第29話
――――いきなりの所謂壁ドンである。
エレベーター内の後ろの角と紫苑の片腕に閉じ込められて、瑠華は目を白黒とさせていた。
だが……諸々を記憶の彼方に送っていた事を思い出し、今度は青ざめだす。
「何か言う事はあるか」
非常に近距離からの、疑問形でさえなく、具体的に言えば鼻が触れる程の近くから圧を掛けられ瑠華に逃げ場はない。
「気がついたらいなかったからな……”力”の悪用だろ、これ」
紫苑と同時にエレベーターに侵入した凱もジト目で瑠華を責める。
心配をかけたのが分かるだけに…瑠華は冷汗を垂らしながらもうどうして良いかと大混乱。
「……ごめんなさい……」
結局はこれしか浮かばず、素直に謝った瑠華。
だが二人は沈黙を守るのみ。
更に追い詰められた瑠華の脳内は真っ白になる。
唐突に紫苑が自らの額を瑠華にくっつけ、壁に突き立てている手とは反対側の手で彼女の指と絡めた。
と同時に瑠華は焦って叫ぶ。
「紫苑!?」
同時に紫苑も顔色が変わる。
「瑠華!!?」
更に大きな声で二人共に要約すれば同じことを叫んだ。
「どうしてそこまで放っておいたの!!!」
「何故そこまで放っておいた!!!!」
訳が分からない凱は、二人の様子から只ならぬ雰囲気を感じて口を挿む。
「ちょっと落ち着け! つまり、安否確認したらろくでもない結果が双方出たって事か?」
紫苑と瑠華が額をくっ付けて片方の指を恋人繋ぎの様に繋げると、互いの心身の状態が分かる事実を知っていた凱が端的にまとめる。
「そうなのよ!」
「そうだ!!」
二人同時に額と手をそのままに凱を見て叫ぶものだから、彼としては頭が痛い。
「具体的に、どういう状況なのかを紫苑から話してくれ」
額は離しても手は繋いだまま、言われた紫苑が忌々し気に口を開く。
珍しくこれでもかと寄っている眉根は彼の心情を如実に表していた。
「自分でもある程度”浄化”はしていたんだろうが……防波堤が居ないからだろう、魂が汚染されかかっている。加えて心身共に穢れが溜まりに溜まっている状態だ……”守り”もせずに瑠華を殺しの……汚染された場に置いたのが分かるな」
怒りで心が軋む。
目の前が真っ赤になるという状態をまた今まさに紫苑は体感していた。
それを聴いた凱も目を見開く。
「あり得ない。正気か!!?」
思わず凱が叫ぶのも無理はない。
彼等一族にしてみれば、如月の家の者を穢れから守りもせずに戦うなど天地がひっくり返ってもあり得ないのだから。
特に瑠華は、その血がおそらく歴代でも最も強く出ている特級品だ。
そんな”穢れ”に極端に弱い存在に対して何を考えているのか。
これが同じ一族の者ならば誰もが思う常識だ。
如何に瑠華が異常な状態に置かれていたのかが分かろうというモノ。
怒りに震える二人に瑠華は焦ってしまう。
「だ、大丈夫! ちゃんと”浄化”はこまめにしていたし! 良くない感情を向けられた時も自分で気がついて”浄化”したり、お風呂に入れるときはすぐに使わないで隠しておいた日本酒と塩を入れていたから!!」
二人を安心させる様に言葉を紡ぐが……余計に二人は怒り心頭。
腸が煮えくり返る。
――――つまり、誰も瑠華を気遣ったりしなかったことが分かるからだ。
彼女が自分で気がつかなければならない状況、すぐに使えず隠して確保しておかなければならない状態。
瑠華が”穢れ”に弱いのだと分からないほど無能なのか、あえて使い潰すつもりで無視していたのかは分からないが……紫苑も凱も、密に回線を繋いでいた剛も――――ある覚悟を固めた。
いち早く不安そうな瑠華に気がついた紫苑が表情を緩める。
瑠華と一族限定の優しい笑み。
「独りで良く頑張った。……それでだ、俺は俺の状態があまり分からん。どうなんだ?」
空いている手で彼女の頬を労わる様に撫でると、瑠華はホッとした様にふわりと微笑む。
「ありがとう。……心から褒められたのは紫苑が居なくなってから初めてかも。…紫苑も”穢れ”がとんでもないのよ。良くこれで正気を保っているのだと思えるほどに紫苑の場合は汚染されている。酷い所ばかり行かされたのね……私の家の者が誰も居ないのに、そんな事を……!!!」
瑠華は瑠華で紫苑の余りに酷い汚染具合に、それこそ気が狂いそうな強い怒りに襲われていた。
腹で茶を沸かせと言われたら湧かせるだろう赫怒。
もし紫苑が紫苑でなくなっていたら……!
今は諸々を置いておくことにして、兎にも角にも間に合った事を瑠華は喜んでおくことにした。
「……つまり……紫苑が”堕ちる”寸前だったと、そういう事か?」
事態を把握した凱は怒りで口元が引くついている。
紫苑と瑠華に対する所業は凱にしろ剛にしろ度し難いどころではない。
画策した者も、実行した者も、傍観した者も…すべからず復讐対象であり殲滅対象だ。
具体的に言えば存在している事を許さない。
「ええ、そうよ。紫苑、すぐに”浄化”するから」
出来得る限り可及的速やかに実行しなければと、瑠華は紫苑と額を合わせるために手を伸ばしたのだが――――
「要らん。このままの方が俺は良い」
凱も剛も、それこそ瑠華にとっても寝耳に水の事を…無表情に堂々と言い切った紫苑は、唐突に瑠華から離れてエレベーターから一人出て行く。
それを瑠華と凱は呆然と見送る事しか出来なかった。
尽きぬ夢幻の夜想曲 卯月白華 @syoubu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。尽きぬ夢幻の夜想曲の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます