第48話 女王蟻3

 女王蟻が立ち上がり、大あごがライサさんを捕らえようとしていた。

 大あごが、ライサさんを捕らえようとした瞬間に、ライサさんは空中で一回転して、タイミングをずらした。

 そして、ライサさんが女王蟻の眉間に剣を突き刺した。剣は、スルスルと女王蟻の頭部に入って行く。

 これだけ見たならば、俺達の勝ちといえると思う。普通であれば、あれで即死だ。

 だけど、俺は剣よりもライサさんを見ていた。今のライサさんは、女王蟻の大あごで両脚を噛まれている……。

 鮮血が飛び散る。

 どうしてこうなった? 相打ち覚悟?

 いや、俺がフォロー出来ていれば……。例えば、空間障壁で女王蟻の上昇を一瞬でも妨害出来れば、今の状況は避けられたはずだ。もしくは、ライサさんの足場を作るとか……、出来ることはあったはずだ。

 思考している時間はなかった。反射で動けなかっただけだ。

 後悔……。俺は……、失敗したのか?


 だけど、状況は待ってくれなかった。

 ヒナタさんの影魔法が動き出す。俺を上空へ飛ばすように。カタパルトに近い形の影が実体化したのだと思う。

 思考は止まっている。俺は、ライサさんの剣に全力の雷魔法を叩きこまなければならない。体は理解しているみたいだ。

 影魔法の上昇が限界に達したら、俺は無意識に空間障壁で足場を作っていた。

 後は、あの足場に着地して、ハンマーを叩き込むだけだ。それで全てが終わる。

 一秒後には、実行されているだろう。

 体はその未来に向けて動き出している。だけど、思考がその未来を拒否している。

 その未来は、女王蟻ごとライサさんを雷で焼くであろう映像を、俺に見せていたからだ……。


 とても長い一秒……。思考が止まっているのか、働き過ぎているのか……、自分自身が混乱しているのは自覚していた。

 女王蟻は、今倒さなければならない。だけど、ライサさんを今死なせるわけにもいかない。

 俺の左足が、空間障壁を蹴った。俺は、ハンマーを振り上げている。

 後は、ハンマーを振り下ろすだけだ。ライサさんの剣にハンマーを叩き込むだけ……。

 視界の端にライサさんが見える。笑っている……。何時もの笑顔だ。


 思考が追い付かない。体は俺の意思に関係なく動いている。

 その時だった。

 俺のまだ短い人生の中からある言葉が出て来た。

 無意識……、無意識の領域以下から検索された言葉だと思う。


『名刀というのは、切りたいと思った物を切り、切りたくないと思った物は切らない刀を言うんだぞ。何でも切ってしまう刀は、ナマクラ以下だ。そうにはなるなよ』


 誰の言葉かも分からない。だけど、確かにどこかで聞いた。遠い記憶……。忘れていた、思い出……。父さん?

