第4話 選択の趨勢

 逃げ場のない選択肢を示された愛鸞は、魂が抜け落ちるように大きな溜め息をいた……もし、死せる人間に魂が付帯していると仮定してのことだが。


「原理さんよぉ、アンタの云う言葉を額面通りに受け取るなら、俺はアンタの世界で不慮の事故か……寿命を全うすることでしか死なれへんと。

ほんでから、アンタの世界で設定された禁忌を犯してアンタの世界から抜け出す確率は……アンタの世界に生きてる人口分の1っちゅう、うっすい薄い分母をくぐり抜けやんとアカンっちゅうことやねんな?」


 蒼白いほのおにも似た、愛鸞の鋭い怒りの視線を前にして…… 原理Principleは表情を動かすことなく冷静に、そして無感情な顔のまま軽くうなずいた。


「そうだ、個体名アラン・ウグモリよ……ようやく我の、我らの流儀ルールを理解したようだな。

それでは其方の役割を、我が世界の中における其方の生きる指針を結審しようではないか」


 その声を聞いてなお、愛鸞は首を横に振って声を上げる。


「いや……当初に聞いたアンタの話には、もう一つの選択肢もあった筈や。

俺が何者にもならず、何も選び取らんかった場合は……俺はこのままこの世界に留め置かれるって話やったが、俺がそれを選んだらどないなるんや?」


 愛鸞の問いに、今度も 原理Principleは即座に回答を寄越す。


「その状況を選択した場合、其方は永劫にこの白痴の虚無ホワイト・ホロウにおける唯一無二の虜囚となるのだ。

生者でもなく、さりとて屍者でもない存在として……我も立ち去りしこの世界で、魂の残滓ざんしだけが輪廻の輪からも外れ、あらゆる並行世界が滅び去ろうが、どのように勃興しようが……其方だけはその全てのくびきから解き放たれ、あらゆる存在と無関係にそこにただの存在となるだけのことだ。

その結審を望むのならば、それは一向に構わぬ」


 大方の予想通りの回答であったが、流石の愛鸞も慌てて首を振る。


「いや………それを選ぶんは悪手中の悪手やろ。

自分自身の将来………って死んだ人間が将来のことを考えんのも妙ちきりんな話やねんけど、取り敢えずその選択肢はないな。

ところで、自殺はアカンっちゅう話やったけど……不慮の事故の定義ってどんな約款やっかんになっとるんや?

なんや……生命保険の契約直前みたいな話になっとるがな…………」


 愛鸞の自嘲じみた小ボケすらも、 原理Principleは完全に無視スルーを決め込み……通常営業の無表情を保っている。


「個体名アラン・ウグモリよ、其方が自身の第二の生における禁則事項について識ることは……我らの流儀に干渉することではないと認識される。

しからば、其方の行為について禁じられている所業および使命の達成における仔細について開示せんものとしよう。


一、其方は次の生において自傷もしくは自死を選び取るような行為を禁じられている、有り体に云うと自死では苦しむが死にきれぬのだ。

一、戦闘中もしくは他者からの謀略に基づく直接的な死は、不慮の死として認定される。

一、他者を救う為、災害もしくは襲撃者と相対し、その被害により損耗し死に至った場合は不慮の死として認定される。

一、現地において如何なる病や疫病に罹患しようとも、其方の肉体は死することなく補正効果により療養期間を経て恢復することとなる。

一、自然発生的な毒物および、他者からの謀略に伴うあらゆる毒物を摂取または注入されし場合も、其方の肉体の補正効果に伴いあらゆる毒素は其方の身を損なうことはない。

一、戦闘や自然災害、そしてあらゆる損害を被り即死に能わぬ……一部欠損を経た其方の肉体は、現地の治療技術の助力を得られなければその機能を恢復することはない。

一、そして其方が死した場合、其方は未だ正式には我の輪廻の輪に参画しておる訳ではない故……果たすべき役割を果たさぬ限り、そのままの姿形を以って死したる現場の直近かつ最も安全な場所にて再生し再誕される。

