第29話 教会1

 教会は、住宅街の真ん中にあった。

 宿屋からそれほど離れていなかったのだ。

 商業ギルドを経由したので、遠回りになってしまった。

 教会の扉を開ける。

 しかし、誰もいなかった。


「……」


 無言で、教会の中を進む。多分だけど、土足でも大丈夫だと思う。西洋の作を思わせ、また、掃除もされていなかった。

 女神像の前で立ち止まる。


「……あの時の神様だよな。本当に女神だったんだな」


 理由はなかったけど、疑いは持っていた。

 悪魔だったら、どうしようかとも思っていた。まあ、家族の助けになるのであれば、俺は悪魔の手をも取っていたかもしれない。

 そんなことを考えている時だった。

 誰かが、教会に入って来た。俺の入って来た入り口とは、別なドアからだ。

 視線が合う。


「……教会にどの様なご用件でしょうか?」


 若い女性だった。シスターさんになるのかな? でも着ている物は粗末だ。


「お祈りさせて貰いたいのですが、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


「転移転生者の方でしょうか? 珍しいですね、お祈りに来るなど……」


 ん? 珍しい?


「普通は来ないのですか?」


「神様に会われた後に、この世界に来た人は、この女神像を破壊しようとして来ます。街中で目覚めてから数日で発狂する人もいますし、街の外から来た人は教会を爆破しようとして来ました。ほとんどの人が、そのような行動を取るので、この教会には、防御結界が張られているのです」


 まあ、分からなくもないか。

 あんな森の中に転移させられれば、怒るのも頷ける。

 それと、この人の話には、一つ疑問が浮かんだ。


「知っていたら教えて欲しいのですが、転移転生者のスタート地点は、バラバラなのですか?」


「ええ、そうですよ? 基本街中ですし、近くの街道の方もいますが、それがなにか?」


 やっぱりそうか。商業ギルドで聞いた通りだ。そして、怒りが込み上げて来た。

 家族のことがあるとは言え、あの神様にはかなりの不満がある。

 俺はハンマーを振り上げて、女神像に振り下ろした。


 ──ガン


 ……防御結界とやらは、俺の裏当てでも破壊出来ないようだ。良く出来ている。


「ちょっと!? 何しているんですか!! お祈りに来たのではないのですか?」


 ギリっと、奥歯を噛み締める。


「……すいません。俺もこの女神に言いたいことがある一人みたいです……」


「女神像を破壊するのであれば、出て行ってください!!」


「ふぅ~…………」


 大きく深呼吸をする。


「そうでした。お祈りに来たのでした。少し一人にして貰えないでしょうか?」


「女神像を破壊しないと誓えますか? 場合によって、犯罪者として通報します。この世界では、お金で解決できないこともありますからね!」


「……俺の家族に誓います。本当にお祈りに来ただけなんです。さっきのは……、少し気がふれてしまいました」


 シスターさんは、睨んでいる。疑っているみたいだ。

 ……寄付でもしてみるか。今は資金的にかなりの余裕がある。先ほど、商業ギルドで受け取った袋を開けてみる。

 白金貨が一枚目に付いた。それ以外に金貨・銀貨・銅貨が大量に入っていた。

 白金貨以外を鷲掴みにして、大体三分の一程度を抜き取る。

 それをシスターさんの前に差し出した。

 シスターさんは、両手で受け取ってくれた。そして、深々と頭を下げてくれた。


「ありがとうございます。これで、子供達に暖かいご飯を食べさせてあげられます」


 意味が分からない。教会は孤児院も兼ねているのか?


「親を失った子供がいるのですか?」


「……この街は、死亡率がとにかく高くて。子供が働ける歳になる前に親が亡くなるなど、普通の世界なんです」


 それはそうか。魔物がいる世界なんだ。その討伐で生計を立てている人も多いと思う。だけど、十年続けられるのは、10パーセントもいないと思われる。前の世界の戦国時代を連想させられた。

 まあ、相手は人ではなく魔物であるので、少しは気が楽といったところか。


 その後、作法を教えて貰い、シスターさんが出て行った。

 俺は、ハンマーを床に置いて、片膝をついて頭を下げた。





 目を開けると、一面白い世界だった。キャラメイクした時の世界だ。


「さっきのは何ですか!?」


 突然、目の前に神様が現れた。

 俺は立ち上がる。


「すいません、かなりイラついたので。それで、母親と妹はどうなっていますか?」


「……転移位置が悪かったのは、しょうがないと思ってください。それは、完全なランダムなんです。それと、スマホを置いて来ていますね? 預金額を確認することを勧めます」


 しょうがないで、危険地帯に飛ばすのか……。この駄女神ろくでもないな。

 それと、ユージさんとの話に矛盾が生じてもいる。


「……今、失礼なことを考えませんでしたか?」


「いえ。預金額ですね。見てみます。確認なのですが、妹は学校を辞めていませんよね?」


「もちろん通い続けていますよ。それと、お母様は退院されて自宅に戻られています」


「証拠はありますか?」


「スマホで確認してみてください」


 まあ良い。宿に帰って見てみれば分かることだ。


「これから、俺は何をすれば良いですか?」


「何でも良いですよ? ただし、宿屋に籠るのだけは避けてください。各ギルドの依頼などを熟してくれれば、その分をご家族に返還します」


 ……依頼ね。


「そう言えば、ランクアップとか言われたのですが?」


「レベル100以上で、ステータスに職業が付きます。今は無職と考えてください。職業は中級と上級、最上級があります。ただし、レベルは1に戻ります」


「……最高レベルは?」


「レベルは999でカウンターストップになります」


 少し考える。


「今の俺のレベルは、600台ですが、出来るだけレベルを上げてからランクアップした方が良いということですか?」


「……勘が良いですね。長くこの世界にいるつもりでいるのなら、900台まで上げることを勧めます。ただし、ランクアップすると色々と良いこともあります」


「調べなければならないことが、多すぎますね。ガイドブックとかありませんか?」


「人に聞くことを勧めます。先輩の転移転生者に聞いてみては?」


 ため息しか出なかった。

 そこで、意識を失う。





「……あの」


 先ほどのシスターさんだった。


「何かありましたか?」


「随分と長い時間お祈りされていたので……」


 当たりを見渡すと、日が暮れていた。数時間は経っていたのか? 昼くらいだったから、4時間は祈っていた? この場合は、一瞬にして欲しい。

 懐を触ると、硬貨の感覚があった。教会で盗みは起きなかったみたいだ。

 俺はハンマーを手に取って立ち上がった。


「……ありがとうございました」


「あなたに神のご加護がありますように」


 祈ってくれたけど、正直ありがたくないな。神様があれだし……。

 その後、一礼して宿屋に帰った。

 今日は、本当に疲れたよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る