ゲーミフィケーションズ・レイヤー

柏沢蒼海

体験

 ぼくは小さな頃から『ゲーム』が好きだ。


 脚が遅くて体力が無くても、ゲームの中では特殊部隊の一員として隠密作戦に参加できる。


 頭や視力が悪くても、ゲームでなら戦闘機のエースパイロットになれる。


 戦車やロボット、戦艦だって自由自在に動かせる。

 武器は銃から刃物、爆発物、なんでもござれだ。



 だけど、たまに『そんなのただの仮想空間VRでの体験だ』とバカにするヤツが出てくる。

 そんなヤツを、ぼくは許せない。



 トリガーを引いてライフルを発砲して、その銃弾が敵兵士に命中して血煙が上がった光景やその反動や感触をすぐに思い出せる。


 スロットルや操縦桿の感触、Gによる息苦しさを今でも忘れない。


 誰かの断末魔、雄叫び、悲鳴、そうしたものが耳から離れたことはない。



 ぼくの頭に染みついた『体験』の記憶は、今でもボクの中にある。

 それはぼくだけのものだし、他人に理解できるものではない。

 

 だから、ぼくの『体験』は唯一無二。




 長年被り続けてきたヘッドセットに誇りを感じるし、使い続けて壊れてしまったコントロールギアは勲章のようなもの。

 それだけ、ぼくにとって『ゲーム』はかけがえのないものだ。



 ただ続けてきただけではない。数々の失敗談もある。

 

 味方の兵士を誤射したこともあるし、戦闘機を事故で失ったり、地形にスタックして予定通りに戦車を走らせることが出来なかったりした。


 たくさんの失敗を踏み越えて、ぼくは生きている。

 その責任を追及されたこともしばしばあった。それでもめげずに続けてきたのは、『ゲーム』の体験に心底惚れ込んでいたからだ。



 今日は兵士として荒野を駆け抜け、明日は艦隊の指揮官として海と空を支配し、明後日は空の勇士として鋼鉄の翼を駆っているだろう。

 

 その全てを自分で選び、戦い抜いてきた。

 あらゆる体験に価値があるし、それを否定する権利は誰にもあるわけがない。



 それに、『ゲーム』の体験とリアル――日常での体験に差などありはしない。

 「おとぎばなし」だって、成功談と失敗談に教訓を添えただけのものでしかないのだから、『ゲーム』と「それ以外」に差があったとしてもそもそも問題が無い。



 他にも問題がある。

 政府は『ゲーム』を推奨しているし、シミュレーションで好成績の者には奨励金やポジションが与えられる。

 だから、『ゲーム』はあらゆる点において、素晴らしい。




 歴史的にも『ゲーム』はすごい。

 デバイスとソフト、通信、インフラ、それに人間工学といったあらゆる技術や経験則が結集したモノなのだ。

 人類史があるところに『ゲーム』があり、ヒトが文明を築く前から『ゲーム』はあった。


 つまり、『ゲーム』というのは地球人類の遺伝子に組み込まれた要素でもある。

 ヒトは生まれながらに『ゲーム』を知り、『ゲーム』によって様々な体験や感情を知ることができる。




 たまに「ゲームはプロパガンダだ」なんて言うヤツが出てくる。

 そんなヤツは『ゲーム』のことを知った気でいるだけの恥知らずだ。

 

 我が国では『ゲーム』に参加している人口は9割を超えている。

 誰もが何かの役割を担い、戦っている。それなのに自分はコントローラーも握らず、ヘッドセットも被らない。他人の税金を「それ以外」に浪費するロクデナシだ。



 あえて言おう。

 『ゲーム』に参加することは簡単ではない。

 専門的な知識や技術、かなりの時間を費やさなければ一級の腕前にはなれない。

 世間が言う『エース』や『スペシャル』という人達はそういった高すぎるハードルを飛び越え、鍛錬を欠かさないものなんだ。



 反射神経や動体視力、体力や精神力だって必要だ。

 でも、『ゲーム』でそれは身につく。あとは勇気と根性、休息を含めたスケジュールがあれば問題無い。



 


