・ブーツを履いている。

 そして身に纏う衣服の上からは、煮染めたような飴色に底光りする軽くて濃茶色の革鎧レザー・アーマーを装備していた。

 その革鎧レザー・アーマーを腰部に固定しているこちらも同色の革帯レザー・ベルトは、同時に剣帯けんたいも兼ねているようで……重量バランスの違和感に気付いた愛鸞が見下ろした視線の先にある左腰には、真昼の陽の光すらも吸い込むような闇夜の漆黒よりも更に深く昏い黒き鞘に覆われた……簡素シンプルな全長90cm程度はある長剣ロング・ソード柄頭つかがしら鎮座ちんざしているのであった。


「ふ〜ん……躰に装備しとる服やら鎧には何の違和感もないし、軽くて丈夫そうやっちゅう感想以外は特におかしな点は見当たらんなぁ。

原理Principleが最後に云うとった宝具アイテムたらは、この黒鞘に収まっとる剣ってことになるんか?

さてさて……ハイリスクでハイリターンな宝具アイテムとやらがどないなモンか……ちょっくら確認してみよかいな?」


 愛鸞が右を左腰にやり、無骨な造作つくりの長剣の柄を握りしめると……ほんの僅かに『ドクン』と右のてのひらへ、生物が脈動するかの如き感触が伝わって来た。

 それは何故か猛毒をそのあぎとにその牙に備えた、毒蛇の胴体を掴んだような錯覚を愛鸞へと伝え……その名状し難き感触故に全身を走る怖気おぞけに愛鸞はその身を震わせた。

 周囲の気温は30℃を超えて、高温多湿の熱帯の気候のようではあったのだが……………。


「な……何や……この柄は………。

ひんやりとしとるのに、として……じっとり湿っとるがな………。

何か知らんけど、っちゅうかっちゅうかうごめいとるみたいやし……気色悪い手触りやなぁ。

こんなモンが……ホンマに俺の望んだ宝具アイテムやっちゅうんかいな、原理Principleの奴も信用ならんっぽいやっちゃからなぁ……抜いてしもて大丈夫なんかな?」


 慣れぬ柄から伝わる感触に、愛鸞はその右掌を放すことはしなかったものの……そのままの姿勢で凍り付いたかのように身動きを止めて、目線だけはていで柄を喰い入るように見つめていた。


『個体名アラン・ウグモリよ……其方の手に在る剣を、其方に与えられし『リオタジ・テイター』Riotagitatorを……そのまま抜き放つな。

其方に付与されし宝具アイテムについて、最後の補足説明をしなければならぬ故にな………』


 愛鸞の頭蓋内あたまに響く声は、確かに……先程まで白痴の虚無ホワイト・ホロウにおいて言葉を交わしていた、原理Principleの声に相違なかった。


「ええぃっ!

鬱陶うっとうしいやっちゃな、頭の中でグジャグジャくっちゃべってんと……話があんねんやったら目の前まで来て物を云わんかいやっ!!

ホンマ……アンタらことわりとか抜かすヤカラは、失礼にも程があるんとちゃうか?」


 愛鸞の憤怒を含んだ声にも、激しくなじるような口調に接しても、原理Principleは何らひるんだ様子も……感情を揺るがされたような気配もなく、平素と変わらぬ落ち着き払った声音を引き続き彼の脳髄へ響かせる。


「個体名アラン・ウグモリよ、其方の抗議については聞き届けたが、この念話テレパシーによる接続を遮断し……其方の許へと直接的に顕現する必要性および蓋然性については認知しかねる。

ことわりが在るべき存在意義レゾン・デートルとして……管理すべき世界への顕現は極力控えるべきであると云う内規……いやことわりの個ではなく群としての律法が規定されておるが故に、個体名アラン・ウグモリの要望を聞き届けるは……この厳格なる律法の精神に著しく抵触する恐れが介在しているのだ。

したがって……当該の通知に際しては、其方の頭蓋内へと念話テレパシーによる手段を用いぬと云う要望については叶わぬ。


 原理Principleによるにべもない拒絶の言葉を聞いた愛鸞は、スゥッと眼をすがめると……左の手で自身の 顳顬こめかみの辺りをさすると、目線を上空付近に定めてにらみつけた。


「ホンマに……何やねんっ!

アンタらことわりっちゅうんは、お役所かなんかと一緒なんかいっ!!

ああ云うたらこう云う……結局の所は、俺の話なんか聞くつもりももあれへんやないかいっ!

本気マジの悪い連中やの、もうどないでもエエわいっ!

