第6話

 青色の洞窟の中を、大人数で歩いて行く。ちゃんと数えてみたら、私とアリスを含めて十三人の隊列だ。アノマリーの中心の位置が分かるアリスが先頭に立っている。何かあっても、彼女の魔法で何とかしてくれるはずだ。そこから、ポレゼさんのお仲間のカラフルな円筒形たちが十人続いて、最後尾に私とポレゼさんが来る格好になった。

 アリスと二人だったら、アリスが適当に話題を振ってくれるし、会話が途切れても勝手に鼻歌を歌い始めるから、沈黙が気まずくなることはないのだけれど。

 今はアリスとは離れてしまったし、隣にはずっと黙っているポレゼさんがいる。少し居心地が悪かった。前のほうでは、アリスは他の円筒形の皆さんと雑談に花を咲かせているようだった。真ん中あたりにいる円筒形の人たちも、お互いに何か話し込んでいるように見える。やっぱり声は聞こえないのだけれど。そうなると、コミュニケーションを取っていないのは私とポレゼさんだけということになる。

 ちらっと、隣のポレゼさんの様子を窺ってみる。

 色んな方向に視線を送って、食べ物を探しているようだ。

 近くで見ると、ポレゼさんの体の様子がよく分かった。体はやはり黄の単色で、染み一つないように見える。表面は布地のようで、まるでぬいぐるみだった。手足を動かすたびに関節部分に皺が寄るのを見ると、体は独特の固さをしているらしく、人をダメにするタイプのクッションみたいだと思った。

 動作がとても表情豊かなので忘れてしまいがちだけれど、このぬいぐるみの小人たちには顔はない。だから、さっき「色んな方向に視線を送って」いるように見えたけれど、それはあくまで見えただけだ。人間であれば顔がある部分を、ポレゼさんはキョロキョロ動かしていた。

 アノマリーに入るのはこれが二回目だからよく分からないけれど、アノマリーにはこうやって住人みたいなものがいるパターンも多いのかな。もしそうなら、アノマリーを「退治」してしまったとき、この人たちはどうなってしまうのだろう。

 ふとそんな考えが過ぎったせいか、気づかないうちにポレゼさんのほうをじっと見過ぎてしまったみたいだ。ポレゼさんは私の視線に気がついて、「何か用ですか?」と言わんばかりに首をかしげている。

 な、何か言わないと……

「その、食べ物って、どんなものを食べるんですか?」

 咄嗟に出したにしては良い質問だと思う。私たちも探すのを手伝うと言った以上、最大限の協力をしたい。けれど、そもそも小人の皆さんが探している食べ物が一体どんな見た目をしているのかというのを知らなければ、もし食べ物があってもスルーしてしまうかもしれない。アノマリーはあまりに突拍子がないものが多いので、ポレゼさんたちが食べる物が、普通の食べ物には見えないなんてことは、とても有り得ることだと思った。

 ポレゼさんは少し考えるような間を取った後、両手を体の前で動かし始めた。テニスボールくらいの大きさのものをジェスチャーで表しているようだった。

 大きさだけ分かっても、色や細かい形が分からないとどうしようもない。アリスみたいにうまくコミュニケーションを取れないな……と困る。そのときだった。

 ふと、そのポレゼさんの腕が囲むテニスボール大の空間に、黄緑色をした球体が浮かび上がって見えた。メタリックな光沢を持っていて、大きな大きな飴のようだ。

 見間違いかと思って目をこすってみたけれど、その球体はなくならない。確かに、ポレゼさんの両の手の中に収まっていた。

「そ、そんな風な見た目なんですね」

 とりあえず相づちを打ってみると、ポレゼさんはうんうんと頷く。彼(彼女かも?)が肯定の意を表しているのが伝わってきた。

 どうやってアリスが小人の皆さんと意思疎通しているのか不思議だったし、小人さん同士もどうやって連絡を取っているのか謎だったけれど、これで少し腑に落ちた気がする。にわかには信じられないけれど、テレパシーみたいなものを、ポレゼさんたちは送れるのかもしれない。今みたいに視覚的な情報だったり、意味内容だったり、伝えることができるのだろう。

