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 あれから三週間、ようやくこの学院やセーラー服にも慣れてきた。

 もともとスカートは得意ではないうえに、義足が丸見えになるのに苦手意識があったけれど、それも職員含め、周りに義肢の多いこの学院では気にならなくなった。

 いや、気にならない、というより、寧ろ他の人はどんな義肢を着けているのか、今日はどうアレンジしたのか、そういう「ファッション」の延長として見始めている自分がいた。


 黒いカーボン無垢のソケットから少し除くビビットなピンクのシリコンが刺し色になった義足。

 乳白色の半透明なファイバーシートを重ねた上にコバルトブルーで唐草文用が描かれた前腕カバー。

 面白い人だと、蒔絵や螺鈿細工のような足のパーツをつけ、それを靴の変わりにしたり、羽飾りを着けるなど、そもそも「擬態」させた「似せもの」ではなく「本物」として義肢を飾る事もある。


 この学院は、何故か義肢に関してだけは完全に自由で、各人の思い思いをそこに加えていた。


 私は、とりあえずはアスリート用のカーボンブレードが付いた義足を使っているけれど、今度はこれに青いスプリングやメッシュホースのワイヤカバーが付いたモノにしようかな、と少しワクワクし出してしまっている。



 また、もう一つ気付いたのは「ペアルック」の多さだ。

 勿論、これも義肢に関してである。

 「ペア」といっても学年や部位は様々で、右脚が義足の2年生と左腕が義手の1年生の義肢に同じモチーフや配色が使われている、という感じだ。


 そういえば、委員長と朋子は二人とも左右違いの義眼で、その義眼の色をお揃いにしているのだと嬉しそうに話してくれた。色も季節や雰囲気で変えて、二人で話し手決めているらしい。

 この「ペアルック」の人達はみな寮の同室で二人ずつ一緒に暮らしているそうだ。


 これも「対の契り」と関係があるのだろうか?



——その右脚は、どなたと「契られた」のですか?——

 この質問は学内の庭園などで一休みしているとよく訊かれる。

 それも、すごく喜ばしげな感じや、羨望を含んだ感じ、そう「左手薬指の指輪を見たとき」というのが近い。

 と、思う。

 陸上ばかりだった私にはよくわからないけれど。


 この学院はミッション系だと思っていたけれど、私が何となく知っている「キリスト教」とはだいぶ違うことは、何となく感じている。

 何より、映画とかでよく見る「普通の聖書」の言葉はほとんど引用されなくて、寧ろ「異端」と忌み嫌っているように見えることも多い。

 私も詳しくはないのだけれど、ここに来るまではあまり聞いたことのないセトとか洗礼者ヨハネの名前や像をこの中ではよく見る。



 そんなことをバラ園と噴水を見ながら考えていると、ベンチの隣に長い濃紺の髪を結わえた枝園が腰掛けてきた。


「ごきげんよう、場路さん」

 枝園は笑顔だった。


 彼女は、この学院でも私以上に「異質」だった。

 先ず、義肢など一切なく、全身生身である。

 次に、誰とも「契」を結ぼうとしないのだ。


「ごきげんよう」

 彼女との距離を計りあぐねていた私は、つい気のない返事を返してしまう。

「場路さんのごきげんは優れてらっしゃられないようで」

 枝園は笑顔のまま続ける。

 彼女の言葉遣いも、他の生徒達の「お嬢様言葉」とは違い、どこかチグハグに感じ、独特だ。


「そういう訳では……」

「ふふ、少し悪戯が過ぎました。失礼頂戴な」

 潤んだ青い瞳と目が合う。

 そのまま、二人して笑い出してしまった。


 枝園の存在は、このパステルカラーの世界にあって、濃く、強い。

 その「異質」さが、馴染み始めたとはいえまだ「異邦人」の私には心地よかった。

 また、初日以来、私に色々と教えてくれる彼女は、実に正直でもあって、裏表がなさ過ぎるこの学院の中にあってはそれも安心できた。


「そういえば、『対の契』って、いったい何?」

 その質問もついするりと出てきてしまった。

 それを聞くと、かすかに枝園の笑顔が固着されるが、直ぐに柔らかさを取り戻す。


「ああ、なるほど。たしかにここでは誰も説明して下さらないね」

 それから、少し宙を仰ぎ、ウルトラマリンブルーの空を白いヨットが横切っていくのを眺め終えると、私の質問への答えを口にした。


「互いの一部を交換して、互いの肉を請負い、相互に『生命の霊』を入れ合う儀式、と表せばよろしいかな?」


 それは、どういうことだろう?


「彼女たちは、『深淵の泉』を『鏡』にして『自分の姿』を見ようとされているの」

 枝園は私の疑問や困惑を無視して、そのまま話を続ける。

「『神』を騙る偽りの『創造者』に創られたこの肉やアルコーンの預言者達が齎した軛としての規範を捨て、内奥から薫るロゴスからの『生命の霊』の声に従い、アイオーンに倣って来るべき日のために互いを補完し、神性を維持・錬磨されようとしているの」


 説明をされればされる程、解らない言葉ばかりが重なっていく。


 そんな私の顔を見て、枝園は微笑む。


「まだ、外の価値観が強い場路さんには、これ以上は難しいかもしれなくてね」

 その微笑みには、一切の嫌味も感じられなかった。

「また、今度お話しようね」


 鐘の音。

 その音と同時に枝園の後ろから鳩が飛び出す。

 爽やかな光を白く反射しながら。


「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」


 礼拝堂の前のロータリーで拍手が起きる。


「ああ、新しい『対』が結ばれたのですのね」

 枝園が説明してくれる。


 正面階段の前では、未だ全身生身の生徒が二人、互いに互いの手を取って見詰め合っていた。

 周囲も嬉しそうに拍手を贈る。

 その拍手には多くの機械音が混じっていた。

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