第18話 移動5

 夜のアンデットの襲撃は少なかった。だけど、音を聞きつけてか、昆虫が集まって来た。

 蜘蛛、蜂、カマキリ、カブトムシ、カミキリムシ……etc。ただし、動物は来なかった。

 夜中だと言うのに、数多く襲って来る。

 数で来られると、かなり困る。まず、結界術に魔力を持って行かれる。魔力攻撃で相殺されてしまうからだ。

 結界術が切れれば、防衛戦は無理になる。逃走するしかなくなる。

 幸い、ボスゴブリンみたいに大規模魔法を放つ個体はいなかったけど、蜂の毒は、結界術の魔力を削いで行った。魔力が込められているのかもしれない。検証は出来ないけど、他の個体よりも危険と判断した。

 他の個体よりも、蜂を優先して倒す。

 蜘蛛の糸は、雷魔法で簡単に焼き切れることが分かったので放置だ。蜘蛛は、糸さえ封じてしまえば、無視して良い個体だ。

 それと、カマキリみたいに武器に近い体躯を持っている個体がいた。武器に魔力を纏わせて攻撃して来る。

 カマキリの鎌は、切断の魔法が付与されているみたいだ。風魔法かな? 結界術がなかったら危なかったと思う。


 俺は、結界術内部の安全地帯から出ずに、ハンマーを振るう。塹壕という地の利も得ている。結界術の範囲を塹壕内部まで小さくすると、魔物は塹壕内の窪地に入って来てくれた。這い上がるのには、苦労するだろうに。

 塹壕内に入って来た魔物は、俺が全て倒している。

 一撃必倒とはいかない。当たらないからだ。やはり命中率に問題がある。空振りが多い。だけど、塹壕内は狭いので、ハンマーを振り回せば、ひしめき合った魔物のどれかに当たる。

 俺は、次々に魔物を討伐して行った。





 夜が明けると、魔物は去って行った。この魔物の行動は、遺跡付近のアンデット族に近い。


「もし、襲撃のない時間帯があるのならば、午前中になるんだろうな……」


 この数日間の、魔物の行動法則に基づいた結論だった。

 俺は、結界術に魔力を補充して、仮眠を取ることにする。


「……ドロップ品の回収は、後で良いか」


 塹壕内部には、魔石が山のように積み上がっていた。現時点でもうカバンが一杯だった。

 持って行くのであれば、輸送手段を考えなければならないし、置いて行くのであれば取捨選択をする必要がある。

 だけど、疲れ過ぎているようだ。頭が回らないし、回収する気も起きなかった。

 そのまま眠りに付く。


 眼が覚めた。

 周囲を見渡すけど、魔物の影はない。水筒の水を一口飲んだ。

 缶詰を空けて、軽く腹を満たす。

 少しは眠れたみたいだ。この後の行動はすぐに決まった。

 まず、木箱内にあった紐を取り出す。本当は置いて行こうとしたものだ。かなり太く丈夫だ。

 それと、クワガタの大あごを荷物から取り外した。

 木箱の箱を破壊して、板を二枚作る。それをクワガタの大あごに固定するために、紐で縛った。かなり簡易的だけど、ソリの完成だ。ソリを塹壕の外に持って行く。

 その後は、魔石の回収だ。幸いにも、木箱の中には、大きい袋が大量に入っていた。人一人入れられる様な形だ。

 その袋の中に、魔石を入れて行く。技能石が含まれていないか慎重に確認しながら集めて行く。

 結果的に、袋一杯の魔石が集まった。それと技能石を一つ発見した。

 素材も多いけど、甲殻とかは回収しないことにした。唯一気になったのが、短剣かな。

 魔力を帯びた短剣が四本見つかったので、これらは回収して装備することにした。

 元々持っていた四本の剣は、ソリに乗せて紐で固定する。

 これで投擲が楽になり、結界術が素早く発動させられるはずだ。


 持って行く物は選別出来たので、移動の準備が整った。


「さて、使ってみるか……」


 俺は、技能石を割った。頭に声が響く。


『ステータスに〈スキル:空間障壁〉を付与します』


 俺は、今度は間違えないように、ステータスボードの〈空間障壁〉に触れてみた。

 頭に声が流れ込んで来る。


『空間魔法の一種。指定した空間を一時的に不破壊の空間に変形させる』


 不破壊の空間?

 右手を前に出して、空間障壁を発動してみた。

 厚さは、紙くらいしかないと思う。だけど、魔力の塊のような盾が形成出来た。その上に乗ってみる。強度確認だ。


「……乗れるんだな」


 足場になった。

 魔力消費はそれなりに持って行かれる。だけど、盾になりそうだ。

 ハンマーを両手で扱っている俺には、ありがたいスキルかもしれない。


 こうして、その場を後にした。あの塹壕のことは覚えておいた方が良いかもしれないな。大量の素材を放置した。資金難に陥ったら、戻って来ることもあるかもしれない。





 森に入ってから、三日目が過ぎた。

 ソリに乗せている魔石を詰めた袋も、二袋になっていた。

 魔物は一対一であれば、そのまま倒す。複数に囲まれたら、結界術の発動。不意打ちは、空間障壁で防ぐ。

 落とし穴さえも、空間障壁で回避出来た。

 俺の戦法が確立し始めている。

 だけど、そろそろ水が尽きて来た。そして、食料の缶詰も食べ切ってしまった。

 俺は、結界術を発動して安全を確保してから、地図を広げた。


「……残りの距離が分からないんだよな」


 比較対象が何もなかったので、現在地が分からない。

 もうすぐ森の出口なのか、まだ半分も進んでいないのか……。

 物資は尽き欠けている。森なので、木の実やキノコなどは見かけるけど、口にする気にはなれなかった。

 腹痛で動けなくなるのは避けたい。確認方法でもあれば良かったのだけど、ないもの強請りだ。

 運良くあの木箱の中に、植物図鑑でもあればまた違ったのだけど、ないものはないのだ。現状でなんとかするしかない。

 まあ、本音を言えば、神様に用意しておいて欲しかったのだけど。


「せめて川でもあれば、また違うんだけどな……」


 希望を口にしてみた。

 地図を見るけど、大きい川しか書かれていない。

 一日、四~五十キロメートル歩いているのであれば、もう二百キロメートルは進んでいることになる。

 平地の森……。この森は、どれだけ広いんだろうか? 富士山の樹海くらいありそうだ。

 スマホを見るが、着信は何もない。神様も、困っている俺を見るのは楽しいんだろう。

 カバンより、焼いたコウモリの肉を取り出して食べる。少し匂っている。保存も限界かもしれない。俺は、残りの肉を全部腹に納めた。これで、食料は全て使い切ったことになる。

 水筒の残りは、半分だ。それとワインが一本……。

 考えていても時間の無駄だ。とにかく進むしかない。

 立ち上がった時だった。


 森の陰から、魔物が一匹出て来た。

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