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——あれから、どれくらいの時間が過ぎただろう?——


 良く憶えていないけれど、今が初夏なのは、窓を開けると寒いくせに、閉めると太陽光で暑くなる車内の環境から判断できる。

 もちろん、木々の緑が濃くなってきていることや、家々の先に咲く薔薇が「初夏」を表していることはわかっているのだけれど、それは「情報」としてだけで、私の中には入ってこない。


 あの日から、全ての時間がのっぺりしてしまって、何もかも実感を得られない。


——あの日——


 私は、1年では異例の陸上競技の代表に抜擢され、練習に励んでいた。


——あの日までは——


 インターハイも近く、その日の練習もずいぶんと遅くなってしまった。

 ほとんど夜と言っていい夕闇の中、自転車を急いでこいでいた。

 あのときは、宿題が間に合うか、とか、シャワーを浴びる余裕があるかな、とか、そんなことを考えていたのだと思う。


 プルシャンブルーの夜の中、街灯と信号の光だけが目に刺さっていた。

 横から来る車のヘッドライトに気付かずに。


——あの日から——


 気が付いたら目には真っ白な天井とカーテンレール、吊るされた点滴のパックが映っていた。


 よかった。無事だった。


 それが最初の感想だった。

 それから、宿題のことやシャワーのこと、インターハイのことを思い出し、慌てだした。


 今は昼みたいだから、あれからどれくらい時間が過ぎたのだろう?

 練習は?

 大会は?


 そんな中、右脚に痛みが走った。


 麻酔が切れたらしい。


 そうだ、ケガの具合は?


 そう思って、起き上がろうとする。

 体がうまく動かせない。

 踏ん張りが利かない。


 うまく動かせない下半身全体に走る痛みを抑え、何とか肘と背筋で上体を起こす。

 ケガの具合を確認しないと。


 そうして目に映った先に、私の右脚はなかった。


 右の臑から下は、ちょうど車と自転車に挟まれ、ズタズタになったのだという。


 半狂乱状態で聞いたから、説明はそこしか憶えてない。

 とにかく、切断するしかなかったそうだ。


 そうして、私の選手生命は右脚と一緒に断たれてしまった。

 これまでと、これからのキャリアと共に。



——あれから、どれくらいの時間が過ぎただろう?——



 あの強豪校にスポーツ推薦で入った私の居場所はなくなった。


 激痛に耐えたリハビリでようやく歩けるようにはなった。

 周囲の友人も気を使ってくれた。


 でも、自分自身が許せなかった。

 アスリート用の義足も試した。

 最初は、走る衝撃で残った骨が擦れ合い、神経を押しつぶされる痛みだけで耐えられなかった。

 それに慣れても、今度は伸びない記録に耐えられなかった。

 何より、自分が許せなかった。


 全て、過去形。


 そんな私に気を使った両親は、義肢が多く、その研究や活動も盛んな聖ノーレア女学院に編入できるよう、手配してくれた。


 私は転校などどうでも良かったが、まあ、今よりはいいだろう、とそれに同意した。

 ただ痛みと惨めさに耐えるだけの、起伏のない日々も少しは変わるだろう、との微かな期待もない訳ではなかった。


 そうして、今、車内から見える光景に、どんどんと薔薇の生け垣が増え始め、これまた薔薇の装飾が施された鉄製の柵が並び始める。

 学院名からしてミッション系なのだろうか、どんどん西洋的になる。


 車が鉄の柵の門の前で停まる。


 門の横には守衛の詰所があり、父が一度車から降りて、何か手続きをしている。

 それが済むと、門は左右に開いていく。


 こうして、私はこの門をくぐることとなった。

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