第73話 強敵1

 華怜さんと共に森を疾走する。

 背後には、猿の大群が続いている。止まると面倒だな。

 華怜さんは、立ち塞がる魔物をなで斬りにしていた。

 的確に急所や手足を狙っており、動けなくしている。 ここで思う。


『華怜さんは、何かを焦っているな……』


 "神託者”という謎のスキル、もしくは称号。だけど、その情報はかなり有用だ。

 推測するに、神様から直接情報を得られていると思う。

 未踏破地域の情報も得られるのであれば、インターネットどころの情報量ではない。

 それこそ、この森の情報を全て把握していてもおかしくはないと思う。

 その華怜さんが、何かを焦っている……。


 背後を振り返ると、猿は諦めたのか、追って来なくなった。

 多分、テリトリーから抜け出せたのだと思う。

 ここから、また魔物の種類が変わる。

 前を向く。


「うお!?」


 熊の魔物が投げ飛ばされたように、俺に向かって飛んで来た。

 慌てて探す。

 華怜さんとの距離も少し開いてしまった。


『100キログラムを軽く超えているだろうに。あの熊を剣で吹き飛ばすって、どんなSTR値なんだろうか……』


 ゲームのようなステータスのある世界だけど、あの細い腕でそれを実現しているのは、不可思議でしょうがない。

 いや、余計なことは置いておこう。

 今は、華怜さんに追いつくのが先決だ。

 そう思った時だった。 華鈴さんが止まった。 俺も止まる。


「何かありましたか?」


「……見つかってしまいました」


 俺は、華怜さんと対峙している魔物を見た。


「……ウサギ?」


 通常サイズの兎だった。前世の動物と何ら変わらない。

 だけど、華怜さんは冷汗を流している。

 油断はしていないつもりだけど、あの兎の魔物と会いたくなかったのか?

 周囲を警戒する。

 不自然なほど、他の魔物は俺達に寄って来なかった。

 何かがおかしい……。


 俺は短剣を四本地面に投げて、結界術を発動させた。


「翔斗さん! ダメ!!」


 華怜さんからの突然の制止。

 反射的に、自分の正面に〈空間障壁〉を展開した。


 ──ドガン


 次の瞬間に、大気が震えた。

 そして、目の前に兎がいる。

 〈空間障壁〉に噛り付いており、一部が欠けていた。

 何だこの魔物は?


 ここで、華怜さんが結界石を割った。

 俺は華怜さんのそばに移動する。


「何ですか、あの兎は?」


「災害級の魔物です。あの魔物が一匹でもクレスの街に襲いかかったら、一日で滅ぼされるでしょう。

 いえ……、人族の領土に降りたら、壊滅状態にまで追いつめられるでしょうね」


 国を滅ぼせる魔物? あれが? 見た目普通だけど……。

 兎を見る。〈空間障壁〉を半分くらい齧って、食べていた。魔力を食べている?

 それと……、スピードが段違いだった。多分だけど、ステータス特化の魔物だと思う。


「……敵対行動を取らなければ良かった?」


「いえ、見つかった時点で逃走は不可能です。それほどのスピードを持っています。いえ……、どんな物でもかみ砕けるパワーと、物理攻撃無効に近い防御力も兼ね備えています。魔法は……、今の雷鎚トールハンマーでもHPは削り切れないでしょうね。まあ、まず当たりませんけど」


「対処法は、ありますか?」


「……他の魔物に襲いかかっている間に逃げるのがベストですが、今は期待できそうにないですね」


「結界石を破られる可能性は?」


「とりあえず、ありません。陽が落ちれば、アンデット系の魔物が出て来るはずです。その間に逃走がいいかな……」


 陽は結構傾いている。あと数時間で夜になるだろう。

 目的の遺跡まではあと少しだ。

 正直邪魔だな。


「足止めは可能ですか?」


 華怜さんが、俺を見る。


「何をしようとしているのですか?」


雷鎚トールハンマーで倒せないかなと……」


「先ほども言いましたが、当たっても、HPを削り切れませんよ? それこそ、上級職が十人以上集まってやっと倒せるくらいの魔物なのに」


「今なら、2~3回は撃てそうですけど?」


 レベルが上がったからなんだろうか? 

 雷魔法の理解度が上がり全魔力を込めなくても、雷鎚トールハンマーが撃てるようになっていた。

 天候にもよるけど、MP200前後で雷鎚トールハンマーが撃てる。


 華怜さんが黙ってしまった。

 俺は、兎を見続けている。

 結界に触れようとはしないけど、兎も俺を見続けている。

 そして、動こうとはしない……。

 俺は雷魔法を使って、短剣四本を引き寄せてみる。それでも、兎は動かない。


「……翔斗さんの全魔力を使っても、討伐は無理そうです」


雷鎚トールハンマーは、格上をも圧倒できると思ったのですけどね……。俺のレベルが低すぎますね」


 この森に一人で入ってから、ずっと思っていたことだ。

 パワーレベリングをした方が、いいかもしれないな。


 俺は結界内で座り込んで、兎を観察することにした。





 2022年ですね。

 新年あけましておめでとうございます。

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