第50話 電話
──プルルル…プルルル…ッピ
「……愛美か?」
「……お兄ちゃん? お兄ちゃんなの?」
「ああ、俺だ。心配かけてすまない」
声だけで分かる。妹の声だ。そして、本人だ。神様のいたずらなんかじゃない。
間違いなく、妹と話せている。
「今何処にいるの? っていうか、何が起きているの?」
「……ちょっとトラブルに巻き込まれて、かなり遠くにいる。しばらく帰れそうにないんだ」
異世界にいるとは、流石に言えない。
「……え? それとお金! お兄ちゃんの口座から、私の口座に毎日支払わられているけど、どういうことなの?」
「ああ、約束は守ってくれているんだな。しばらくはそのお金で生活してくれ……」
「……お兄ちゃん、今何しているの? 危ないことじゃないよね?」
「……すまない。言えないんだ。だけど、真っ当な金だ。安心して使ってくれ。それと、俺が生きている証でもある」
「お兄ちゃん!」
愛美は、泣き出しそうな声で俺の名を呼んだ。
「すまない。今の状況は説明出来ないし、当分帰れそうもない。だけど、信じてくれ。今俺は、真面目に働いている……。生きている」
「……うん。それは信じられる」
涙が出てしまった。
「母さんにも、元気で生きていると伝えてくれ」
「……うん。うん。お母さんは、退院したよ。昨日は、久々にご飯を作ってれたよ。でも、美味しくなくてさ……。全部食べたんだけどね。涙が出ちゃった。お兄ちゃんの料理の方が美味しいから、今度お母さんに料理を教えてあげてよ」
「グス……。そうか。それは良かった……。でも、無理はさせないでくれ」
「うん。……大丈夫」
「ありがとう」
通話を切ろうとした時だった。
「お兄ちゃん! 必ず帰って来て! 絶対に待っているから!」
俺は、答えられなかった。そしてそのまま、スマホの通話を切る。
スマホの電波が、未接続になった。
そして、俺は泣き崩れてしまった。
「うわわぁぁぁ~……」
嬌声に近い慟哭……。
もっと話す時間はあったはずだ。でも俺から切ってしまった。今の状況を伝えたかった。だけど、愛美に危険が及ぶと思い言えなかった。いや、もっと情報交換しても良かったかもしれない。しかし……、出来なかった。
母親と妹に、あれほど心配かけまいと決心して、今の状況だ。恥ずかしいことこの上ない。
戻れたら、どんな叱責でも受けようと思う。
そのためには、生き続けなければならない。
元の世界に戻れる道は、残されているはずだ。必ず帰るとは言えない。決心を新たにする。心を強く持つ。
それでも、今は、この時だけは、大声を上げて泣いていたかった……。
「……生きる。生き残る。俺が生きる延びるだけ、母親と愛美が幸福になる。それが分かっただけで俺は満足だ。
死ねない。理不尽な異世界だけど、どんな困難も乗り切ってやる!」
涙が止まった。出尽くしたのかもしれない。
俺の中の何かが枯れた感じがした。
俺は、ハンマーを杖代わりに立ち上がろうとした。だけど、ここで形状が変わっていることに気が付いた。装飾品が付いており、見た目強くなった感じがする。メイスと篭手も同様に形状が変わっている。
俺は、力なく立ち上がった。ただし、スマホを強く握り締めて……。
シスターさんが慌てて入って来たので、無言で一礼して教会を後にした。
◇
宿屋では、先に三人が戻っていた。
領主代理のクラウディア様も来ていた。
視線が俺に集まり、そして静まり返る……。
「……場を壊してしまったみたいですね。すいません、俺は休ませて貰います。少し疲れたので」
宿屋の店主のウラさんが、近寄って来て話しかけて来た。
「何かあったのかい? 随分と酷い顔をしているね。表情の乏しい兄さんが、そんな表情をするなんて……」
そうか。今俺は酷い表情をしているんだな……。
蟻の討伐直後は、笑っていたと言われたのに……、俺にもこんな日があるんだな。もう、心が麻痺していたと思っていたけど、そうでもなかったみたいだ。