 

 

 そろそろ、ぼくの話をしよう。


 小さい頃は陸軍を中心に参加して、今は空軍がメインだ。

 今は航空戦闘団に所属していて、第9飛行隊のエースパイロットとして飛んでいる。


 昔は戦車を走らせるのが好きだったけど、空の方が効率的に戦えることに気付いたんだ。

 空間把握能力が高かったこともあるけど、地上だと生身の兵士が出てくることが多くて、つい歩兵の癖に戻ってしまうことが多くなってしまうんだ。


 自動小銃をバカスカ撃ってたから、トリガーが軽いんだよ。

 戦車戦はスマートに撃ち合うから、無駄弾撃ちは評価を下げられるんだ。



 今日から転属で艦隊勤務なんだ。

 元々、海軍のパイロットだったから空母の離着艦は経験あるけど、夜間飛行がめちゃくちゃ苦手でね…………陽が沈んだ後の海上は恐ろしいほど何も見えないんだ。



 ――何の話だって? そりゃ、『ゲーム』の話に決まってるじゃないか。


 全国民に参加の義務、権利がある『ゲーム』。その話をしていただろう?



 

 大抵、凄い人はどこに配属されても上手くやるんだ。

 自分の話だけじゃなくて、高い評価を勝ち取る人というのは『体験』から色んなモノを見出すものなんだって話をよく聞かされるよ。



 1つの役割に殉じるなんて、古い考え方だ。

 失敗しても評価を下げられて、落ちるとこまで落ちたら運搬や支援とかくらいしかできなくなるけど、ちゃんとやれば評価してもらえるから転属させてもらえる。




 ぼくはかれこれ数十年『ゲーム』で食ってるんだ。

 年数回の評価試験は満点だし、いつも成果を出してる。

 しかも、ようやく教育の役割も与えてもらったんだ!


 長年の夢だったんだよ――――誰かの教官になることがさ。





 …………なんの話をしてるんだって?


 そりゃ、『ゲーム』の話だよ。



 

 











 自分の知ってる『ゲーム』と違う?


 

 


















 ――ああ、やっとわかったよ。

 

 君の言うゲームってのは、『ビデオゲームファミコン』。







 あの頃のゲームも、確かにリアルで面白い。

 だけど、あれはあくまで娯楽って扱いだよね?


 『ゲーム』は仕事であり、使命であり、義務なんだよ。

 どうしても行かないといけなかった学校みたいなものだね。


 ――とは言っても、今はもう通信制が主流なんだけど。




 まぁ、やってみればわかるよ。

 辛いことも、大変なこともたくさんあるけど、絶対にのめり込むはずだから。


 もし、続けられなくなっても支援プログラムでスポーツ分野とかインフラ部門に移れるから難しく考える必要は無いって。






 ――さあ、始めてみようか。



 そのヘッドセットを被って、コントローラーを握れば……瞬きする間もなく、君は空母の甲板にいるはず。


 そこで、ぼくと合流だ。

 


 ――大丈夫、ぼくがちゃんとエスコートするから!


 それに、6人くらいのエースパイロットを輩出している教官なんだよ?

 20代でも珍しいって、かなり高く評価されてるんだ。


 君はまだ空を飛んだことは無いらしいけど、空軍は数回の事故くらいで低評価されたりしないから大丈夫さ。

 それに、空軍は短時間参加やシフトが自由ですごい楽だよ。


 陸軍はほぼ毎日、朝から晩まで参加しないといけないけど、海軍や空軍は好きな時間に参加してすぐに離脱できる。

 



 今だと宇宙軍が人気だけど、空軍と海軍でキャリアを積まないと転属申請しても却下されるらしいんだ。

 だから、今から空軍で3年も飛んでおけば、好きなところに移れるようになるよ。



 



 ……よし、準備はできた?


 じゃあ、スイッチを入れるよ。

 向こうに繋がったら、何も操作せずにぼくの指示を待っててね。

 

 










 ――じゃあ、向こうで会おう。

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