俺にご用がございますれば……ちゃっちゃと念話テレパシーでも何でもエエから云わんかいやっ!!」


 吐き捨てる愛鸞の声にも動じることなく、原理Principleは淡々と告げるべき事柄について彼へ告げる。


『個体名アラン・ウグモリよ、其方に与えられし『リオタジ・テイター』Riotagitatorと銘打たれた剣であるが……其はなのだ。

その柄に其方がこの世界で初めて接触を果たしたことにより、其方と『リオタジ・テイター』Riotagitator結合リンクは既に生成された。

そして『リオタジ・テイター』Riotagitatorは敵に相対した時……其方の意思により抜き放つと、その殺戮本能さつりくほんのうに従い……生命ある者の輪廻を断ち切り吸い尽くすまではその衝動を収めることなく荒ぶり続ける性質を持つ。

そして…… 『リオタジ・テイター』Riotagitatorは我の管理する他の並行世界においても、その名と姿を変じて現し身を存在しているのだ。

他の並行世界においては『嵐をもたらす者』と銘打たれ、帝位を継承すべき白子アルビノの皇子がたずさえ……そのままでは虚弱で生命のはかな運命さだめにある皇子の、活力と生命力の源として振るわれている。

もっとも……かの皇子が敵対者ばかりの生命を、むさぼすすり取っている訳でもなさそうではあるのだが……』


 原理Principle念話テレパシーを聞き終えた愛鸞は、疑問を口に出して問うた。


「そしたら……この 『リオタジ・テイター』Riotagitatorたら云う名前の剣は、生き物みたいにエサを……この剣で殺した相手の生命を与えなアカンっちゅうことかいな?

それもアンタの話によると、エサになる生命に敵味方は関係なしってことか?」


 愛鸞の明け透けな質問に、原理Principleは即座に念話テレパシーを返す。


『そうだ、其方の手より抜き放たれた『リオタジ・テイター』Riotagitatorは……己が欲望を満たすまで、その殺戮本能さつりくほんのうが満たされるまで、眼前に在る生けとし生ける者の生命を喰らい貪り啜り続けるであろう。

その欲望を制御し、抑制することは其方への苦行となるであろうが……それが其方の望みであり、其方の求めし苦難であると認識される。

では……其方の使命が果たされ、其方が我の輪廻の輪へと参画する日を待っておるぞ。

さらばだ……個体名アラン・ウグモリよ…………』


 念話テレパシーは、切断音を立てることなく突然に切れた。

 その唐突かつ自分本位な交信コミュニケーションの途絶に、愛鸞は苦々しくも忌々しそうな表情を浮かべて……呟いた。


「ホンマに……これやから……神だの仏だの………自分が偉いとか尊いとか抜かすたぐいヤカラは嫌いやねん。

手前勝手で得手勝手な言い分ばっかり抜かしやがって、腹立たしいにも程があるっちゅうねん。

せやけどこの…… 『リオタジ・テイター』Riotagitatorか、コイツはちょっと取り扱い注意やな。

戦闘態勢で抜いてしもたら……敵も味方も見境なしっちゅうねんから、下手こいたら味方を誤爆フレンドリー・ファイアしまくりの……ただの血に飢えた狂戦士バーサーカーに落ちぶれてしまいそうやもんな。

そやけど、あの白子アルビノの皇子たら云う奴の話はなんやったんや?

そいつみたいに敵を殺し回っとったら、俺も元気ハツラツ……みたいになるでっちゅうことなんやろか?」


 右掌をまだ『リオタジ・テイター』Riotagitatorの柄に掛けたままの愛鸞は、もう一度気味が悪そうな表情を浮かべて原理Principleから賜った宝具アイテムに眼を遣った。



【第5話 転籍の地へ:完】



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「良い……の………かな?

こん……な所……で………永……遠の戦……士エターナル・チャンピオンの………ネタ…………なん……か…………出し……ちゃって…………。

まあ………こん……な…………マイ……ナーな………『カケヨメ』…………な……んて…………web………小……説サ……イトで異世……界転生……物を読…んで………る人間に…………マ……イケ……ル・ムア……コック…………を知って……る奴な………んてい……ないで………しょ?」


 再びどこからともなく聞こえる途切れ途切れの声に、愛鸞は鋭く反応し………その昏き燃ゆるような視線を中空に投げ掛けた。

 その視線の先に居る人物は、一瞬だけ愛鸞と視線が絡み合ったような気配を感じ……その間隙すきまに介在する端末をそっと閉じた。

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