 ハンマーが、剣に迫っている。


「っ……。まだ、間に合うことがある!」


 ハンマーが、剣を叩いた瞬間だった。

 俺は、雷の流れを操作するイメージを持った。

 今までは、『裏当てで内部破壊を起こして、そこに魔力を注ぎこむ』、ただそれだけだった……。それだけで、効果が高かったから何も考えていなかっただけだったのだ。

 そのイメージ出来た。


「雷の流れを変える! いや、操作する!!」


 裏当てが発動する瞬間だった。

 俺は、俺の持つスキルの次の可能性を見つけていた。


 俺の裏当てが炸裂して、女王蟻の頭が爆発する。だけど、爆発の衝撃は今までとは異なる。

 衝撃の方向は一方方向のみだ。

 衝撃は、裏当てが炸裂した女王蟻の脳から、頚椎、脊髄と通って行き、最後に蟻の尻尾まで貫通して行く。一直線の大穴が空いていた。

 ハンマーによる打撃と雷魔法の方向の一致。ただそれだけとも言える。

 ただ単に、広がる衝撃を一方方向に纏めただけ。

 一撃必倒と思っていたけど、段違いの格上には通じなかった。だけど、その格上をも圧倒出来るスキルが発現した瞬間だった。


 ・スキル:雷鎚トールハンマー


 ステータスのスキル欄に新たに文字が刻まれていた。


 空気を切り裂く音と、地面まで到達した衝撃が聴力を奪った。雷魔法による発光により、視力も奪われている。

 近くに落雷があったようなものだろう。無意識に放たれた一撃だったが、それほどの威力を生み出していた。


 感覚を自分で奪ってしまった感じになってしまったけど、俺はなんとか地面に着地して視覚と聴覚が戻るのを待った。

 これでだけで終わりじゃない。まだ、しなければならない事がある。

 僅かに視界が戻って来たので、俺はライサさんを探した。

 それと、確認しなければならないことがある。女王蟻は、頭から尻尾まで大きな穴が空いていた。そして女王蟻が崩れ落ちたのと同時に、俺は見つけたライサさんを抱えてヒナタさんの元へ走った。

 幸いにも、脚は千切れていなかった。複雑骨折は起きていると思う。出血も酷い。太い血管が破れたようだ。

 それと……、俺の雷魔法で火傷を負っていた……。まだ、完全にはコントロール出来ては、いなかったみたいだ。

 ヒナタさんが薬品を使うと、すぐに出血が止まった。


「……ライサさんの呪いが消えています。ポーションが効いています。これならば、まだ何とかなりそうです! いえ、間に合わせます!」


 その後、ヒナタさんの指示で処置を行って行く。

 傷の深い場所は、俺の生命置換で応急処置を行った。傷を焼いて出血を止める。

 シリルさんはとにかく止血だ。

 必死だったので、治療時間は分からない。

 それとライサさんは、治療中であっても、ずっと女王蟻を見ていた。





「……これで応急処置は大丈夫です。呪いが消えたのが大きかったですね。ポーションが使えなければ助かりませんでしたよ」


 ヒナタさんが、汗を拭った。


「三人共、感謝するよ……」


「うニャ~。焦ったニャ」


 俺に言葉はなかった。とりあえず、救えた。それだけだった。

 いや、俺が殺そうとしたのだけど、咄嗟の機転で殺さなくて済んだだけだ。ライサさんが望んたこととは言え、気分は良くなかった。


 後ろを振り返ると、女王蟻は、塵となって消えていた。

 その後には、技能石と魔石が残されている。それと、女王蟻の甲殻が残っていた。ドロップアイテムが甲殻なのか……。加工すれば、鎧にでもなると思う。

 全員が疲労困憊と言ったところだ。俺が立ち上がりドロップアイテムを回収するために歩き始める。

 これだけは、持ち帰らなければならない。


 回収した物を、ライサさんの前に置いた。


「……倒せましたね」


 ライサさんの目から涙が溢れた。


「お前のせいで~! 皆が! 私の仲間が~!! うわぁ~~~~~~~~!!」


 絶叫が響き渡った。

 誰も声をかけられない。何時も笑顔で塗りつぶしていた感情が、噴き出したのだろう。

 ライサさんが、素手で女王蟻の甲殻を叩き出した。


 ──ガンガンガン……


 手の皮膚が破けて血が噴き出している。ライサさんはそれでも、叩くのを止めない。

 シリルさんとヒナタさんは、黙って見ている。

 だけど、俺はライサさんの手を掴み、叩くのを止めさせた。


「……帰りましょう」


 ライサさんは、涙で溢れた顔を俺に向けて来た。

 そして、手から力が抜けた。いや、全身の力が抜けた感じだ。

 もう大丈夫だろうと思えたので、俺はライサさんの手を放した。

 ライサさんが、顔を拭く……。


「……そうだね。街に帰ろう。凱旋だ」


 何時もの笑顔のライサさんだ。でも、今だけはとても綺麗だと思えた。

 それと、シリルさんとヒナタさんもとても良い笑顔で俺を見て来た。


「……ショートも笑えるのだね」


 意外なことを言われた。

 どうやら、俺も釣られて笑えたみたいだ。

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