第53話 新しい出会い

 二日かけて森から抜けられた。

 後は、少し歩けばクレスの街だ。

 とりあえず、〈スキル:隠密〉を発動させ続けながら移動することにした。

 まあ、このあたりの魔物は、本当に雑魚だ。囲まれでもしない限りは問題はない。

 こうして、クレスに向かって歩を進めた。



「おう? ショート殿ではないか。森に入っていたのではないか?」


 城壁の前で、顔見知りの衛兵に声をかけられた。

 一応、ギルドカードを渡す。ライサさんだと無条件なんだけどね。


「行けるところまで進んだのですけど……、無理がありそうだったので戻って来ました」


「うむ、賢明だな。森に入るのであれば、危機を察知する能力が最も生存率を高める。言わずと知れたことだがな」


 それもそうだな。

 この世界に来る前は、安全な世界で生活していた俺なんだ。

 この異世界の常識には、まだ疎いところもある。

 それと、〈スキル:警報〉を取っておいて良かったとも思えた。

 その後、衛兵にこっそりと魔石を渡す。

 そのうち協力して貰うこともあるだろう。


「それでは、ディーンさん。また森に行く時に相談に乗ってください」


「うむ、ショート殿。何でも聞いてくれ!」


 賄賂はいけないのかもしれないけど、今は味方が欲しい。そして、ここは日本じゃない。チップと考えよう。

 まあ、俺は役人じゃないんだ。贈答品とでも思って貰おう。


「さて、まずはクラウディア様への報告からだな……。と言っても、"無理でした"とも言えないし。

 何て報告しようかな……」


 悪い頭を働かせて、言いわけを考えながら、門を潜り、歩き始めた。





 領主代理のクラウディア様の屋敷に着いた。

 門兵に挨拶すると、通してくれる。もうこの屋敷では、俺は顔パスになっているんだな。繋がりのある商業ギルドも同じかもしれない。

 屋敷に入ると、メイドさんに連れられて、小部屋に案内された。応接室だと思う。


 いきなり来たので、少し待つことになるりそうだ。

 まあ、アポイントもなしに来たのだ。こればかりは、しょうがない。

 何を報告しようか考えている時だった。


 ──コンコン


 ドアのノックが鳴った。ここで、俺の〈スキル:警報〉が反応した。

 危険人物? 俺に害意がある? 少し身構える。


「どうぞ……」


 ドアが開かれると、見知らぬ女性が入って来た。

 誰だ? そして、その容姿に驚く。

 その人が、俺の前に座った。

 ……視線が外せなかった。黒目、黒髪……、クレスの街で始めてアジア系の人と出会った。

 いや、もしかすると俺と同じ日本人なのかもしれない。日本刀と思われる武器を佩いているし。


「……随分と遠慮のない視線ですね?」


「え……あ、すいません。驚いてしまって。

 え~と、その容姿は、この世界で珍しいと思うのですけど、あなたも転移転生者ですか?」


「……あなたと同じ日本人ですよ」


 暗に俺のことを知っていると言っている。だけど、"日本人"だとは言ったことがない。"異世界人"とは知られていたけど……。俺の警戒心が警鐘を鳴らしている。


「失礼しました。新道翔斗しんどうしょうとと言います」


土御門華怜つちみかどかれんです」


 偽名かどうかは分からないけど、今は良いだろう。土御門さんね……。


「え~と、それでなのですが、クラウディア様に経過報告に来ました。

 俺は、個人的に依頼を受けています。指名依頼と言った方が伝わりますか?」


「クラウディア様とライサさんは、政務で手一杯ですね。今日の面会は無理だと思われます」


 そうなのか……。日が悪かったかな?


「それでは、後日にさせて頂きます。俺が来たことをお伝えください」


「待ってください!」


 突然の制止。なんだろう?


「今日は会えないんですよね?」


「……私が報告を聞くのでは、ダメでしょうか?」


 さて、困ったぞ。

 俺はこの人のことを知らない。不用心な行動は、慎まなければならないと思う。

 信用に値するかどうかを先に確認しなければならない。


「……俺は、土御門さんのことを知りません。

 後日、クラウディア様からご紹介頂けたら、報告を聞いて貰うのも良いでしょう。窓口というか担当官あたりかな?

 ですが、今日の段階では、報告は行えません」


「……慎重な方なのですね。分かりました。後日お願いします」


 握手して別れた。握手は、この世界の基本なのかもしれない。

 その後、屋敷から出るために門を潜った。ここで大きく息を吐き出す。


「ふぅ~~。はぁ、はぁ……」


 今の俺は、大量の汗をかいている。〈スキル:警報〉が鳴りっぱなしだったからだ。

 何を警戒すれば良いのか分からないのが、このスキルの欠点だけど、見当はついている。


「……多分、ライサさんよりレベルが高いんだろうな。戦闘になったら負けるんだろう。

 屋敷で戦う意味はない筈だけど、何かを狙っていた……。俺の何を狙っていたんだろうか?」


 俺は、大きく深呼吸して、宿屋の宿り木亭に向かった。

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