第14話

 背が極めて高い霧虹が、黒い軍服に身を包んだ姿で厳しい表情で睥睨した瞬間、殆どの者が硬直した。

 度合いとしては『S組』が一番影響が薄いのは流石だろう。


(一度教室で同じ様に睥睨された経験も大きいかも)


 瑠華は内心そう思いながら、今度からは整列しておかなければと新たに心に誓いつつ、霧虹の続く言葉へと神経を集中させていた。


「演習は人工的に作られた『擬似迷宮ダンジョン』で行います。何をするのかや場所も当日の演習前まで秘密となりますから、御了承下さい」


 1学年共通屋内訓練場は、やはり大講堂や校舎と同じコンセプトの建築であるらしく、なんとも有機的でファンタジーを思わせる作りだ。

 天井も高く明るさも抜群で、万を超す人数が入っても余裕ある広さ。

 その訓練場にマイクも無しに教官の霧虹の声が響き渡る。

 それこそ彼のいる正反対でもある入り口付近にも。


 生徒の息を飲む音ばかりが聞こえる静寂。

 外部には情報が漏れない事で有名なこの学校だからこそ、何をさせられるのか一部を除き皆が恟々としていた。


 瑠華としては『地獄インフェルノ』の最初期よりは安全だろうとひたすら自分に言い聞かせる。

 戦闘が本来は非常に苦手ではあるけれど、度胸だけはついてしまって平静そうな表情を常に纏ってはしまうし、実際咄嗟に動く事も出来るけれど、脳内は大混乱している事も多々あるのが彼女だ。

 とはいえあの『地獄インフェルノ』最初期に過酷な戦地ばかり派遣されていた瑠華にとって、『覚醒者アーカス』が初めて体験する代物がどういうものなのかがまったく分かっていないのも実に彼女らしかった。


「"新入生テスト"だと思って気合いを入れて挑んで下さいね。様々な観点から点数が付きます。その点数で何が変わるかは後のお楽しみとなっていますからね。身の危険もありますが死にそうになった時は"緊急脱出"させますから。ただしその場合、点数は0になります。ゼロは0。ですがマイナスにならないよう頑張って下さい」


 霧虹は相変わらず慇懃無礼に薄い笑みを浮かべながら堂々と言い終えた。

 それを受け、彼の後ろに並んでいた教官の中から碧翅へきし 魅夜みやが虹色に輝いた緩く波打つ髪を揺らしながら霧虹の横に並び、彼が一歩下がる。

 途端にざわつくのは……彼女がグラビアモデルも真っ青の抜群のプロポーションと艶っぽい美貌故だろう。

 極めて背の高い霧虹と並んでも様になる身長。

 軍服から覗く足は非常に長く色っぽい。

 暗い銀の瞳を気だるげに細めながら、口元のホクロと厚い唇も艶めかしく言葉を紡ぐ。


 瑠華にとっては背が高い女性はすべからく憧れの対象だからだろう、綺麗だなぁと呑気に見惚れていた。

 魅夜が一瞬厳しい暗い瞳で瑠華を見たのも気がつかずに。


「これから名前を呼ぶ。呼ばれ次第私の前に『組』ごと整列するように。『1組』”Sクラス”赤禰あかね 椿つばき。”Gクラス”辰巳たつみ 桜助おうすけ


 名前を呼ばれたのは”Sクラス”ではあれど瞳の周りには紋章の無い椿と、下位のクラスである”Gクラス”の少年。

 薫も少女と見まごうばかりだったが、この辰巳少年は更に可愛らしい少女にしか見えない。

 身長さえも薫以下なのに加えて長めのショートの髪が、余計に服を全て脱がないと性別を間違うだろう事を疑わせなくしている。


 椿が姿勢よくキビキビと足早に整列したのとは対照的に、ポテポテと音がしそうな様子でどうにか整列する姿に皆が困惑。

 辰巳少年が何度か転びそうになりながら歩く姿に白けた目を向ける者も少なくはなく、彼のクラスと相まってどうにも空気が悪い。

 瑠華も心配そうに見送っていたのだが……


 それを察しているのに無視をして、今度は霧虹を挟んで並ぶ形に暁が前に出る。


「わたしに名前を呼ばれた場合はわたしの前に整列するように。では『2組』"Sクラス"大川おおかわ 冬悟とうご。”Fクラス”日向ひなた あかね



 瑠華の見立てでは”Sクラス”の中でも上位者ほど下位のクラスと組むことになっている様だった。

 しかもその組んだ下位の相手は何らかの汎用以外の能力持ちだと思われる。

 おそらくだが生存率を上げる為だろうかと考えていた。

 そして”Sクラス”が男性の場合は暁が、女性の場合は魅夜が名前を呼んでいるのだとも。


 次々と名前が二人の副教官によって呼ばれていく中、あっという間に瑠華の番がやってきた。

 心臓の音がうるさくなる中、緊張しながら暁の言葉に集中する。


「『6組』”Sクラス”如月きさらぎ 瑠華るか。”Hクラス”御厨みくりや 千里せんり


 瑠華は暁の前の列へと、内心ドギマギしながらも諸々の事情で培った演技力を総動員し、既に癖となっている背筋を伸ばしひたすら優雅に且つ典雅に歩いた。

 皆が目を奪われる中、慌てて彼女の隣に並んだのは……いわゆる醤油顔のイケメン。

 身長もスラリとはしていても高くはなく、薄い体はあまり運動が得意そうには見えない。


 瑠華は横に来た彼に目線を合わせてから軽く会釈し微笑んだ。

 ――――それだけで何故かこの訓練場が軋み、息も出来ない程の重力を伴った圧がかかった。

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