喜べる、そして悲しめる。俺の心はまだ生きているみたいだ。
「……顔洗って来ます」
「良いよ。休みな。事後処理は、シリルとヒナタにさせるさ」
「……ありがとうございます」
「……それと、余計なお世話かもしれないが聞いておくれ。そういう時は、女を抱くものだよ。そうして、少しでも自分を慰めるものさ」
「……覚えておきます」
それだけ言って、俺は自分の部屋に籠った。
ベットに横になる。その日は、泥の様に眠れた……。
◇
次の日に、街一丸となって、新しい方の蟻の巣に向うことになる。クラウディア様の命令だ。それと、誰一人として反対意見は出なかったと聞いた。敵対関係にあった、各ギルドももろ手を上げて賛同したらしい。
戦法は、昨日と同じだ。ただし、今回は二十人以上のパーティーだ。街の精鋭を集めたらしい。
そして、俺に職業が付いた。俺は、無心でハンマーを振るった。兵隊蟻が、爆発して塵に変わって行く。確かに無職の時とは違う。職業による補正があるんだろうか? 体が自然に動く感じだ。魔導闘士だったか……。今の自分を形容する言葉なんだろうな。
シリルさんとヒナタさんが足留めした蟻を、ただただ、無心で討伐を繰り返す……。
夕暮れ前に、女王蟻が出て来た。
この場にいる全員に緊張が走る。こいつさえ、討伐できれば、全てが終わる。ここからが、本番だ。
「……行くよ!」
ライサさんがそう言うと、全員で女王蟻を囲んだ。ライサさんは、脚の怪我が完治していないので、今回は指揮官の立場を取って貰っている。ただし、誰も不満などは言わない。
俺は、脚を一本ずつ攻撃して行く。もう考える必要などない。今回は人数もいるのだし。
少しずつ女王蟻を削って行く。
そして、女王蟻の甲殻は、昨日ほど硬く感じなかった。魔法も通る。多分だけど、昨日の女王蟻よりレベルが低いのだと思う。
負ける要素が何一つ思い浮かばなかった。
「正面に立つな! 毒液に注意しろ!」
ライサさんの檄が飛ぶ。それに答えるように、全員の連携が決まる。街のギルドが一丸となれば、女王蟻と互角以上に戦えたんだな。ライサさんもクラウディア様も、分っていたんだと思う。それが出来なくて、追い詰められていた……。
俺が、現状を変えたのかもしれない。自画自賛かもしれないけど、今はいい方向に動いていると思える。
女王蟻の体勢が崩れて、地面に倒れ込んだ。それを見たライサさんが飛び出した。ライサさんの剣が女王蟻の首に突き刺さるけど、やはり硬いようだ。刃が途中で止まってしまった。昨日は、魔剣を使い捨てにしてダメージが通ったのだ。レベルの低い女王蟻でも、致命傷を負わせるのには苦労するみたいだ。いや、できていない……か。
耳障りな、女王蟻の咆哮が周囲を襲い、ライサさんが振り落とされた。昨日の怪我もあるので、ライサさんは動きが悪い……。無理しすぎだな。
「ダメだな。ライサさんでも決定打に欠けている……」
俺は、ハンマーに特大の魔力を纏わせて、蟻の胴体部分に一撃を加えた。
「……
直後に、大爆発が起きる。放電による耳障りな音と光。技を振るう度に、目の前に落雷が落ちるようなものだ。視力と聴力を奪われるのは避けたいな。
視力が戻って来たので確認すると、女王蟻の胴体が消し飛んでおり、二つに分かれていた。そして、塵になった。
これで、この街の脅威は取り除いたことになるはずだよな。
オーガは……、まあ、大丈夫だろう。今のところ、街に直接の被害はないし。森に入らなければ、遭遇することもないと思う。
周りを見渡すと、全員が驚愕の表情で俺を見ていた。
「……帰りましょうか。今は街が手薄だし、ここにはもう用がない」
俺は、女王蟻の魔石を拾った。
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