第3話 神との対話

 睨み付ける愛鸞と、冷ややかな視線で見つめる謎の人物……異質な対比を見せる両者ではあったが、先に絡み合う視線のもたらす沈黙を打ち破ったのは鵜久森百合子を転写したと述べる人物の方であった。


「個体名アラン・ウグモリよ、其方が過去に所属していた世界のことわりより忌避されたるは違えようのない事実である。

審理については其方が我の管理地より

何処いずこの世界へと配属され……その世界においてどのような役割を与えられし存在ロール・プレイヤーとなるのかを結審するものであり、被告人たる其方には異議および異論を挟む余地は与えられぬのだ。

しかしながら……其方にとっては異界の地における第二の生セカンド・キャリアを決定する選択となるが故に、其方の希望については世界の秩序を破壊せぬ範囲で聞き遂げられる可能性を含んでいる。

では……審理を始めよう」


 自身の妻の顔と姿をした人物が、己が妻の声で冷徹に得手勝手な宣告をしつつ……自己都合だけに聞こえる論理を展開して、そのまま議事を進行しようとするのを聞き咎めた愛鸞は……それを押し留めようとツッコミを入れる。


「いやいやいやいや……アンタ

………突っ込みしろが満載のフリを入れて、そのまま自由気ままに話を進めるとか……どんだけ腕白で上級なボケの被せ方やねん!

とりあえず……アンタは誰で何者ナニモンや、自己紹介もないとか……失礼にも程があるやろ?

それにやで……俺が世界のことわりから忌避されただの、審理を受ける被告人だの……俺が何をやらかしたんか、罪状認否もあらへんとか意味不明やわ。

アンタの管理地?異界?役割?配属?……なんか知らんけど、俺は転勤して単身赴任でもするんかいな?

そんなんどうでも宜しいから、百合子と桃子のる場所へ帰してくれやっちゅうねん」


 静謐とも形容可能な、感情が抜け落ちたのか……もしくは眼の前に立つ愛鸞はおろか、世界を構成する全ての事物に興味を持っていないのか……白い長衣を纏いし女の姿をした人物は、無表情に無造作に愛鸞へと視線を送ると、愛鸞の問いに回答を始める。


「私は其方の産まれ落ちた世界に、広くあまねく浸透している摂理Providenceの対極に存在しながら……我が世界の内側においては同様に広く遍く浸透している存在……原理Principleと呼ばれるモノ。

我々は純粋な意味で生物ではなく、其方の認識方法から勘案するに『神』と呼称されるべき超生命体……肉体を放棄し、精神だけをこの世界に留め記録し監視するとも呼び得る超越者たる存在なのだ。

そして其方が摂理Providenceの世界から忌避された理由は、唯一無二の事象によるものだ。

其方は死の間際において、のであろう。

それが其方の犯した禁忌であり、犯意なき犯罪行為の罪状の全てであり……罰は既に摂理Providenceの管轄、その輪廻転生の輪よりの永久的な追放によってあがなわれている。

それ故に其方の望みが叶えられる可能性は万が一にもあり得ぬ、其方の記憶に刻まれし個体名ユリコ・ウグモリおよび個体名モモコ・ウグモリの両名は……摂理Providenceが管理運営する輪廻の輪より、逸脱はしておらぬが故にな。

そして最後に被告人である個体名アラン・ウグモリよ、其方の審理についてであるが……先刻も通達したように其方が我が管理地の内より、いずれかの世界へと異界転籍するのか。

そしてその世界において、其方が如何いかなる能力を以って何事かを為すのか……その結審を行うものである。

其方の云う転勤と単身赴任との論理は、今回の異界転籍において要件が合致するのやも知れん。

ただ……その内容については、片道切符で未来永劫に異界の地へ其方の肉体と魂を縛り付けられると云う前提条件を含んではおるのだがな」


 原理Principleと名乗る人物の説明に、愛鸞は不服そうに口を歪めると……塵一つ落ちず光り輝き、染み一つない純白の穢れなき清廉な床の上に唾を吐きかけた。


「ハッ!!

巫山戯ふざけとんやないぞっ!

病気で死んだんは仕方しゃあないにしても、死ぬ瞬間に神さんでも悪魔にでも縋ってまうのは普通の話やないんか?

たったそれだけの理由で、片道切符の単身赴任やとぉ?

俺だけがその輪廻の輪から弾き出されたっちゅうことは、俺は二度と百合子に桃子に……巡り会うすべを失ったってことなんやろ?

アンタが神さんか何か知らんけど、そないな場所でどんな役割を押し付けられたとしても、俺がそっちの世界の為に……指一本も動かす訳ないやんけ。

逆に言うたら、そっちの世界で死にかけた俺が……前とおんなじように神と悪魔の罪に抵触するような真似したら、元の世界に戻れるんとちゃうんか?」


 怒りの余りにいささか柄の悪い言葉を喚き散らす愛鸞に、原理Principleと名乗る存在はまるで動じることもなく訂正の言葉を告げるのだった。


「個体名アラン・ウグモリよ、其方の言には認識が足りておらぬ部分があるので……補足説明をしておかねばなるまい。

摂理Providenceの世界において、咎人とがびととなり……我、原理 Principleの世界へと転籍するにあたり、其方の身には補正が掛かっているのだ。

そう……其方は前の世界において病を得て生命を喪失したのであろう?

と……なれば次の世界で其方は病で死ぬことはあり得ない、自害を除く不慮の事故か……寿命を全うするまではしかない。

そして摂理Providenceであれ、原理Principleの世界であれ……禁忌の罪状は固定されたモノではない、無作為抽出ランダム・サンプリングによる割り当て方式に起因するモノなのだ。

例えば、当該世界の人口が70億人であれば……禁忌の罪は70億通りあると認識して貰って差し支えない。

であるからして、確率論としては其方が原理Principleの管理する世界にて禁忌の罪に抵触する可能性はゼロに等しいと云っても過言ではないだろう」


 原理Principleの冷徹で冴え冴えとした補足説明に、片や愛鸞は眼の前に垂れ込める漆黒の雷雲が迫り来るような錯覚を覚えた。



【第3話 神との対話:完】

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