もし……役割を果たし第二の生を全うした場合においてのみ、我の世界において輪廻の輪の循環サイクルに組み込まれる。

一、其方の第二の生における使命を達成させる為の扶助として、其方が選択した果たすべき役割ロールプレイに優位性をもたら技能スキルもしくは宝具アイテムを付与する。


これらが其方の第二の生における禁則事項であり、付与される補正および附帯事項である」


  原理Principleによって告げられた転籍者へのについて、数瞬の間だけ瞑目していた愛鸞であったが……スゥッと眼を見開くと 原理Principleを見遣り再度の質問を投げかける。


「その……使命っちゅうんは何なんや?

それに、輪廻の輪に組み込まれてない時点で死んだとして……その死亡時にアンタの世界での禁忌に抵触したら、俺は再転籍されることになるんか?

それとも輪廻の輪に組み込まれてからやないと、その禁忌に触れることは叶わんっちゅうことかいな?」


 愛鸞の問いに、 原理Principleは冷ややかとも形容可能な視線と共に回答を告げる。


「使命については、其方が何を選択し……我が管理するいずれの並行世界へと降り立つかによって可変するものであり、世界における其方の使命を開示することはあたわぬ。

そして、当該世界における使命を果たさず……輪廻の輪に組み込まれる以前の其方には、禁忌における埒外らちがいに帰属しておるが故に、何を為そうが転籍することは叶わぬ。

もし……使命を果たし輪廻の輪の内側にて禁忌に触れたとしても、其方が摂理Providenceの管理する世界群へと帰還する可能性は薄いと云わざるを得ない。

我らことわりの管理者は、ことわりの数だけ存在しておる故にな」


 何の感情もうかがい知れぬ表情と、どのような感情も含まぬ平板な声音に晒されて……愛鸞はくらい視線で原理Principleを見つめた。


「そんなことやろうと思ったわ、アンタらみたいな上から目線でパチモンの神様気取りなやからなんて……どうせ俺みたいな下々のモンの生き死にやの希望なんか、まるで眼中にないってことなんやろな。

せやけど、うっすい確率の中やけど……アンタの指定する使命をなし終えて、アンタのことわりの中で輪廻の輪に参画したら……俺が元の世界に帰還できる可能性はあるんやな?

そやったら俺はその賭けギャンブルに、俺の生命を全張りオールインするしかないやんけ。

とりあえずアンタの世界で一番人口が少なくて、政情不安を抱えた場所に転籍させてくれや。

その世界での役割ロールプレイなんか知ったこっちゃないけど、まともに死ぬことがないんやったら……名を挙げる可能性が高くて死にやすい、兵士とか戦士の階級クラスに俺を飛ばしてくれよ。

技能スキルやとか宝具アイテムなんかなんでもエエわ、ハイリスクでハイリターンの強烈なヤツを寄越せよ」


 ギラギラと野生のけだもののように両眼を輝かせながら愛鸞は、先程から微動だにせず佇む原理Principleへと自己の希望を告げた。


「よかろう、個体名アラン・ウグモリよ……其方の審理については現時刻を以って結審した。

其方の希望に叶うであろう転籍の地へ、其方が望む宝具アイテムを携えて赴くが良い。

最後に問おう……先程に述べられた希望に相違はないな?」


 原理Principleの問いに、愛鸞は無言のまま真顔で深く頷いた。


「では……個体名アラン・ウグモリよ……善き旅路をボン・ヴォヤージュ……………」


 原理Principleの言葉の後にまばたきをした愛鸞は、先刻までとはガラリと変化した風景の中に独り佇んでいた。



【第4話 選択の趨勢:完】








___________________________________


『あぁ………これは……厳しい………マズいことに…………なったかも………………』


 愛鸞の耳に、聞き慣れぬ何者かの声が届いたような気がした。


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