第2話 人間界へ

「ゲートを出すんだ」

 と俺は静寂に耐え切れずエティアに言った。


「はっ!」

 今の醜態を見ていたのはエティアとこの子供だけだ。


 その子供だがまん丸な目で不思議そうにこちらを見ている。

 こっちを見るな。やめろ。俺は魔王だぞ!……おかしくなりそうだ。


 人間の見た目をした子供を抱えながらゲートに入る。


 ◇


「パパ!」


「俺はパパじゃない!」


「でもさっきパパだって」


 子供から目を離し、

「……エティア、さっきのは忘れてくれ。んっんっ、部下はみんな子供みたいなものだからな、うん。本当に」


「わ、分かってます。魔王様」

「じゃあ、エティアはママ?」


 少しの静寂、

「そっそんなわけないだろ。お前に親はいない」


「……親が、いないの?うっ、パパもママも?なんで?」


 子供は鼻をすすりながら泣く寸前の顔をしている。


「なっ、泣いたってどうしようも無いんだ、か、ら」

「うっ、うっ、うえーーん」


 とうとう泣き出してしまった。見た限り七つ程の顔立ちは大きく歪む。


「わ、分かった。譲れてもエティアがママってことだ。これでいいだろ?」

 魔王が父なんて出来るわけがない。可愛い顔をしてるからってそこは譲れない。


「私がママですか?そんなのしたことがありません」


「エティアも違うの?」


「……ま、マニュアルに書いてあるんじゃないか?」

 あるわけない。


「本当だ、ありました。えーとなになに。『勇者を倒した時のために後継を作ろう。歴代魔王によるママ講座』」


 う、うん。

「27代もいればそういうことを考えることもあるのかな?……いやいやないよね!それとママ講座は絶対違うでしょ。マニュアルの全貌が気になってしょうがないんだけど」


「魔王様?」


「おっとすまない、取り乱してしまった」


 用意周到なマニュアルだな、まったく。


「パパ! ごはん!」


「だから俺は」

「ごはん! ごはん!」


「……エティア、なんか食べ物を持ってこい」

 仕方なく指示を出す。


「分かりました。魔王様」

 エティアは魔王城の倉庫『パンドラ』にゲートを繋げる。


 渦巻くゲートに入ったエティアは数十秒もせずに戻ってくる。


「魔王城に保管されていたゴルゴンゾーラです」

 白く筋状に青い模様がある。四角く切られたその物体は皿に乗せられ目の前に出される。


 なんだこの匂いは!

 一メートル程離れた物体は独特な刺激臭を放っている。


「ゴルゴンゾーラってなんだよ!なんか禍々しい名前だけど、チーズの一種だよね。魔王城にそんなのあんの?」


「これ以外は何もありませんでした。どういたしましょう」


 それなると俺らの食事もゴルゴンゾーラってことじゃないか。


「まあいい。ほら、食え」


「なにそれ?」


 すんっ

 鼻を近づけゴルゴンゾーラの匂いを嗅ぐ。


「おえっーー!」

 子供は舌を出し表情を歪める。


「子供、これしかないんだ。我慢しろ」


「いやだ、いやだ。ごはん、ごはん!」


「まったく、わがままだな」


「魔王様、準備は出来ております」

 後は魔王様の指示があればとエティアの顔は言っている。


「ちょっと早いが行くか。人間界へ。エティア、大型ゲートの展開陣を起動してくれ」


 エティアは腕を開き、広げた腕ほどの直径の魔法陣が足元に描かれていく。


 サーー


 描かれた魔法陣から光が溢れ出し、地面が切り開かれるように光が辺りを照らし魔法陣は大きさを変える。


 バンッ


 一瞬で魔王城の大きさを超える魔法陣が展開される。


 魔王城を包むように陣は八段に開かれる。


「超大型ゲート プルフラス」

 エティアは祈るように手を合わせる。


「パパ、エティアどうした?」


「子供、揺れるぞ。つかまっておけ」


 と魔王は言うと子供は近くにある柱ではなく魔王の服の裾を掴む。


「子供やだ。エティアみたいな名前欲しい」


 名前……か。

「考えておく」


 ボンッ


 魔王城は透明化を解除していない状態で人間界に飛ぶ。


 

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