第15話
瑠華はすぐさま視線を千里から外し、眉間を顰めて不機嫌を大絶賛まき散らしている紫苑を見る。
自分の眉間を指でトントンと示して困ったように微笑んだ瑠華。
紫苑は瞬時に無表情に戻り彼女から視線を逸らしたと同時に圧が消える。
それに色々な意味でホッと胸を撫でおろし、向きを静かに戻した瑠華を咎めた場合、大惨事が待っているのはよくよく分かっている霧虹も暁もスルー。
一瞬不満そうな表情をしたのは教官の中でも魅夜だけだった。
とはいえ慣れた3人以外の教官達も多大な労力を投入して平常を演じていただけで、内心は真っ青。
反応出来るどころではなかった。
床にへばり付いていた大半の生徒も、息も絶え絶えにどうにか立ち上がっているのを尻目に、暁も魅夜も名前を呼ぶ作業に戻る。
凱だけは普通に立ったまま、様々な感情を内包しつつも懐かしそうに遠い目をしていたが……
「『7組』”Sクラス”
前の方に並んでいる為、後に名前を呼ばれた人物が分からず瑠華はどうにも落ち着かない。
それは椿や他の同級生も同様であるらしく、何故自己紹介を今日させなかったのかが分からないというのも心がさわさわと騒ぐ。
「『8組』”Sクラス”
名前が呼ばれるたび、少し皆がざわつくのも無理はない。
(聞き覚えのある名前が呼ばれると、『組』になったのは誰なのか知りたくなってしまうのは仕様がないのでは……)
瑠華はそう思いながらも、これから直していかなければいけないとも思うからこそ、申し訳なさを感じつつ、知り合いかもしれない名前の持ち主に大半の者と同様に注意を払う。
「『9組』”Sクラス”
今まで瑠架の知っている名前の主は、殆どが”Hクラス”と『組』である事に首を傾げながら、では何故椿は違うのかと頭を悩ませる。
彼女の実力が劣る訳ではないのは知っているからこそ、不審に思ってしまうのだ。
だからと言って明確な答えがある訳でもなく、思考の一部を奪い続ける結果となってしまう。
「『14組』”Sクラス”
もしや『
男女関係なしに”Sクラス”基準の五十音順なのだろうかとも考え込んでいると、あっという間に大切な存在の名前が呼ばれた。
「『23組』”Sクラス”
ふと、紫苑と『組』になった相手の名前がどうにも気にかかった。
いつかどこかで聞いた事がある様な……?
けれど喉に小骨が引っかかるかのごとき違和感を感じているというのに、靄がかかったように出てこない。
もどかしいと更に思考を回そうとした時だ。
「『24組』”Sクラス”
家族の様に思っている、懐かしい幼馴染の名前が呼ばれた。
紫苑の前に教室に遅れて入ってきたのはやはり彼だったのだと、胸が温かくなるのを感じる。
どれだけ時が経っていても、いつでも脳裏に面影が残っていた。
『
あれから完全な音信不通。
生きてさえいてくれたらと心から願ってはみても……どうしようもなかった。
生存さえ不明だった陽呂が五体無事に生きていてくれたことに瑠華の心が占められているのを、異常なまでに敏感に察して奈落の底の様な瞳を濁らせている紫苑。
……本来ならば空気が露骨なまでに変わってしまっているのだから、瑠華はすぐに気がついたはずだ。
だが、本当に思いがけない陽呂の事で頭が一杯になってしまったのも理由の一つで、見逃してしまう。
――――凱や律についてと、椿の事に加えて……紫苑と組んだ相手。
考える事ばかりだったのも結果的に悪い方に転がる一手となってしまっていた。
「『25組』"Sクラス"
これまた聞き覚えがある様な名前だと、何度目かの頭を悩ませてしまう瑠華。
加速度的に紫苑の纏う空気の色が濁っていく。
「『26組』”Sクラス”火ノ
見かねた凱が紫苑に呆れた視線を向けると、不承不承ながら周囲を汚染しかねない雰囲気が消え、眉間にシワが寄るだけになる。
それに教官すべてが目を見開く中、ようやく瑠華も紫苑が非常に不味い状態になっていた事に気がついた。
慌てて紫苑へと注意を戻せば、ただの無表情に露骨に戻ったのだから、二人を知る人物はため息を堪えるのに全集中である。
「『32組』”Sクラス”
”Sクラス”全員が終わり、次いで”A++クラス”が呼ばれ始める。
やはり聞き覚えがありそうな名前に頭を悩ませる瑠華だったが、流石にそれだけに集中しないよう気をつけながら、何度も刺さる小骨に眉を顰めていた。
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