第2話

カストール家の家訓、盾と剣を合わせた家紋のベルトにも刻まれている一言がある。

『常に備えよ』

これは何かに備えるために準備せよ。と言うことではない。その場で何かをできる様にする為に備えよ、つまりはありとあらゆることを予測せよと言うことでもある。

「クソババア、いつかぶっ殺してやる」

あ、ジョンは女性である。

ショートボブの黒髪に鋭い眼光、精悍な顔立ちに逞しい四肢を持つジョンは、そう悪態をついて荷物の入った大型リュックと愛刀、そしてライフル銃を背負い、部屋から連れ出そうと向かってきた屋敷の警備兵を文字通り叩き潰して沈めると、最後まで抵抗してきた隊長に自分の女性らしい部分に顔面を沈めさせて失神させるという荒技で堕とし、ガチガチ歯を鳴らした見目麗しい見習い警備兵の少年にウインクをして気絶させ、意気揚々と屋敷を叩き出されてこのザマである。まぁ、現当主様はその成果に喜んでくださるか分からないが・・・。

「さて。行くか」

諦めは良い方である。これはカストールの血がそうさせていると言っても過言ではない。

「お姉さま、ご武運をお祈りしております!」

屋敷の窓から正しく貴族の令嬢と呼べる容姿のアンネが手を振って見送りをしてくれていた。可愛い妹は文字通り可愛い姿ですくすくと育ち、もう直ぐ王国の第三王子と結婚をすることになっていた。新聞では素晴らしいカップルであると評され国民が祝福していると書かれていたが、ジョンは祝福などしていなかった。

ーあんな、痩せた男のどこが良いのだろう?ー

恐らくだが拳の軽い一撃で立ちどころに殺せてしまうであろうあの男を思い出すと、妹の不幸を嘆いた。ああ、もう少しで良いから腕っ節のある男を探してやればよかったと反省もした。

「幸せになれよ!」

涙を流して見送る妹に詫びながら口先だけの祝いの言葉を送ると屋敷前の道を歩いていく。招集先はガストロ海軍基地であった、ここから23キロほど先にある大きな基地である。屋敷前にもバス停はあるが、たかだか23キロである。こんなもの普通の男でも散歩程度に歩けるはずだ。

「さて、行くか」

リュックサックは30キロ、刀は1キロ、ライフルは1・5キロと、普段より軽い荷物を持ち、ゆっくりと走っていく。リュックサックの中には夢も希望も詰まっていない。無論、生きるための道具が入っている。

『常に備えよ』を忘れてはならない。

まずは金だ。まぁ、庶民が1年は遊んで暮らせる分は十分にある。次に食料だ。乾燥した肉や缶詰などが入っている、これも1週間分はあるので食うには困らないだろう。そして着替えと固形石鹸、これも衛生上大切である。自分が女性であることも忘れてはならない。これだけあれば、まぁ、自分の中では及第点だろう。

次に剣だ、振り慣れた大型軍用サーベルである。時代遅れの代物であるが、切り落とすことに関しては一級品である。 領内の盗賊退治の時に使ったが素晴らしい切れ味で、1人が真っ二つに処断されると、残りの盗賊達は真っ青な顔をして命乞いをしてきたものだ。仕方がないので、1人だけ生かしてやると言って殺し合いをさせたが、これがどうして、中々決着がつかなかった。したがってこちらで間引きをした。残った最後の男に隠れ家まで案内させると、その場で一刀両断し、連れ去られていた女子供を救い出した。彼らが奪い去った美術品も取り返したが金は今リュックサックに入っている。

次にライフルである。3年前に武器商人のギーランドという老人がこんなものがあると見せに来た時に一目惚れしてしまった物だ。手に入れた時は嬉しさのあまり入れられていた木箱を叩き壊してギーランドが腰を抜かしていた。軽装甲車の装甲を貫通し、人に当たればバラバラにできるという便利な20ミリ対物ライフルというこの銃は素晴らしい。弾も立派な大きさであるので気に入っている。まぁ、連射ができないのは辛いところであるが、連射などと言うものは情けないひ弱な男が好みそうな手法である。紳士淑女たるもの、物事はスマートに一撃で済まさなければならない。一撃というのは存外侮れないのである。

あ、忘れていたが拳銃も腰にある。50口径の大型である。こちらも実に使い勝手がよろしい。立て篭もりに遭遇した際にはドアごと犯人をブチ抜いて仕留めることができた。あ、あとは好物のスイカを割るのにも使っている。一撃で粉々になる様は見ていて爽快だし、食べて美味い。

まぁ、この説明をするとカストール家以外の人間は医者を勧める。医者は素晴らしい。頭が良いから理解力がある。銃口を頭に突きつけて、生きるか死ぬかを問うと、生きるを選択する。カストール家に仕えるロゼッタギル先生は名医である。痩せた女ではあるが、銃口を頭に突きつけると口で咥え直して右手人差し指で撃ってみろと誘いをかけてくる。これには大変困った。危うく引き金を引きそうになるが堪えた。撃ってしまうと診断は異常になってしまう。私の診断書は結局、腰抜け と書かれて当主を呆れさせた。当主は2回ほど腕力で対抗しようとしたが、先生に薬剤を打ち込まれて3日間ほど生死の境を彷徨い、挙句、その間の垂れ流しの風景を撮影されて散々コケにされた挙句、玉無し と診断を賜ったそうだ。

やはり名医である、確かに玉はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る