第61話 昔の話1

「翔斗さんの話が、聞きたいです」


 一緒に食事を摂っている時に不意に言われた。

 今俺達は、森の外周部に入っていた。そして、夜通しで迎撃を行い。今は朝日が昇っている。

 これから、交代で寝るんだ。話せるのは今だけか。

 しかし、俺の話か……。何を話そうかな……。


「女王蟻の討伐の話か、この世界に来る前の話しかないですけど……」


「前の世界の話が聞きたいです」


 土御門さんは、姿勢を正して真っ直ぐに俺を見ている。


「……面白くはないと思いますよ?」


「聞かせてください」


 ため息を吐く。


「……父親は警察官でした。俺が小学生の時に、非番でコンビニに寄った際に強盗に出くわしたそうです。

 そして……、殉職しました」


「え?」


 いきなり重い話になってしまったかな。

 だけど、俺の話をするのであれば、父さんの話からしなければならない。


「父親は、格闘技の有段者でした。剣道・柔道・空手とね。

 刃物を持ったコンビニ強盗など秒で制圧できたでしょうに。

 でも……、しなかったんです。説得を試みたらしいです。そして、刺された……」


 土御門さんは、絶句している。


「俺は、父親の葬式の後、荒れました。

 心が荒んでいた……、かな。他人に力を振るうことはなかったのですが、公共物とかに当たったりして……。

 そんな時……、中学一年生の時に、同級生がからかってきました。父親のことを悪く言って……」


 土御門さんは、静かに聞いてくれている。


「やっぱり止めましょうか」


「いえ、聞きたいです。続けてください」


「ふう~」っと、ため息を吐き出した。


「口喧嘩の後に背後から叩かれて、キレてしまいましたよ。

 俺の持つ武術の技を駆使して、痛めつけてしまいました。骨が折れない程度にですけどね……。

 同級生の前で大恥をかかせてやりました。

 まあ、多少は気が晴れたのかもしれません。

 そうしたら、今度は高校生や無職の人を五人連れて、喧嘩を売りに来ました。

 金属バットやナイフなどの武装をしてね……。

 時代錯誤も良いとこですよ」


「逃げなかったのですか?」


「……正直、逃げる必要もないと思いました。武装しているとはいえ、動きが素人でしたからね。

 ただし、今度は俺も本気で攻撃しまた。

 腕の骨を折ったり、本気で相手の顔を殴ったりして歯を折ったり……。地面がコンクリートなのに投げたり……。

 その時は、"自分は強いんだ"と思えて高揚感もありましたね。

 それで、全員制圧した後に、警察と救急車を呼んで、終わりとしました。

 まあ、終わらなかったのですけどね……」


「……翔斗さんにも男の子の時代があったのですね」


「それで、父親の友人だったという人に説教されました。

 『逃げるべきであった』っと。

 仮に俺に年頃の姉がいたら……、とか。最悪な展開を教えられました。まあ、実際にある事なのでしょうね……。

 兄妹は、小学生の妹で良かったのですけど……。

 そして、『君の父親なら、更生を試みただろう』とかも言われましたよ。

 ぶつけようのない怒りと、格闘技を習っていたという自負。未熟な俺が引き起こした無駄な事件でした。

 武道七則……。今思えば、俺は父親の教えを受け継げなかった"なまくら以下"の人間だったということなのでしょうね。

 それと、相手は少年院送りになりました……。殺人未遂でしたからね。

 俺は……、段位はなかったし、素手で相手をしたので、厳重注意だけでした」


「……終わらなかったのですね」


 俺は、小さく頷いた。


「一年後に、襲撃されました。相手は、夜にフルフェイスのヘルメットを被って顔がバレないように。

 背後から、頭を殴られて、数十発袋叩きにされました。

 一瞬意識が飛んだのですが、反射で相手の金属バットを奪い取って、反撃しました……。それで、相手は逃走。

 あれは、逃げられなかったかな……。

 俺は……、人通りの少ない道で血だまりを作って倒れていたそうです」


 華鈴さんが、絶句して口元を隠した。


「まあ、相手はすぐに見つかったのですが、俺は全治半年の大怪我でした。

 相手の両親も謝りに来て、父親の友人も見舞いに来てくれました。

 何を言っていたのかは、覚えていません。でも、あの時の母親と妹の表情だけは、今でも忘れられません」


「翔斗さんは、悪くないと思うのですが」


「……結果論ですね。それからは、まじめに生きたつもりです。

 でも、そんな時に働き詰めの母親が倒れて……。俺は、家にお金を入れるためにバイト生活を始めました」


「えっと、高校は?」


「とりあえず、卒業はしました。一番近い学校……、それほど偏差値の高くないところを選んだのでね。

 テストは、教科書を数回程度読むだけで平均点は取れました。授業は……、寝てました。

 そんな学校です」


「……何気に、翔斗さんは、頭いいですよね?」


 驚いて、顔を上げる。


「……何回か言われたことがある言葉ですね。でも、俺は頭悪いですよ?」


 土御門さんは、クスクスと笑い出した。


「真面目に勉強をしなかった、秀才かな?

 神様からも聞いています。少ない手持ちのカードで危険な森を生き延びたって。

 そして、他を圧倒するスキルを発現したとも」


 苦笑いをする。


「でも過去の悪評は、地域に広まっていて……。就職失敗で高校を卒業してもフリーターでした」


 今度は、土御門さんが怪計そうな表情を浮かべた。


「それは、勘違いでは?」


「面接してくれた会社がどう思っていたのかは分かりません。でも、就職はできませんでした……。

 俺が母親と妹を養わなければならないのにね。

 気持ちを切り替えて、賃金のいい建設業のアルバイトをしていたのですが、事故に巻き込まれて、この世界に来ました」


「……家族を残して来て、心残りがあるのですね」


「いえ、神様と取引しました。この世界での俺の行動は、家族に還元されているみたいです。具体的には、日本円なのですが……、"裕福"ではなくて"幸運"を与えると言っていました。今は信じるしかないんですが、心配はしています」


「……そうですか。翔斗さんはそういう契約を結んだのですね」


「短かったかな? まあ、俺の話はこんなところです。

 少し悪いことはあったかもしれませんが、悲劇になるような話ではないですよね。

 小説にしても、売れそうにないし。頭の悪い主人公が、あがくだけの人生……かな。

 それと次は、土御門さんの番ですよ?」


 土御門さんが、黙ってしまった。

 数十秒の沈黙……。予想外だったのかな? 今はなにかを考えている。

 言いたくないのであれば、聞かない方がいいだろう。

 だけど、決心がついたのか口を開いた。


「身長160センチメートル。体重120キログラムの女性は、どう思いますか?」

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