 冷静に考えて、いくら仕草が表情豊かと言っても、それを見ただけで、それの意味しているところを詳細に理解できるはずがないんだ。さっきからジェスチャーだけでだいたいの雰囲気が理解できるなと思っていたけれど、それは知らない間に、ポレゼさんからのテレパシーを受信していたということなのだろう。

 そうと分かると、私は面白くなって次の質問をしていた。

「それはどんな味なんですか?」

 ポレゼさんの身振りの後に、甘さの中に少しだけほろ苦さが混ざったような味が、私の頭の中に広がってくる。

「何だか大人な味ですね」

 ポレゼさんは少しだけキョトンとしていた。



 それから、ときどきポレゼさんと会話しながら、洞窟を進んだ。

 日常生活からコミュニケーションに難ありの私だから、こんな言葉も通じなさそうな相手にどうしようかと、一時は思ったけれど。話してみれば、意外と何とかなるものだった。

 アリスは最初から意思疎通ができると分かっていてポレゼさんに話しかけたのかな。

 いくらアリスがアノマリーに慣れているからといって、そこまで理解しているとも思えない。アノマリーごとに様子は全然違うみたいだし。

 それでも積極的に話しかけに行くところに、アリスのアリスたる所以があるのかもしれなかった。

 私もアリスの積極性を学んだほうが、色んなことができるようになるのかもしれないな、なんて柄にもなく思ってしまった。とりあえず今は、こうやってポレゼさんと会話ができるようになっただけでもヨシとしたい。

 しばらく歩くうちに、洞窟内の空気感が少し変わってきた気がする。先頭のアリス曰く、「中心に近づいてきた」らしい。私もアノマリーのことが分かるようになってきたのかもしれない。

 しかし、それに比例して、ポレゼさんご一行は、だんだんと周りを気にして怯えているような素振りを見せ始めていた。敢えて聞かないほうが良いのだろうかとも思ったけれど、見ていてこちらとしても不安になるので、結局聞いてみることにした。

「そ、その、先程からとても周りを気にしている風に見えるんですけど……」

 ポレゼさんは私の言葉にビクっと体を震わせた。

 そんなに及び腰になるほどの何かがこの先にあると言うのだろうか。

 ポレゼさんはゆっくりとこちらの方を向くと、両手を大きく動かし始めて、また視覚的なイメージを私に伝えてくれた。

 見えたのは、四足歩行型の、ずんぐりむっくりしたぬいぐるみの姿だった。腕と脚は関節の部分で直角に曲がっていて、は虫類みたいに這って歩きそうな様子だ。体全体はとても大きくて、体高だけでも私の二倍くらいはありそうだった。表面は灰色と藍色のまだら模様で埋め尽くされていた。その怪物が、私を丸呑みにするくらい大口を開けるイメージが伝わってくる。

 ポレゼさんの伝えるところには、この先の領域には食べ物がたくさんある代わりに、この怪物――ポレゼさんたちはゴーガルと呼んでいる――が住んでいるそうだ。怪物の主食も、ポレゼさんたちの食べ物と同じなので、怪物は食べ物がたくさんある場所を縄張りにしているということらしい。だから、ポレゼさんたちが食べ物を探しにこの縄張りに踏み入れたのがゴーガルに見つかると、襲われてしまう。今まで何度も攻撃されたことがあって、体格差や大口を武器におそってくると、ポレゼさんたちには対抗のしようがないみたいだ。それで仕方なく、ポレゼさんたちはその縄張りのギリギリ外側のところを活動範囲にして、食べ物を探していたということだ。

 うーん、また面倒なことになってきた。食べ物探しについてもそうだけれど、何よりアノマリーの中心がゴーガルの縄張りの中にあるかもしれないというのは面倒そうだ。このまま進んでいくと、どこかでゴーガルに見つかってしまうかもしれない。

 こちらに怪物に対抗する手段があるとすれば。

 私は先頭を行くアリスをちらっと見遣る。

 アリスの魔法くらいかな。

 彼女の水の魔法があれば、ゴーガルを撃退できる可能性がある。

 ポレゼさんを安心させるために、私は笑いかけた。

「アリスは強いので、ゴーガルに遭ったとしてもきっと何とかなりますよ」

 笑顔、引きつってなかったかな。

 今の言葉は、自分を安心させるために言った部分も、正直あった。

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