第2話
ようやく特殊ではあるけれど真面に学校に通える事になり、とても楽しそうでもあった瑠華に、その美貌を見ても怯む事もなく優しく話しかけてきたのも、これまた美形の年齢不詳な男性だった。
「瑠華君、久しぶりだね。益々綺麗になって見惚れるばかりで嬉しい限りだ。だが、あまりに目立ってしまうその髪の色と瞳の色は変えた方が良いと老婆心から忠告するよ」
いつの間にいたのか、通路に預けていた背を離し、身長が低い瑠華をひたすらに優しく見下ろしながら、どこまでも不思議な印象で、背がすこぶる高く一流のモデルさながらのスタイルを誇るこの男性。
自らの髪が白髪な事も瞳が銀色な事も気にも留めない。
彼女も気にした風もなく、彼の言葉が瑠華にとっては納得だったのですぐに了承した。
「そうでした……『色変わり』をするのは『トランセンダー』になった時でしたね。皆さんを驚かせるのも心苦しいですし……教えて頂きありがとうございます、白鴉さん。それから改めてお久しぶりです。お元気そうで安堵致しました」
瑠華は懐かしさと嬉しさを隠しもせず、臈たけた女性にさえ見えるこの――――
「紫苑君はまた緊急の招集を受けてね、どうやら到着は夜中になるようだ。一先ず瑠華君は私と寮へと先に向かおう」
白鴉が満足そうに肯き話し終えると、今まで二人の会話を直立不動ながら周囲への警戒は解かずに無言で見守っていた護衛の一人が、それこそ深刻そうに口を開く。
「御言葉ですがね、紫苑様より先に白鴉様が瑠華様に再会したというのは滅茶苦茶拙いでしょうよ」
本人としては丁寧に話しているらしい護衛を兼ねる
「加えて言わせて頂きますが、教官と副教官を仰せつかった我々を、何故今頃招集なさるのですか?」
慇懃無礼としか言いようのない言葉と声音を白鴉へと向けるのは、
銀髪と虹色の瞳を持つ白鴉や暁よりも背が高くガッシリした体型ながら、顔はどこか線が細く見えれど毒蜘蛛を思わせるこれまた美形の男性。
「色々大人の事情としか言えなくてね……三人には、特に教官と副教官を引き受けてくれた霧虹と暁には本当に申し訳ない。やはり力技はいざという時でないと。多用しすぎては面白くないしね」
白鴉は優しそうな表情を崩しはしないが、常に微笑んでいる瞳の色は愉悦を湛えている。
それを目にして暁はゲンナリと肩を落とす。
「うっわ……おれは何も見なかったし聞いてないっすよ……本当に勘弁してくださいっての。散々裏工作しまくってるっていうし、例の事件の黒幕だって噂、やっぱ――――」
「暁、それ以上は止めておけ。洒落にならなくなる、命が危ない」
おそらくはワザとなのだろう暁の失言に見せた非難を、大層芝居がかった所作で止める霧虹も敢えてのソレ。
二人を睥睨する白鴉の表情に変化は微塵も無い。
……瑠華にとってみれば胃がキリキリとする事態だったのを除けば、三人共目は冷たい色を湛えながら楽しそうに哂いあっている。
どうにかしなければと此処で思うのは彼女只一人。
三人は笑みを向け合ってはいるが空気は氷点下へと向かって絶賛爆走中。
勇気を振り絞って瑠華は声を上げる。
「――――あ、あの! ただでさえ遅れているのですから、そろそろ寮に向かわなければいけないのでは……」
瑠華の言葉で一斉に彼女を見つめる九つの瞳。
なんとか微笑を貼り付ける事に成功した瑠華へと、三人共が肯いた。
「確かになあ。全寮制でこれから五年間一緒になる訳だろ。やっぱ最初が肝心だよな。明日すぐに入学式だし。あれ? 入寮式あるって聞いてたけど、どうなってんだ?」
暁が真っ先に口を開いたのを聴き終えてから霧虹が応じる。
「ああ、それはもう終わっている時間だ。寮はクラスごとらしいとは聞いているし、やはり馴染むためにも出来る限り早く荷解きして疲れもとっておいた方が良いな。疲れていると碌な事にならない」
白鴉は愉しそうに笑みを浮かべ、ほぼほぼ、つまり学校について何も知らされていない瑠華へと追加情報を少しだけ伝える。
彼が彼女へと学校の事を伝えていないのは――――純粋に彼の趣味だ。
決して彼女を思っての事ではない。
……”瑠華ならば大丈夫、色々な意味で”という歪んだ信頼も含まれはいるのが更にどうしようも無い。
護衛兼教官と副教官を仰せつかった二人は、白鴉が瑠華に対して情報統制している事に気が付いてはいたが、彼等からも歪な信頼と信用を得てしまっていた彼女は――――やはり学校について一般知識以下しか知らないまま。
そう、『アーカス』と『トランセンダー』が通うただの年齢相応な普通の学校としか瑠華は知らないのだ。
「そうそう、瑠華君がこれから通う学校だけどね、一年生と二年生の内は『アーカス』を『トランセンダー』として安全に覚醒させるのが目的なんだよ。だからね、既に『トランセンダー』となってもう6年の瑠華君は目立たない様に」
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