第2話 許して
忙しさと心の苦しさは変わらないもので、むしろあの日呆然とバイトをサボってから時間が経つ毎に苦しさがわかりやすく浮き出てきている。
心の傷は時間が癒すものだよ、今は好きなことして生きようなんて友達に言われた。
じゃあ学校を辞めて、バイトもサボり続けて、それで傷は癒えるだろうか。
逆に苦しくなるだろうな、でも今の生活を続けても苦しいだけなのだけど。
早朝につけたニュースでは、北海道の海でイルカが円を描きながら泳ぐ奇妙な姿がとりあげられていた。
私が一人暮らししているのも北海道だから、普段なら興味が湧きそうなニュースだが今はそれどころじゃなかった。
そして気づけば、海へでる。
もう死んでしまいたかった。
楽しいこと、やりたいこと、将来の夢。
色んなワクワクがあったはずなのに、今は何も感じなかった。
海に浸かって、藻屑にでもなりたかった。
パジャマに素足で海に着く。
家が近くてよかった。
ざぶ、ざぶと海へ足を踏み入れていく。
服が濡れてぺったり肌に貼りついて気持ち悪い。
でもそれすらも愛しいくらい、海と一緒になれることが嬉しかった。
この苦しみから、解放されるだけでよかった。
瞬間。
ざばばっと大きな音が鳴って、私はびしょ濡れの何かに抱き寄せられた。
息を切らして、濡れた髪で私の肌をくすぐって。
涙なのか海の水なのか、しょっぱさを感じ始める。
じわ、と温もりが伝わってきて力が抜けそうになった。
「はぁっ、はあっ……ごめん気づいたら止めてた」
聞いたことのある、凛として綺麗なガラス片のような声。
「波音さん」
私はその名前を呼んだ。
間違ってない。
間違うものか、あなたの声を。
「海に潜るにしては、っ変な格好だなって」
息を切らしながらひねり出すように私に声をかける彼女。
なぜ、一度だけしか会ってない私を止めただろう。
いや、私じゃなくても止めたか。
人が目の前で死のうとしてたら止めるのが人間か。
「ごめんね、辛いよね、でもまだ話足りないの」
「話し……足りない?」
「あの日あなたに会って、もっと知りたいと思った」
「……なんで?」
「わかんないけど、魅力的に見えたんだ、海を見つめる目が……だからっ」
泣きそうな声で、本当にか細い声で一言、
「もうちょっとだけ生きてよ……っ」
とだけ。
白く細い腕からは想像できないくらいに強く抱きしめられて、振りほどくことなどできなかった。
いや、振りほどかなかった。
私は大きな声で。
産まれて初めて大きな声で泣きじゃくった。
その間、彼女はずっと抱きしめてくれた。
跡白波に立つ 愛果 @lobe-ka8143
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